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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第一章 逃亡幼女、敵将に拾われる

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第3話 二つの顔


 ――あれから数週間が経ち。

 私はふかふかのベッドに寝転び、天蓋とその周りの装飾をぼうっと眺めていた。

 

「……」


 時刻はお昼過ぎ。窓の外では手入れされた庭園が、活力に満ちた新緑の葉を揺らしているさまが見て取れる。

 小鳥が時折、優雅に鳴き声を響かせてもいた。

 

「……」



 ――ふと、今に至るまでを思い出す。

 城を攻められてからここまで、立場がめまぐるしく乱高下する日々を送っていた。

 ……祖国を滅ぼされ、秘薬を飲み、必死に逃げた先で拾われ。そして地獄のような日々を過ごさせられ。

 そして今、私はというと――。



「……ひま、だなぁ……」


 ……そう。暇を持て余していた。

 メイド見習いとしての仕事から解放され、こうして客人として、日がな一日何もせずに過ごすという毎日。

 酷い仕打ちを受けていたからこそ、しばらくはこんな生活を送れるありがたみを噛みしめていたものの……数日も経てば、むしろこの生活に飽き始めてしまってもいた。

 もちろん、こんな敵国の奥地で単身、祖国のために出来ることなんて何もない。文字通り、何もすることがないという状況だ。



 ふと起き上がり、アマンダに着せられたフリル映えする子供服越しに、自分の体を改めて眺めてみる。

 ……背丈や手足の発育具合を鑑みるに、今の実年齢は7~8歳ぐらい、だろうか。

 本来これくらいの子供は、外で同年代の子たちと遊んで過ごすのが一般的であるはず。

 

 実際、アマンダに城の子供たちを紹介されもした。

 ただ、私は元々、成人済の王女。お母様ほどではないにしろ、それでも公務だってそこそここなしていたという身。

 いまさら子供たちに混ざっても何も楽しくないし、むしろ気が滅入るだけだ。

 

 はふぅーという何度目か分からないため息をついて、私はまたも大の字でベッドに寝そべった。

 のどかゆえに時間の進みも遅く感じられ、思わずあくびを漏らしてしまう。



 しかし。こんな優雅で自堕落な生活を送っているその最中にも、祖国復興を目指す人達は必死にあちこちをかけずり回り、戦っているのだろう。

 そう思うと、とてつもない罪悪感に胸が締め付けられてしまう。

 

 ……ただ、それでも。それでも焦りは禁物でもあって。

 特にここは敵地のまっただ中。正体が知られれば本当に一巻の終わりである。

 

「……どれだけ停滞することになっても、それでも……目的を忘れたり、違えたりなんてしない」


 だからこそ私は、緩む気持ちを引き締めるべく、そうやってあえて決意を口にする。

 

「私は必ず、復興を成し遂げる――」


 ……どれだけ私を堕落させようとも、絶対に、忘れるわけがない。

 私の使命も、受けた恥辱も、帝国への復讐心も。

 だからこそ、痛む傷口を指でなぞって意識をはっきりとさせるかのように、それをしっかりと再確認する。


 そうして私がふと、窓越しに祖国がある方角を眺めようとした、そんな時だった。

 部屋のドアを、控えめにノックする音が聞こえてきたのは。

 ……何だろう、アフタヌーンティーの時間にはまだ早いし。

 

「マドレーヌさん。少々よろしいでしょうか?」


 そんな声とともに入って来たのは、やはり予想通りの人物だった。

 

「……アマンダ、どうかしたの?」

「暇そうにしていたら連れてきてくれと、セドリック様より命じられたのですが……どうやら、お暇そうですね?」


 くつくつと笑いながら、アマンダがベッドのそばまで寄ってくる。

 ……その様子から察するに、特に差し迫った用件とかではないらしい。

 私はぴょいとベッドから飛び出ると、とてとてとてとアマンダの元まで移動する。

 

「それじゃ、案内してくれる?」


 ……王女としての癖が抜けず、子供の姿なのについ、上からの物言いをしてしまう。

 それでも一応賓客扱いと言うこともあるのか、年上であるはずのアマンダは嫌な顔一つせず、それに従ってくれていた。

 

「ええ。それではご案内しますね」



+++



 そうして連れてこられたのは。

 セドリックさま……もう呼び捨てにするような状況でもないので、角が立たないよう、あえて『様』ではなく『さま』付けで呼ぶことにしたのだけれども……その執務室だった。

 

「セドリック様、マドレーヌさんをお連れ致しました」

「……来たか」


 書類を矢継ぎ早に目を通していたセドリックさまは、まるで戦場にいるかのような覇気を、こんな事務仕事においても放っていた。

 

「ご苦労だった、アマンダは控えていてくれ」


 しかしアマンダが下がるのと同時に、手の中にあった書類を置いたセドリックさまは、何故かその覇気を霧散させつつ、紅茶を少し口にする。

 

