第10話 互いのジレンマ
翌日。
私はこれまでと同様に、いたいけな子供を装い、ダミアンと接触していた。
もちろんそれは、セドリックさまを起こさないようにしながら得た情報を、レジスタンスへと伝えるため。
「……まさか本当に、ブランシャール領全土の情報を得てしまうとは……」
頭にたたき込んだものをそらんじ終えたところで、珍しくダミアンが驚きを隠そうともせず、そう口にする。
対する私はなにも答えず、ふぅと一息ついてから、辺りを見渡した。
「……」
廊下やバルコニーなどあちらこちらで、今日もメイドや衛兵たちが、自らの職務に励んでいる様子がうっすら見える。
……という事はつまり、向こうからもこちらが見えているという事でもある。
だからこそダミアンとの長時間の接触は、避けておくに越したことはなかった。
「……なるほど、大体把握が出来ました。やはり人口の流入が多いプロヴィデンス地方が、相対的に見て手薄になっているようですね。でしたらレジスタンスは、やはりそこを根城とし、ひとまず活動していった方がよいでしょうね……」
しかしダミアンは、思わぬ収穫に浮かれているのか、仕事をしている演技もせず、悠長に話を総括していた。思わず眉をひそめる。
「……ダミアンは、情報の分析も仕事のうちなの?」
「っ、ああいえ、申し訳ありません、差し出がましいことを致しました。ただ……」
そうして慌てて取り繕ったダミアンは、しかし真面目な顔を向けてくる。
「本来レジスタンスのリーダーは、貴方様です。もちろんリュカ様を筆頭に、こちらで協議も致します。しかし貴方様の意向をお聞き出来たなら、よりスムーズに事が運びますから」
「……あのねダミアン。この状況下にある以上、私は基本いないものだと思っておいて。いちいち伺いを立てに来られたら、周囲の目だって気になるし。そもそも全てリュカに任せると伝えておいたでしょう?」
「……しかし……」
「それとも何? レジスタンスはいちいちトップにお伺いを立てなければ、何も出来ない集団なの?」
わずかな挑発を交えながら、突っぱねる。しかしダミアンはそれに対し、何故か渋い顔を浮かべた。
「何も出来ないと言うわけではありません。しかし……レジスタンス内の人心掌握にすら、かなり苦慮しているのも事実です」
「……? 本当に、私がいなきゃダメなの? リュカはそれなりに優秀そうに見えたのだけれど、見込み違いだった?」
「いえ、もちろんリュカ様は非常に優秀ではございます。ただ影ながら女王様を支える立場でしたので、人心をまとめ上げる才能に長けているわけではありません。加えて帝国は王家の血の途絶えを喧伝し続けておりますから、こちらがいくら王族の生存を謳っても中々信じて貰えず、それが人員勧誘や組織末端への統率に際し、大きな足かせになってもいまして」
「……なるほど……」
「そういった意味でも……貴方様がこの城に連れてこられたのは、本当に痛手でした。直接陣頭に立って頂かなくても、貴方様がただいて下さるだけで、我々はどれほど楽になるか……」
……私をただの神輿としか思っていないかのようなそれには、軽くムッとしてしまうものの。ダミアンはそれには気づかず、神妙な面持ちで続きを述べてゆく。
「……貴方様をこの城から連れ帰る方法は、今も検討に検討を重ねています。一刻も早く、我々を導いて頂きたいですから」
「……」
その他力本願な物言いには、流石に閉口してしまっていた。……私は稀代の策略家というわけでもないし、お母様のように皆から慕われた存在でもない。私が戻れば全てが解決だなんて思われているのはとても癪だし、それに荷が重くもある。
それから……せっかく帝国の良心とも言うべきセドリックさまと接点を持てたというのに、それを全て放り投げて帰るのも、正直下策なように思う。
あの人はもしかしたら、腐りきった帝国を変えうる存在になるかも知れないし、そうでなくとも戦場で相対したくはない人物なのだから、せめて弱みはちゃんと握っておきたい。
だからこそ、まだ国に帰るつもりはない。
「……言っておくけれど、危ない橋を渡るつもりはないから。用意するなら、確実な手段をちゃんと用意するようにしておいて」
ぴしゃりとそう告げる。……この状況で確実性のある帰還方法なんて、そうそう編み出せはしないはず。
事実、無理難題を押しつけられたダミアンは、ことさら顔をしかめながら、一言だけ絞り出していた。
「……。承知しました」
「先ほど伝えた情報は、確実に持ち帰ってね。これでも相当苦労して得たものだし。……それじゃ私は、今日も公爵に呼ばれているから」
そうして一方的に会話を終わらせ、くるりと踵を返す。
当然、背中にじとりとした視線を感じたはしたものの。それでも私は構わず、中庭を後にしていったのだった。
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「昨日はすまなかったな。マドレーヌが上着を掛けてくれたのだろう?」
ダミアンと別れたその足で、私は執務室に赴いていた。
というのも、セドリックさまが昨日の失態についてわびを入れたがっていると聞かされていたからである。
失態という程のことでもないし、謝罪なんてもちろん不要だったものの。
……それでも昨日大胆な犯行をしでかした身としては、それがバレているかどうか探りは入れたかった。それでこうして、足を運んだというわけである。
そしてその対応をみるに……どうやら昨日の事は、本当に気づかれていないらしい。
内心胸をなで下ろしつつ、それでも罪悪感には苛まれながら、私はいつものように受け答えをしていく。
「いえ。風邪をお召しになっては事でしたから。むしろ……」
そこで一旦止めた後、私は今もなお書類の山に忙殺されているセドリックさまへ、しゃんと向き直った。
「……居眠りをしてしまうぐらいお疲れなんですし、もう少しお体に気を使って欲しいな、って思います。少し仕事をセーブするなり、休日を作られるなり……」
私は本心からの言葉で、そう忠告を述べる。
……あれほど大胆不敵に背信的行為を行っておきながら、どの口でそんなことを言うのかと、自分自身に嘲笑したくもなる。
けれど、それでも心配なものは心配で。
……このサインを見過ごせば、いずれ取り返しのつかないことにもなりかねない。
だからこその口にしたその諫言に対し、セドリックさまは静かに首を振る。
「マドレーヌが心配するのも分かるが、旧ブランシャール領の統治が軌道に乗るまでは、おちおち休んでもいられない」
「……」
そんなにべもない返事に、ふと思いも寄らなかった言葉が、無意識に口をついて出てしまっていた。
「どうして……そこまで、されるんですか?」
「……どういうことだ?」
「建前は色々あったにしろ、その実ブランシャールの土地を奪ったのは、風土に恵まれない帝国が、肥大化してもなお繁栄していくため。……そうなんですよね?」
「……。ああ、そうだ」
「なら、ぞんざいな対応をするのが普通です。それがいちばん簡単で、いちばん楽ですから。なのにどうして心身をすり減らしてまで、誠実であろうとするんですか? ……どうして領民からも、それに私からも意見を吸い上げ、善政を敷こうとしているんですか?」
そんな率直な問いに、セドリックさまはふと視線を外す。
そして。
「――そうしなければ、私が私でなくなる気がしてな」
そう、ぽつりと吐き捨てた。
「……え?」
ただ、私がそう問いかけたその時にはもう、セドリックさまは普段と変わらぬ様子に戻ってしまっていた。
今の消え入りそうな様子が、幻か何かだったのではないかと思うほど、その弱々しい姿はごく一瞬見えただけ。
「……独り言だ、忘れてくれ」
そうしてかぶりを振り、すぐにまたセドリックさまは書類に目を落としてゆくのだった。




