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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第一章 逃亡幼女、敵将に拾われる

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第2話 レステンクール公爵


 ……確かに、好転はしていた。死と隣り合わせの現状からは。

 ただ……。


 ――ガシャァン‼‼


 投げつけられたナイフやフォークが、耳をつんざくような音を立て転がっていった。それと同時に、私は煤で汚れた床に尻餅をつく。

 

「食器一つも洗えないの⁉ このグズ‼」

「……ごめん、なさい」

「謝ってる暇があったら、さっさと拾いなさい! もたもたしてるなら、今日はパンすら与えませんからね!」


 そんな金切り声を受け、私は先ほどまで乗っていた踏み台に寄りかかり、よろよろと立ち上がった。


 ――そう、私は今日も厨房にて、キッチンメイド達から理不尽な仕打ちを受けていた。

 ふと左腕を見れば、そこにはいくつもの切り傷から血がぽたぽたと滴り落ちているのが見て取れる。ナイフが肌を掠めていった後だ。

 それを何とかかばいつつ、私は唇を噛みしめながら、床に落ちたナイフやフォークを拾い集めていった。

 

 ……確かに、あの城下町での状況から、好転こそしていた。

 しかしそれでも、死んだ方がましだという状況に、いまだ変わりはなかった。



 ――あの後。レステンクール公爵セドリックは、かのライオネルナイツに私を帯同させると、そのままさっさと帝国領内へ帰還をしていた。

 そうしてあれよあれよと敵地まっただ中へ連れて来られた私は、すぐにその扱いを副官であるクロードに丸投げされてしまう。

 ただクロードも戦後の処理がどうとかで、その対応を今度は上級メイドへと横流ししてしまっていた。

 

 するとその上級メイドは、私を敵国から奪ってきた戦利品だと勝手に捉え、ただでさえ簡素だった服を剥ぎ取ると、ボロ布のような服を着せ、最底辺のメイドとして扱うよう周りへ指示を出してしまったのだった。

 

 ……そうして私は、この城に来てから一週間以上ものあいだ、経験のない皿洗いや火起こし、掃除やゴミの処理などにずっと従事させられ続けていた。

 強引に逃げようとして見つかってからは、干からびたパンしか与えられず、もはや逃げ出す気力さえもなくなってしまっている。

 今もお腹はシクシクと空腹を訴え続けていた。

 


「……昼食の準備は順調ですか?」


 おもむろに姿を現したのは、その上級メイドだった。

 こちらを一瞥した後、キッチンメイドへと近づいてゆく。

 

「申し訳ありません、例の見習いのせいで、多少滞っております」

「……またですか」


 わざとらしい嘆息を挟み、二人は侮蔑の表情を張り付けながらこちらを見やる。

 

「さすが瞬く間に国が滅んだ、かのブランシャール出身。何をやらせても鈍くさく、足を引っ張ってばかりです」

「ふふ、きっとかの国は誰も彼も、このような人間だらけだったのでしょうね」

「……っ」


 あろうことか祖国を侮辱され、私は思わず拳を握りしめてしまう。だが。

 

「どうしたのです? あなたが落としたナイフにフォーク……まだたーくさん、床に落ちているんですよ?」

「……」


 そんな声で我に返ることが出来た私は、自らがばら撒いたことにされてしまったそれらを、顔を伏せながら拾い集めてゆく。

 ……今は耐えなければ。堪えて堪えて、祖国復興への望みを繋がなくては。

 しかし頭ではそう分かっていても、心までは思い通りにはいかなかった。


 これまでの王女としての生活とは真逆の、まるで掃きだめのような暮らし。

 しかも身を粉にして働いても、特に祖国のためになるわけでもない。

 そもそも敵地のど真ん中で孤立無援というだけでも絶望なのに、秘薬を飲んでいるが故、状況を打開する体力も、人とのつながりも失ってしまっているという状況だ。

 このまま人知れず野垂れ死ぬのかと、何度身を震えさせたか分からない。

 

 理不尽さに、思わず涙が頬を伝ってゆく。


 ――ふと脳裏によぎるは、あの切れ長の瞳からのまなざしだった。

 嘘は吐かないとあれだけ豪語したあの時の会話は、やはり偽りだったのだろう。

 ……人を見る目がないと言われればそれまで。信じた私が馬鹿だったんだ。

 

「……嘘つき」


 思わずそんな言葉が、ぽつりと漏れ出てしまった……そんな時だった。

 


「――なにを、させている……?」



「……?」


 静かな怒りを含んだ声に、全員が扉の方へと振り返った。

 ……そう。そこで仁王立ちしていたのは、まさにそのセドリック公爵だった。

 腰に差した宝剣の柄を逆手で握りしめながらの問いかけに、上級メイドは思わず驚愕の表情を浮かべ、うろたえる。

 

