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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第三章 ライオンハート

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17/22

第17話 赦し


「……セドリック様の行方を、知りませんか」


 翌日。部屋に朝一番訪ねてきたクロードは、挨拶でも謝罪でもなく、何故か開口一番、そんな事を伏し目がちに質問してきた。


「……ど、どういうこと?」


 寝癖を手ぐしで梳かしながら、何とかそう返す。

 だがクロードは神妙な面持ちを崩さず、単に首を振った。


「いえ、知らないのでしたら構いません。いま言ったことは忘れてください」

「待って。……どうして、それを私に聞いたの?」


 そのまま立ち去ろうとしたクロードを、慌てて呼び止める。すると振り返りがてら、クロードは少し視線を落として話し始める。


「毎朝、その日の予定を口頭にてお伝えするのが、私の日課なのです。ただ今朝は何故か、自室にも執務室にも、どこにもいらっしゃらず……昨晩の失態で愛想を尽かされてしまったとも考えたのですが、しかしそれならば他の者には居場所を伝えるはず。……誰もその所在を知らないのは、何かおかしいと思いまして」

「……それで、私に?」

「ええ。……城のものはまだ気づいてはおりませんが、このままでは確実に騒ぎになってしまうでしょう」


 ため息交じりにクロードがそう告げてくるので、私は二日酔いでキリリと痛む頭を抱えつつ、何とか昨晩のことを思い出してみることにする。

 すると、去り際の……本城からの使者が云々という話を、ぼんやりと思い出すことが出来た。


「……そういえば、昨夜遅くに誰か来ていたみたいだけど、それはどうなったの?」

「使者、ですか? ……本城からの来訪者でしたら、日の出とともに出立したようですが……」

「それから、どれくらい時間が経ってるの……?」

「……!」


 その質問には答えず、クロードはハッと息を呑む。


「……もしかして、以前もあった、あれの可能性があるんじゃない?」

「かも、しれませんね」


 そんな同意が素直に返されてきたので、私はおもむろにネグリジェの上から、コートのようなものを軽く羽織る。

 そうしてそのまま部屋を出かかったところで、ふと呼び止められた。


「……どちらへ、行かれるのですか?」


 普段の高圧的な態度はなりを潜め、ずいぶんと弱々しい口調で投げかけられたその問いに対し、私は羽織った服の裾を翻しながら振り返った。


「セドリックさまに、予定を伝えなきゃいけないんでしょう? 一つ心当たりがあるから、そこを当たってみることにする」

「……」

「口外しないでと頼まれている場所だし、ええと、執務室で待っていて。……くれぐれも、追いかけてはこないでね」


 そうして私が踵を返そうとしたところで、クロードがふとそれを声で止めた。


「っ、お待ちください」

「……何?」

「……」


 ただ。5秒、10秒と待ってもなお、クロードは続きを口にしようとはしなかった。思わず首をひねる。


 ……いや、よくよく見ればクロードは、何かを言わんとすべく、口を開いては閉じてを繰り返している。 

 だからこそ、それを根気よく待っていると。クロードはようやく意を決したらしく、私の方を向き、大きく息を吸った。


「……昨晩は、とんでもない過ちを犯してしまいました」

「……」

「それというのも。貴方が密偵か何かだという考えを、いつまでも捨てきれなかったのが原因です。……そもそも貴方は、子供離れした言動、そして風格をお持ちです。そこには必ず、何か裏がある。そんな考えに固執したばっかりに、あのような愚行に走ってしまいました」

「……今は、どうなの?」

「今は……」


 少しばかり考えるそぶりを見せたクロードは、それでも正直に、思いの丈を口にした。


「……今もまだ、疑う心を捨て切れてはいません」

「……。頭、堅すぎ」

「驚くほどよく言われます」

「……じゃあ、少しは直す努力をしたらどうなの……?」


 思わず呆れながらそう呟けば、クロードはくすりと笑った後、ふと向き直る。


「しかしながら、貴方を試す一連の過程を経て。……セドリック様を思う心は、恐らく同じなのだろうと、そう感じはしました」

「……」

「だからこそ。……ひとまずは信用に値すると、そう判断できたからこそ、口にするのですが……」


 クロードは徐々に私へ近づきつつ、話を続けていく。


「私の代わりに……あの方の心を、軽くすることは出来ますでしょうか」

「……心を、軽く?」

「ええ。――セドリック様は、お優しいのです。それも尋常ではないほどに。そして、この権謀術数渦巻くガルシュナイダー帝国において、それは決して利点とはなりえません。むしろ命取りにさえなりえます」

「……」

「本来セドリック様のお立場なら、遅かれ早かれ必ず誰かに裏切られ、その地位を追われていたでしょう。しかしセドリック様は不幸にも、ご自身の優しさと全く釣り合わない代物を持たれてしまってもいます」

