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逃亡幼女とライオンハート ~若返りし亡国の王女、敵国最強の公爵に拾われて~  作者: 山下 六月
第三章 ライオンハート

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16/22

第16話 酒は飲めども


 それから数日経ち。

 私は何故か、城の小規模な夕食会に招かれていた。


 もちろん小規模とは言っても、軽く10人以上は座れるテーブルに、既に贅の限りを尽くされた料理の数々は並んでいる。

 着席している面々も、これまで会ったこともない強面の初老たちばかり。聞けば宰相や将軍など、城の重鎮たちが一堂に会しているとのこと。

 アマンダもおらず、見知った顔も遠くの方にセドリックさまとクロードがいるだけ。

 そんな厳かな席の末席にちょこんと座らされれば、当然周囲からの注目だって集めてしまう。

 完全に針のむしろであり、私は一分もしないうちに帰りたくなってしまっていた。


 ……どうしてこうなったかというと、話は簡単だ。

 どうやら私のいないところで、クロードが私のことを認めた……とか何とかで、本格的に私の滞在に反対するものがいなくなった為、それならば城の面々に一度くらいは顔見せしておいた方が良いだろう、などという流れになったらしい。


 しかし顔見せとは言っても、特に挨拶が予定されていたりするわけでもない。

 迎え入れたセドリックさまの面子を潰さないように、ただお行儀良く澄ました顔をして座っていればいい……とはクロード談。

 なんだかその申し出には、裏があるような気もしていたのだけれど。断る理由も見当たらず、結局はそれに参加することになってしまったのである。



 ふとセドリックさまの方で動きがあり、顔を向ける。

 ……どうやらクロードが何かを伝えながら、食前酒を端から注いで回っているようだった。

 そうして列席者に一人ずつ言葉をかけながら各座席を回っていたクロードは、最後に私のところにも回ってくる。


「マドレーヌさんも、是非」


 そう言いながら、ワインのラベルを見せてくるクロード。


 ……ちなみに。遠方では未成年が酒を口にすることを禁じている国もあるらしいけれど、近場ではどこの国も、そんなルールなんて特に設けてはいない。それに私は、本来成人済。倫理上も問題はないはず。

 ただ、そうだったとしても。こんな見た目の子供に対し酒を勧めるだなんて、デリカシーの欠片もないことは確かで。

 だからこそ私は、仏頂面で返していた。


「……私は、大丈夫」

「いえ、そう言わずに。一人だけグラスに水では、締まりもつきません。……このワインは、ルフェーブル地方のシャトーで11年前に作られた、最高級のものです。一舐めだけでも構いませんから」

「……ルフェーブル産の、大当たり年……」

「おや、恐らくはお生まれになってもいないのに、物知りですね」

「あ、その……。……大人が話していたのを、以前聞いたことがあったから」


 慌てて繕う。……味ではなく、単に評価を口にしたまで。見聞きした体で押せば、致命的なやらかしにはならないはず。

 実際クロードもその発言はさらりと流し、見惚れる所作にてグラスにワインを注いでしまう。


 そうしてコトリと置かれたグラスを手に取ってみれば、確かにそれは顔に近づけただけで、芳醇な香りを漂わせてきた。

 ……なるほど。最高級と言うだけあって、色合いも香りも一級品だ。

 するとクロードは自分の席に着くや否や、グラスを掲げて音頭を取ってゆく。


「本日は大変素晴らしいワインが手に入りましたし、小さなゲストの方もおられますので、食前酒として振る舞わせて頂きました。是非、ご賞味下さい」


 そうしてセドリックさまがグラスを掲げると同時に、一同が一斉にグラスを打ち鳴らしてゆく。

 私も仕方無く、グラスを下でも支えながら、隣の人とだけ控えめに乾杯し、グラスに口を付ける。


 そして次の瞬間には、思わず目を見開き、もう一度グラスの中のものをまじまじと眺めてしまっていた。

 ……それは私の中のワインの概念ががらりと変わってしまうぐらい、すさまじく美味な代物だったのだ。

 

 王女時代もたしなみ程度にしか口にしては来なかったけれど、その記憶の中の、どのワインよりも数段は上。

 ――淡いゴールドの液体が織りなす豊かで柔らかな果実の風味に、鼻から抜ける甘露な香り、そして至福な後味。

 私は完全アウェーの場だと言うことも忘れ、ふんわりと余韻に浸ってしまっていた。


 ……そうして気づけば、ワイングラスは空になっていて。

 どこからともなく替わりが注がれ……。



+++



「……これらの理由から、私は素性の知れない存在を手厚く保護することに関して、非常に懐疑的です」


 ――いつの間にか、私は酩酊状態に陥ってしまっていた。

 もちろん、相当にペースをセーブしてはいたのだけれど、それでも今は子供の身体。気づいた時にはもう、しゃんと背筋を伸ばし続けることも出来なくなってしまっていた。


 ……後で知ったことだけれど。

 そんな私の様子を見た途端、クロードはそれまでの態度を豹変させ、列席者に向けて私の排除を堂々と訴え始めたらしい。


「皆様、いま一度お考え下さい。仮にふたを開けてみたら害のない存在だったとしても、そこに少しでもリスクが存在しているのなら、万全を期す。それが帝国公爵としてのお立場上、どうしても必要なことなのではありませんか?」