「こ、公爵様……⁉ いったいいつ、本城からお戻りに……⁉」

「……私はその子に何をさせているのかと、そう訊いている。早く答えろ」


 全てを射貫くような冷徹なまなざしを受け、上級メイドはしどろもどろで答えてゆく。

 

「え、ええと……クロード様より身柄を預かりましたので、見習いとして、仕事を……」


 そうしてセドリックの後ろに控えていたクロードへ向けようとするのだが、クロードはスッとメガネを上げながら、冷めた様子で上級メイドに目を向けた。

 

「そんな事をしろと言ったつもりは微塵もありません。セドリック様からの言づてとして、出自にこだわらず丁重に扱えと、そう伝えていたはずです。……そうでしたね?」

「……は、はい。仰るとおりでございます……」


 そう答えつつ、みるみるうちに小さくなっていってしまう上級メイド。

 ……こちらの耳には何一つ入ってはいなかった事実を聞かされ、私は思わず瞬きを繰り返してしまう。

 

「確かにお前は父上の代から長く仕え、かつ私に対しても悪意を向ける事こそなかった。だからこれまでは、細々とした事は見過ごしてやってはいたが……それでも主を差し置いての、傍若無人な振る舞いの数々、もはや見捨ててはおけん」

「お、お待ちください! クロード様の指示を……いえ、公爵様のお心をはかることが出来なかったわたくしが、悪うございました。ですから今いちど、挽回の機会を……!」


 さすがにマズいと思ったのだろう、上級メイドはセドリックの足にひしとすがりつく。

 けれどそんな様を冷めた目で見下ろしながら、セドリックはなおも続けた。

 

「そもそも。憂さ晴らしの対象としていた下級メイドたちが軒並み逃げてしまったから、こうして都合の良いはけ口を新たに作ったのだろう?」

「……! そ、それは……」

「さらには戦で城を開けていた時などは、まるで自分が城の主かのような振る舞いをしていたと、先ほど報告を受けてな。もしやと思って来てみれば、この有様だ」

「……あ……う……」


 もはや何も言い返せなくなってしまったのを見て、セドリックは後ろの兵士たちへと振り返る。

 

「衛兵! ……偽城主のお帰りだ。城下ではなく、街が見えなくなる場所まで丁重に扱って差し上げろ」

「……抵抗した場合は、如何致しましょう?」

「容赦なく叩き切れ」

「……承知致しました」


 そうして恭しくお辞儀をした兵士たちは、うなだれる上級メイドの腕をとり、ずるずると引きずっていってしまった。

 その後、セドリックはキッチンメイド達の方を一瞥。そして完全に萎縮してゆく様を確認してから、こちらの方につかつかと歩み寄ってきた。

 そして汚れているはずの床でもお構いなしに膝をつき、私の頬に手を当てる。

 

「……すまなかった。本城へ報告に赴いたりと、仕事が立て込んでいて、様子を伺う暇がなくてな。……」


 そこでふと、私の左腕に切り傷がある事を見つけたセドリックは、一瞬眉をひそめ、そしてクロードへと振り返る。

 

「今すぐアマンダを連れて来い」

「……。かしこまりました」



+++



 それから私は何故か、栄耀の限りを尽くされた客室へと連れて行かれていた。

 そうして絢爛豪華な天蓋付きベッドにちょこんと座った状態で、アマンダという中年のメイドから、丁寧な丁寧な介抱を受けてゆく。

 

「これでよし、と。それから……」


 左腕に包帯を巻き終えた後。アマンダは懐から黄色い石けんのようなものを取り出すと、それを私の両手にまんべんなく塗り広げてゆく。

 

「……これは……?」

「蜜蝋ですよ。食器洗いをさせられていたと聞きましたから」

「……?」


 それがなぜ蜜蝋を塗りたくることに繋がるのか分からず、思わず首をかしげてしまう。

 するとアマンダはくすりと笑った後、その理由をやさしく話してくれた。

 

「食器洗い用の洗剤は、ことさら手が荒れますからね。だから皆、やりたがらないのです」

「……ああ、だから……」


 ……私にやらせていたのか、とひとりでに納得していると、窓際の方で腕を組みつつ私たちのやりとりを聞いていたセドリックがふと詰め寄り、私の手を取る。

 

「なるほど。少し、荒れているな」

「……」


 そうしてじいっと私の手を見つめた後、今度は私自身と目を合わせた。

 ……その険しい表情に、思わず目を背けてしまう。

 するとセドリックは、今度はその横顔……恐らく痩け始めていたであろう頬を見つめてから、問いかけてくる。

 

「食事はどうしていた?」

「……。……干からびたパン、だけ……」

「やはり、情けなどかけなければ良かったか。……アマンダ」

「はい、すぐに昼食を手配します」


 そうしてアマンダが慌ただしく客室を後にするのを眺めた後。

 今度はセドリックは、部屋の隅の方で居心地悪そうにしていたクロードへと、その顔を向けた。

 