「……。ライオネルナイツ、よね」


 先んじて答えを口にするが、しかしそれには何故か肯定も否定もされなかった。

 ……クロードはそれ以外にも、まだ何かあると言いたげな表情でもある。


「ご想像に、お任せします。ただその代物があるせいで、セドリック様はお優しい気質を保てたまま、今まで大きな裏切りに遭うこともなく、今の立場に留まり続けられているのです。帝国の猛き牙を操り、罪なき人々を屠るという、本来ならば良心が耐えられないはずの役割を、全うし続けられてしまっているのです」

「……」

「行われるはずの淘汰が行われれないのは、あの方にとっては、決して喜ばしいことではありません。十二分に不幸なことです。その御心と乖離した所業を……罪を、ひたすら重ね続けなければならないということですから」

「……。だからこそ、少しでもその重圧を、軽くしたいと……?」


 そうしてそんな問いを投げかければ、クロードはゆっくりと、そしてしっかりと、それに頷いてくる。


「……特に、先のブランシャール攻めは、セドリックさまの御心に大きな影を落とし続けています。そして貴方は、その心を救うことが出来る、唯一と言っても良い存在です」

「ちょっ……ちょっとまって。唯一? だったらそれは、副官の立場にいるクロードがそうなのではないの? セドリックさまに親族がいない以上、今や一番近しい立ち位置にいるのは、貴方なのでしょう?」


 腕組みながらそう反論すると、クロードはふと視線を脇に逸らす。

 そして一旦つばを飲み込んでから、静かに言葉を紡いでいった。


「実は……貴方の面影が、去るお方に、とてもよく似ているらしいのです」

「……!」

「ですからこのことだけは、他でもない貴方へ頼むほかないのです。狼藉を働いた身で、どの面を下げてと思われるかも知れませんが。……お願い、出来ませんか」


 そうして深々と頭を下げられた私は、思わず頬を掻く。

 ……そういうことなら確かに、クロードが自主的に謝ってきたのも、その願いを託してきたのも、ひとまずうなずける。

 ただ、一点だけ不明な点を除けば。


「……その、去るお方って、誰?」

「……。何卒、よろしく、お願い致します」


 クロードはその問いを完全に無視し、同じ文言を繰り返すばかりだった。

 ……答える気はない、ということなのだろう。

 思わず深い鼻息をついてしまう。


 ……ただ、答えを得ようが得まいが、その願いに対する答えは変わらなかった。

 私はそのまま何も言わずに、くるり踵を返す。それはもちろん、委細は承知したという合図だ。

 背中からしっかりと視線を感じつつ、私は今度こそ歩き始めた。


 ――当然その行き先は、例の空中回廊だ。

 


+++



 思った通り、セドリックさまは以前と全く同じ場所で、儚げに崖下を見下ろしていた。


「……マドレーヌか。体調は大丈夫か?」


 セドリックさまはそうして今日も、人の心配ばかりだ。

 ……ともすればセドリックさまの方が、よほど気づかわれなければならないぐらい、落ち込んでいるようにも思えるのに。


「……セドリックさまこそ、こんなところでどうしたんですか?」

「……」


 そう問いで返せば、セドリックさまは何も答えず、顔を元に戻してしまう。


「……なんてことはない。少し、風に当たりたかっただけだ」


 しかして返ってきた言葉は、どこかで聞いたことのある文言そのままだった。


「……」

「……」

「……ふふっ」

「……くっ」


 ……恐らく、わざと一言一句、以前と同じにしたのだろう。どちらも堪えきれなくなり、同時に顔をほころばせてしまっていた。

 そうして自らアイスブレイクを済ませたセドリックさまは、はぁーとため息をついてから、景色を眺めつつ話を切り出していく。


「本当に、たいしたことではない。前回の苦言の続きを、またご丁寧に伝えてきた、というだけだ」

「……。それなら何故、そこまでへこんでいるんです?」

「……」


 容赦のない切り返しを受け、セドリックさまは長めに息を吐いた。


「――力と恐怖で支配しようとしないから、プロヴィデンス地方の統治が遅々として進まないのだ。そんな弱腰の輩に、帝国最強の騎馬部隊を持たせていても、宝の持ち腐れでしかない。召し上げられたくなければ、今すぐその心を入れ替え、忠義を尽くせ――」

「……!?」

「だ、そうだ。……よほど先日の苦言、腹に据えかねているらしい」


 ……独り言を呟くかのように、皇帝からの言づてをそらんじるセドリックさま。

 そしてそのまま街を眺めつつ、ふと笑った。


「……真の意味で陛下に尽くすには、確かに心を入れ替えるしかないのだろうな」

「っ、それでは、セドリックさまの本心や信念は、どうなるのですか……!?」


 反射的にそう食ってかかれば、セドリックさまは固い笑みをこちらに向けてくる。


「安心しろマドレーヌ。我が信念が、いまさら黒く染まるわけもない。それに召し上げに関しても、恐らくは口だけだろう。忠誠心が前提の部隊を取り上げたところで、その強さは十全に発揮できやしないからな。むしろ……」