「……くどいぞクロード! その話は既に終えたはずだと、何度……」

「いいえ、終わってはおりません! ……そもそもセドリック様は、件の能力に頼りすぎなきらいがございます。数回ほど善悪をはかっただけで、無条件にそのものを信用してしまうのは、やはり改められた方が……」


 喧々諤々と、議論が交わされてゆく。 

 しかし私はどうしてもその内容が理解出来ず、ただぐわんぐわんと視界が回る様子に、身を任せ続けていた。


 ……と、そんな時である。

 前後不覚に陥っている私へ、クロードが急に話を振ってきたのは。


「では、当の本人に聞いてみましょう。……マドレーヌさんは、どうお考えですか?」

「……わたし? ……わたし、は……」

「ここは貴方にとって、縁もゆかりもない土地のはず。まさか恥も外聞もなく、延々とセドリック様のご厄介になるおつもりですか?」

「はじも……がいぶんも……? がい、ぶん……」


 何を訊かれているのかも分からず、私はただ呆然と言葉を繰り返すのみ。

 しかし、こんな状態だからこそ何かボロを出すのではないかと、クロードは延々と私に質問攻めをしてくる。


「……っ、もう良いだろうクロード! 貴様の頭の固さ、そして執念深さは良く分かった! だがこれ以上、ただ賢いだけの子をいじめ抜く必要はない! すぐに部屋へと戻らせろ!」

「いいえセドリック様。此度の件に関しては、必ず英断だったと振り返るときが来ます」


 セドリックさまをしっかり見据えて言い切ったクロードは、私の真横まで来て、肩をがしっと掴みながら視界に入り込んでくる。


「……マドレーヌさん。この際、楽になりませんか。貴方がノーマークだったなら、まだやりようはあったでしょう。しかし貴方はすでに、ここまで警戒されている状況です。もはや何も成し遂げられませんよ」

「……」

「であればいっそこの場で、狙いを全てぶちまけてはいかがですか? 今ならまだ、我々は直接被害を被ってはおりません。罪は軽く……いえ、なんなら罪には問わない事をお約束致します」

「……」


 視界がぼやけていた私は、ふとそこで、周りを見渡していた。

 誰も彼も、私を疑り深いまなざしで見つめて来ている。

 

 ……そう、それは侮蔑を含む、氷のような視線にも似ていて。

 だからこそ――何かのスイッチが、そこで入ってしまっていた。


「……ごめん、なさい」

「……え?」

「本当に、自白を……?」


 か細き震え声での謝罪が聞こえ、テーブルがにわかにざわめき出す。


「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ど、どうしたんだ、マドレーヌ! ……まさか……」


 セドリックさまも愕然としながら、思わず立ち上がる。

 

 ……だが、次の瞬間。

 セドリックさまも、クロードも。そして他の重鎮たちもすべからく、これでもかと眉をひそめることとなる。



「見捨ててなど、いないんです。……しんじてください、わたしは、見捨ててなど……」



「……? 見捨てて……?」

「……ど、どういう……ことでしょうか?」


 セドリックさまと顔を見合わせつつ、クロードは思わずそう漏らす。

 けれど私はもうその問い、その言葉を、完全に理解できなくなっていた。

 椅子を倒し、床に膝をつきながら、私はただただ涙を流し、許しを請う。


「……分かっています、ごめんなさい、ごめんなさい……だから、もう……」


 ――そう。薄れかけた私の視界には、もはや『いつもの夢』……祖国を捨てたと糾弾され、延々と秘薬を飲まされ続ける、あの地獄のような光景が広がっているとしか、思えなくなってしまったのである。