「……どうして、奴に一任した?」

「……」

「念を押すでもなく、様子を見に行くでもなく。よりにもよって、あんな奴に丸投げするなど……」

「……お言葉ですが、その子はただの孤児です。それも敵国の。本来はこの城に上げる事すら、躊躇われる存在なのではありませんか」


 メガネをスッと上げつつ述べられたその受け答えに、がばりと立ち上がるセドリック。

 

「っ、だからあえて、奴に処遇を任せたのか⁉」

「……。……いえ、そうではありません。人選だけでなく、後の確認を怠ったのも、ひとえに私の落ち度です。ですが、そもそもの話として……その子は果たして、セドリック様自ら、相手にしなければいけない存在なのでしょうか?」

「……」

「あの時は、戦の最中でした。ですから感傷的になるのも、十分理解が出来ます。その子に憐れみの情を抱かないというわけでもありません。しかしだからといって、その子を助けても、何にもならないのですよ」


 今度はセドリックの方が、若干うつむきかけてきていた。クロードはそんなセドリックに追い打ちをかけるかのように、続けてゆく。

 

「その子一人に贖罪をしたところで、我々がかの国にした事を、すべて帳消しには出来ないのです。……そのことは貴方が一番、よく分かっているはずですが」


 その言葉を最後に、部屋の中にしばらくの間、沈黙が漂ってゆく。

 そして、私はというと。

 

「………………」


 そのやりとりに、思わず言葉を失ってしまっていた。

 というのも……邪知暴虐の限りを尽くす帝国の、その屋台骨ともあろう人物が、先の戦に心を痛めているというその事実が、にわかに信じがたかったのだ。


 ……感傷? ……憐れみ?

 かのライオネルナイツを率いているものの胸の内に、そんな感情が去来しているだなんて、思いもしなかった。


 そうして、私がぽかんと口を開けてしまっている中。

 セドリックはふと窓の外を眺めながら、ぽつりと口にする。

 

「……そんな理由だけで、この子を拾ったわけじゃない」

「……? では、何故……」


 当然向けられるその問いをあえて無視し、セドリックはもう一度私の方へと向き直った。

 

「約束したにも関わらず、結果的に酷い仕打ちを与えてしまったな。……すまなかった」

「……」


 さすがに今度はその言動を鵜呑みには出来ず、私は疑り深い目線を返す。

 しかしセドリックはそんな視線をしかと受け止めるばかりか、うやうやしく頭を下げてもきた。

 

「……本当に、すまなかった。詫びにもならないだろうが、今後は必ず賓客扱いとするよう、改めて指示をしてある」

「えっ? ひ、賓客扱い……?」

「大切な客人、という意味だ。それと今後は、この部屋を好きに使って構わない。ひとまずはそれで……約束を違えそうになったことは、水に流してはくれないだろうか?」

「……この、部屋を……?」


 思わず聞き返してしまう。

 ――正直に言ってこの部屋は、ブランシャール城にある私の部屋よりも広かったし、家具や調度品も本当に豪奢なものが使われていた。

 そんな部屋を、子供が独り占めだなんて……。

 

 いや、そもそもの話。帝国の公爵位ともあろう人間が、こうして軽々しく頭を下げるのもおかしいし、それにいくら非があったとは言え、敵国出身のただの子供を、客人として扱うというのもよく分からない。

 ……思わず元の身分がばれてしまっているのではないかとすら考えてしまい、冷や汗を垂らしてしまう。

 

 ただセドリックはそんな私の内心を余所に、なおも話を続けていった。

 

「先ほどのアマンダも、世話係として付けよう。先ほどの奴らと違って誠実で優秀だから、不自由はさせないはずだ」


 そんな言葉を受け、私はふと、思ったことを口に出してしまう。

 

「どうして、そこまで……」

「……」


 その問いに、セドリックは何故か目をそらす。

 

「……これまでの仕打ちへの、埋め合わせだ。それで納得出来ないと言うのなら……単なる気紛れだと、そう思っておいてくれ」

「……」


 その説明に納得がいかず、沈黙を返してしまう。

 するとセドリックはふぅと一つため息をつき、改まってこちらに向き直ってきた。

 

「……これでもまだ、許してはくれないか?」


 そんな問いかけに、私は滅相もないと激しく首を振る。

 そして。

 

「その……」

「?」

「……ごめんなさい。ついさっきまで、あなたのこと、嘘つきだって思ってた」


 おずおずと、そんな謝罪を口にする。

 ……確かに、結果的に酷い仕打ちを受けてはしまったが、それを差し置いても過剰なほどの誠意を、対応に感じたからである。

 セドリックはそんなしなくてもいい告白を受け、くすりと笑った。

 

「……実際に、嘘つきになりかけていたからな。無理もない」


 そうしてセドリックは、ふと笑みを浮かべてみせた。

 


 ――それは、祖国を蹂躙した冷酷無比な公爵だとは、とても思えないような……そんなやわらかな微笑みだった。




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