 そこで一拍置いたセドリックさまは、どこか遠い目をしながら続けた。


「……むしろ一個人としては、差し出せるものなら、差し出したいぐらいだ」

「……え?」


 ――突如回廊に、一陣の風が吹く。

 ふと髪を抑えたセドリックさまは、風が吹き抜けていった方を眺めながら、ぽつりぽつりと思いを紡いでいった。


「別にあれは、持ちたくて持っているものでもない。レステンクール家の当主が、代々受け継いでゆく部隊だ。それが……きっと彼らにとっても、不幸でもあるのだろう」

「彼らに、とっても……?」

「なに、倫理のたがが外れているか、もしくは自国と他国を割り切って考えられる主に仕えていた方が、より武勇を大陸全土に誇れただろうしな」

「でも、彼らはそもそも、セドリックさまが民を憂える賢きお方だから、それで忠誠を誓っているんじゃ……?」

「恐らくはな。だから今の話は、単なる机上の空論に過ぎない。だがそれでも、考えてしまうんだ。……民を向いて治政を行いたいだけの私には、本当に過ぎた刃だ、と」


 自虐気味にそう呟くと、セドリック様は天を仰いでため息を漏らす。

 ……なるほど。今回はこれが、セドリックさまの心に刺さった棘なのだろう。


 だからこそ私は無意識に何度か頷き……そして同時に、今がクロードに託されたことを実行に移す絶好のタイミングだと、そんな事を考えてもいた。


「……セドリック『様』は……本当に、おやさしいんですね」


 そうして私は、この場限りにおいてではあるけれど。

 角を立てない為だけに付けていた、おざなりな敬称を改め……心からの敬意を込めて、そう呼んでいた。


 セドリック様も、敬称のトーンがいくぶん変わったことには感づいたらしく。何度か瞬きを繰り返しながら、私の顔を見つめてくる。

 けれどしばらくすると、また先ほどまでの自虐的な笑みを浮かべはじめてしまった。


「やさしい、か。……帝国の公爵家当主にとって、それは致命的な欠点でしかないな」


 そうして独り言のように呟かれたそれに、私はふるふると首を振る。


「いいえ。それは誇れる長所であるはずです。……」


 ――帝国主義と、優しい性根との狭間でジレンマを抱え、苦しむその姿勢は、決して短所なんかであるはずがない。

 むしろ為政者にとっては、なくてはならない素質の一つであるはず。

 賢王であったお父様やお母様を、間近で眺めていた私がそう思うのだから、間違いない。



 だからこそ、そこで一拍だけ置いてから。

 一時ばかり、年相応の態度と雰囲気をかなぐり捨て――


 ――私は、ルクレシア・ブランシャールとして、告げた。




「――帝国に侵略された、ブランシャールの民を代表して、言葉を贈ります。……胸を張ってください、セドリック様。貴方は正しい道を、ちゃんと歩んでいます」




 慈愛のような笑み……いつぞや見たがっていた笑顔をこれでもかと湛えながら、私はまっすぐまっすぐ、セドリック様を見つめる。


 ……確かに、この人は侵略者だ。祖国の数多の兵を死に追いやり、大勢の人間を不幸にしたことは間違いのない事実だ。

 それでも、それだけに固執していては、さらなる不幸がブランシャールの民に、そして巡り巡って帝国の民にも、降り注いでしまうはず。

 それほどまでにこの人は、皆の希望を背負って立つにふさわしい存在なのだから。


 だからこそ。『優しきライオン』の、その心だけは……帝国唯一の良心だけは、どんなことがあろうとも、絶対に折ってはいけないんだ。

 ――そう。これはだからこその『赦し』。

 何もクロードに頼まれたからではない。私は自らの意思でもって、その言葉を口にしていた。


 とは言っても……もちろんこれまでの事を、全部水に流すわけじゃない。

 あくまでもこれは、この人が前を向き、人々に寄り添い尽くしていくための、ある種の発破のようなもの。

 だから、それでもなお許せないと憤る人々が、もしいるのなら……この人の代わりに、私が夢で、いくらでもうなされよう。

 

 そこまでの覚悟を持って口にしたその言葉に、セドリック様は驚き、そして言葉に詰まり……その意図を、じっくりと噛みしめていた。



「……ありがとう」



 そうして、ずいぶん経ってから告げられた感謝に、私は何も返しはしなかったけれど。

 それでも感謝を告げたセドリック様の顔に、いつもの覇気が戻りつつある事に、私は密かに安堵をしていたのだった。




ここまでお読み頂いてありがとうございます。

今後の更新につきましては、不定期とさせて頂きます。

ご理解頂けますと幸いです。


なお、この作品がお気に召しましたら、評価やブックマークなど、是非よろしくお願い致します。

何卒、よろしくお願い致します。

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