 そのあまりの豹変振りには、さすがのクロードもたじろぎを見せる。

 そんな中。隣にいた参加者が、見かねて水の入ったコップを私に差し出そうとするのだけれど、私にはそれが『ポーション瓶を差し出す』ようにしか見えず。


「いっ、イヤ!! 嫌ぁ……!!!」

「えっ? な、何故……?」

「イヤなんです、ホントに……ホントにもう、飲めないんです……!!!」


 体を抱き、震えながら、私はこれ以上ないほど、拒絶反応を見せてしまっていた。

 そこにいた誰しもが、クロードが持ち込んだワインに目を向ける。


「……下戸……のようには、見えませんでしたが……」


 メガネを上げつつ、苦し紛れにクロードがそう漏らす中。私はもはや命乞いするかのように泣きはらし、弱々しく叫び続けていた。


「許してください、ごめんなさい、許して、ください……イヤなんです……いやぁ……」


 そうして身体を抱きながら、くの字に折り曲がった私が、ふとそのまま床に額までつけた時。

 その支離滅裂ぶりを目の当たりにしたセドリックさまは、これ以上ないほど瞳孔を開きながら、唸るように告げた。


「――レステンクール公爵として、クロード・シャスタニエに命じる」

「っ……」

「今すぐ、この場から退出しろ。今、すぐにだ」


 それは、一切の有無を言わせない、領主としての厳格なる命令だった。

 こうなってしまえばもう、クロードは持論も体裁も、その一切を引っ込め、引き下がるほかない。

 ……最も。私のあまりに痛々しい錯乱ぶりを目の当たりにしたクロードは、そんな指令を経ずとも、自らが間違っていたかも知れないと思い始めてはいたようだった。


「……酒宴の席とはいえ、不遜で無礼な振る舞いの数々、大変失礼致しました。列席の皆様におかれましても、歓談の最中、大変な失態を……」

「私は、今すぐに、と命じたはずだ。……それに今、お前がしなければならないのは、そんな御託を並べることではない」


 その言葉を受け、クロードはすぐさま深々と頭を下げる。


「……はい。すぐに……アマンダを、呼んで参ります」


 ――おぼろげな私の視界がふと途切れたのは、この直後のことだった。

 


+++



 気がつくと、私は何故かいつものベッドの上にいた。

 顔を少し横にずらせば、そこには心配そうに私を見つめるアマンダの顔があった。


「……あ、れ……えっと……」

「気づかれましたか。気分は、如何ですか?」


 そんな問いを受け、よろよろと身を起こそうとするのだけれど。何故だかまだ少し、体が言うことを聞かない感覚があった。どことなく舌も回っていない気がする。


「……私は、たしか……」


 意図的にそう口にし、ここに至る経緯を思い出そうとする。

 すると部屋にはアマンダだけではなく、セドリックさまもいることに気づき……そこでようやく、ぼんやりと事の経緯を思い出すことが出来ていた。


「あ……っ。……ごめん、なさい……。見るに堪えない姿を晒して、セドリックさまの面目、を……」


 そうして無意識に頭を下げるが、セドリックさまはそれに何も返さず、静かに目線を合わせてくる。


「気にしなくて良い。それより……どこまで、覚えている?」

「どこ、まで……? えっと……ワインとおつまみに、前菜を食べて……それ、で……」

「そうか……」


 静かに首を振り、それ以上は何も言わなくていいと暗に伝えてきたセドリックさまは、特大のため息を一つ挟んだ後、顛末を簡単に説明してくれた。




「……私、そんな事を言って……」


 口を押さえながら、私は思わずそう漏らしてしまう。

 ……なんとか致命的なことは口走らなかったようだけれど、一歩間違ったら完全に終わっていた。今更ながらに、肝を冷やす。

 そんな私の様子を見ながら、セドリックさまはふと頭を下げてきた。


「結果的に、思い出させたくないことを思い出させた。……本当に、すまない」

「あ、いえ、その……。……多分、夢の中にいるって、勘違いしただけだと、思います」

「……夢?」

「前に言った、例の悪夢です」

「なるほどな。……ちなみに聞くが。それはいったい、どんな内容なんだ……?」


 反射的に投げかけられたその問い。しかしそれに、私はなにも答えられずにいた。

 するとすぐに、セドリックさまはそれ以上は言わなくていいと、手で制してくる。


「いや、すまない。今の質問は忘れてくれ。……それと。先ほどの一件は、クロードの若さが暴走したという見解で、ひとまず一致はしてある。忠犬が主人を守りたい一心でつい吠えてきた、ぐらいに思って貰えると助かるのだが……」

「……ちゅ、忠犬……ですか」


 一連の乱暴な工作に、どことなく可愛らしい形容をされ、私は思わず乾いた笑いを浮かべる。

 ……けれど、確かにそれらは、セドリックさまへの忠誠心が成したことではあるのだろう。言われてみると、良くも悪くも忠犬と評して良いような気もしてきた。

 

 と、そこでセドリックさまは、おもむろに立ち上がる。


「翌日にでも、直接謝罪はさせる。……今夜はひとまず、何も考えずに体を休めてくれ」


 ……私がまだ、若干呆け気味であることを見抜いたのだろう。

 セドリックさまはそう言い残し、アマンダにアイコンタクトを送ってから、部屋を後にしようとする。


 と、そんな時だった。

 ドアノブに手をかけようとしたセドリックさまの眼前で、少し大きめのノック音が鳴らされたのは。


「……夜分遅くに大変失礼します。セドリック様は、こちらにおられますでしょうか?」

「どうした」

「ああセドリック様。……本城より、使者の方がおいでになっております」

「……! 分かった、すぐに向かおう」


 ……多少なり酔いも残っているだろうに、セドリックさまはまるでそれを感じさせない足取りで、早々に部屋を後にしていったのだった。




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