「……」


 そうしてから、何故呼ばれたのか分からず怪訝な表情の私を見て、ふっと一つ笑う。

 

「……そう固くならなくともいい。今日は軽いお願いをしようと思っただけだ」

「お願い……?」


 思わず小首をかしげると、セドリックさまはティーカップをおもむろに置き、両手を組んだ。

 

「実は、此度の戦働きを受け……旧ブランシャール王国における、プロヴィデンス地方一帯の統治を任されることになった」

「……!」


 ……祖国の頭に旧という単語が付けられたことに、キュッと胸が締め付けられる。

 しかしそれを態度に出せば、王家との関係性を疑われてしまう。私は奥歯を噛みしめ、前を向き続けた。

 

「ただ、私は生まれも育ちも帝国。ブランシャールについては無知も同然。……だからこそ、実際に向こうで住んでいたマドレーヌから、色々聞いておきたいんだ」

「……色々、聞く……?」

「ああ。食べ物、風習、気候、教わったこと……何でも良い。ブランシャールという土地柄に合った統治を進めていきたいからな」

「……」


 ……今度は悔しさよりも、驚きの感情の方が大きかった。

 あの邪知暴虐の限りを尽くす帝国の中枢を担う人物が、そんな民に即した善政を敷こうとしているだなんて、夢にも思わなかったからだ。


 しかし。先日私が助けられたときの、クロードとの会話とを照らし合わせてみれば、それも確かに納得できる気がした。

 ――この人は良い意味で、帝国の爵位持ちだとは思えないのだ。

 確かに戦場で見た時の氷のような見た目の印象とは裏腹に、こうして誠実で真面目で、気配りも出来る。

 かの帝国の猛き牙を従える人物だとは、とても思えないほど。

 

 ……もちろん、祖国復興を私の手で成し遂げるという気持ちに、変わりはない。

 ただそれまでの間、健全な統治が成されるというのなら。これくらいの協力ならば、なんだかやぶさかではないような気もする。


「まあ、急に言われても困るだろう。故郷を追われたわけだし、思い出したくないことが色々とあるのも分かる。折を見て機会を作っていくから、話せることだけ話してくれればいいからな。……話は以上だ」


 私が長く思考に浸っていたのを誤解したらしく、セドリックさまはそう言って話を切り上げ、仕事に戻ってしまう。

 それを見た私は、半分呆けながらも頷き、執務室を後にしたのだった。

 


+++



 自分の部屋に戻るべく、長い長い廊下をぼうっとしながら歩いて行く。

 ……もちろん頭の中で考えているのは、先ほどのお願い事について。

 

 ――正直に言うのなら、私はそこらの誰よりも、ブランシャールのことについて語れる。風土も歴史も、果ては最近の流行についても。

 でもそれらは、たとえ善政のためとはいえ、すべてを敵方へと渡して良い情報でもない。

 ……どこまでなら渡しても良いのか。どこまでなら子供の口で語っても違和感がないのか。その塩梅が非常に難しい。

 

 急に降ってわいたその難題を前に、私はうんうん唸りつつ、中庭に続く回廊を歩んでいた。

 すると。

 

「……ょっと……」


 かすかに呼びかけられた気がして、思わず顔を上げる。

 しかし、あたりに人影は見当たらない。

 

「……ちょっと、そこのお嬢ちゃん。こっちですよ、こっち」


 今度ははっきりと聞き取れた。

 どこから声を掛けられているのか分からず、私はきょろきょろと周りを見回す。

 するとしばらくしてようやく、その声の主を視界の中に捉えることが出来た。


 ――中庭の立木の影で、わざとらしく手でひさしを作って空を眺めていた、庭師の出で立ちの男。

 そいつがふと、目線をこちらに向け、手招きをしてきていたのだ。

 

 ……明らかに、不審者だと分かった。

 風体こそ、何の変哲もない使用人だ。しかし、呼ばれなければ全く気づかなかったほどの気配の薄さは、まさに異質と呼べるものだったから。

 まるで景色と同化していた男の立ち姿に、私は言い様の知れない薄ら寒さを覚えていた。


 ただ、それでも私が男に近寄っていったのには、理由がある。

 ……腰のところに下がっている作業カバンに、本当に何気なくではあるのだけれど、ブランシャール王家から叙勲される、勲章のようなものが付けられていたのだ。

 男は私がおずおずと寄ってくる様を見て、どこか満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「お嬢ちゃん、鳥に興味はないですか?」

「……鳥?」

「ここからなら、色んな鳥が見られるんですよ。特に私は『青白い鳥』が、好きでしてね。……お嬢ちゃんは、どんな色の鳥が好きですか?」


 ことさら強調されたその単語で、私は確信に至った。

 ……あの言葉を述べよと、そう暗に言われている、と。

 


「――泥をすすりて、白き鳥へ至る」



 会話の流れを無視し、単にそれだけを口にする。

 すると一拍置いた後、その男はそれまでの立ち振る舞いを全く変えずに、しかし声色だけがらりと変え、言葉を放ってきた。


「……。……やはり、貴方がルクレシア様でしたか」

「……誰? 名を名乗って」

「お初にお目に掛かります。私はダミアン。元はブランシャール王家に仕え――今はレジスタンス『ルブランドル』の末席にて、リュカ様の指示を仰ぐ立場にございます」

「……!!!」


 思わず言葉を失ってしまう。

 ……そうか、リュカは生きていたのか。安堵の気持ちが胸に広がってゆく。

 

 するとダミアンと名乗った男は、ゆっくりと勲章を作業カバンへしまいつつ、代わりに剪定ばさみを取り出すと、立木の剪定を始めながら、ぼそりと続きを口にした。

 

「お手数ですが……誰かに見られても良いよう、子供が単なる庭師に声を掛けた、という体を保っていただけますと幸いです」


 その申し出を受け、私は思わず表情を引き締める。

 ……そうだ。曲がりなりにも、ここは帝国領。敵がどこにいるか分からない。

 

「……リュカは、無事?」


 後ろ手を組み、首をかしげてその作業を眺める。……いわゆる年頃の子供のような振る舞いを演じながら、私はその見た目とは裏腹のトーンで、質問を投げかけた。

 

「はい。しかしながら、このような敵地のど真ん中へ、貴方様をみすみす連れ去られてしまったこと、深く深く後悔しておられました」

「……気にしないで。今だから言えるけれど、あの状況ではこれが最善の選択だったと思うから。それで……リュカは今、どこに?」

「仮のアジトにおられます。ただ、貴方様を直接お迎えに上がりたいと仰っておられたものの、しかし反抗勢力の結成に際し、タスクに忙殺されておりまして。ですのでこうして、わたくしめが代わりに派遣された、というわけです」

「……なるほど」


 しゃがみ込んで近場の花を眺めるような仕草をしつつ、おおよそ子供には出せないような、王族としてのトーンで言葉を放つ。

 そしてダミアンもまた、自らの作業をこなしながら子供を相手しているという体で、それに受け答えをしていた。

 

「ただ残念ながら、ここまで警備が厳しい城で、貴方様の正体を悟られずに連れ出すのは……今の状況では、難しいと言わざるを得ません」

「確かにそうね。素性の知れない敵国の孤児が、理由もなく城から消えるのは問題だろうし……かといって、誘拐されたりする理由もないし……」


 ――強引に逃げ出せば、あの聡明な公爵や副官のことだ、私がブランシャール王家に連なるものだと、すぐに悟られてしまうだろう。

 顔が割れれば、名無しの幼女という隠れ蓑が失われ、若返った意味が半減してしまう。それどころか、私が王女という事まで知られたなら、それこそ掃討作戦に打って出られて、全てが水の泡にすらなりかねない。

 ここを去るならなるべく穏便に、あくまで一介の子供という体で去らなければならないのだ。


「そうですね。盗賊をけしかけ混乱を起こすなど、他にもさまざま検討はしましたが、首尾よくいったとて、結局貴方様に秘密があると悟られかねず……本当に、申し訳ございません……」


 そうして、私にだけ分かるように頭を下げるダミアン。私は小さく首を振った。

 

「気にしないで。急いてし損じれば、お話にもならないし。……それにこちらとしても、少々すべきことも出来たし」

「……すべきこと?」

「……。……とはいえ、心配は無用。貴方は貴方のすべきことを果たすようにして」


 ……まさか祖国の仇へ情報提供をするなど、言えるはずもない。なのでそうお茶を濁しておく。

 するとダミアンは、薄く頷いて承諾の意を見せた後、なおも話を続けてゆく。

 

「……承知しました。ただ、もし貴方様に何か危機が迫りましたらば。その時はこの命に替えましても、必ず貴方様をお救いし、祖国までお連れすることをお約束致します。――わたくしの他にも数名、既にこの城に潜り込ませております。みな等しく同じ覚悟を持っておりますので、どうかご安心ください」

「……分かった」


 ……なるほど、私が酷い仕打ちを受けていたことは、まだ把握出来ていないのだろう。

 恐らくは客人扱いとなった後に、こうして潜入してきたに違いない。

 もう少し早く来て欲しかったという気持ちと、穏やかな日々を送れている今で良かったという気持ちとがない交ぜになりつつも、私は何度かダミアンに頷いて返す。

 

「それでは、わたくしは仕事へ戻ります。日中は基本休まず中庭の手入れをしておりますので、何かございましたら先ほどのような振る舞いにて、お気軽に話しかけて下さい」


 そんな申し出にしっかりと頷いて見せてから、私はゆっくりダミアンから離れていく。



 そうして背中で枝がパチリパチリと切れる音を聞きつつ。

 私はゆっくりと、自分の部屋へ足を向けたのだった。




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