二章 13 『デレの為に雨は降る』
翌朝、湖の畔に進藤の姿があった。いつものようにサラスを呼び出す。
少しして湖の水面から勢いよくサラスが顔を出した。
「ぷはぁー!今日は何を持ってきてくれたのかしら!?」
サラスがお供え物を期待している顔をしている。
「悪いけど今日は手ぶらなんだ」
「えぇ!?ちょっと、どういうことよぉー・・・」
進藤の答えを聞いてガッカリしながらサラスは湖から出てきた。明らかに落ち込んで肩を落としている。
「もう・・・ワクワクして出て来たのに損した気分よ」
「そんなあからさまにガッカリするなよ。今日はサラスとの約束を果たしに来たんだよ!」
「約束・・・?」
サラスが呆気にとられた表情を見せる。
「おいおい、忘れたのかよ?王都に連れて行くって言っただろう?」
「え!?王都!?まだ数日しか経ってないのに・・・?もうそんなことが出来るようになったの!?」
驚きを隠せない様子のサラス。そんなサラスに進藤は勝ち誇ったように言った。
「フフフ、俺がブラック企業の社畜で良かったな。突貫工事には慣れっこなんだよ」
「え?ブラ・・・?社畜?・・・って何なの?」
「まあ、そんなことはどうでもいいから行こうぜ!王都に!」
進藤はサラスの手を強引に引いた。
「あ・・・!ちょ!ちょっと・・・!一体どうやって行くの!?」
「とりあえずこの馬車に乗って行こうか!」
そう言って進藤がサラスに見せたのはサラス用に改造した馬車だった。サラスを乗せるために防水加工した荷馬車を用意していた。
「なんだか見たことない椅子ね・・・?私が座っても大丈夫なの?」
「もちろん!いくらでも濡らして良いぜ!試しに座って見な?」
「う、うん・・・」
サラスは馬車に乗り込み恐る恐る防止加工を施している椅子に腰かけた。
「あ・・・!凄い!フワッてしてるのに全然水を吸い込まないのね!こんなの初めてだわ!」
「撥水性抜群だからな!それじゃあ出発するか!」
「あ・・・本当に行けるの・・・?」
サラスはまだ不安を抱いているようだった。
「そう言えばサラスは湖から離れられないと言っていたけどだいたいどれくらい離れるとダメなんだ?」
「えーっと・・・多分あの辺りから先には行けなかったわ」
サラスが指さした場所は湖から30メートルほど離れた場所にあった一本の大きな木が生えている場所だった。
「そうか・・・行けないってどういう風になっちゃうんだ?」
「あれ以上行こうとすると何か見えない壁みたいのにぶつかっちゃうの・・・」
「なるほどな。それじゃあ一回試してみようぜ!」
進藤はそう言って不安そうなサラスを横に乗せて馬車を動かし始めた。
馬車がゆっくりと動き始めた。徐々にサラスの行動範囲を過ぎようとする場所が近づいてきた。
近づくにつれてサラスが緊張してか馬の手綱を握っている進藤の腕を強く握った。まるで怖い乗り物にでも乗ったかのように目をつぶって小刻みに震えていた。
パカパカ・・・パカパカ・・・
馬の蹄が小気味いいリズムを刻んでいる。
「・・・ほらサラス。目を開けてみろよ」
「・・・っ!?え・・・?」
進藤の言葉を聞いてサラスは恐る恐る目を開けた。
「・・・あれ?何とも・・・ない?・・・というか湖から離れてる?」
馬車はサラスの不安を他所に順調に進んでいた。サラスが離れられないと言っていた目印の木はもはや後方に小さく見えていた。
「もう湖があんなに遠くに・・・!?一体どういうことなの!?」
目を開けたサラスが驚いていた。
「どうやら上手くいったようだな!」
「一体君は何をしたの・・・!?」
進藤もこの結果に満足した。サラスは信じられないと言った表情をしている。そんなサラスに進藤は馬車の進む先の地面を指差した。
「ほら。あれ見てみろよ」
「え?・・・あれって・・・?」
サラスが進藤の指差した先を目を凝らしてみる。
「何か・・・地面に埋まっている?」
サラスは何かに気づいた。
「そうだ。あれは地面に水道管が埋まっていることを示す杭なんだよ。あの杭が埋まっているラインには地下に水道管が埋まってるんだ」
「水道管・・・?それって確か、君が湖から引っ張っていった物・・・?」
「ああ。あとで場所がわからなくならないようにこういう印をある一定の間隔で地面に埋めていくんだ。つまりこの杭の下には湖の水が通っている・・・だからサラスは実質的には湖から離れてないも同然だと思ったんだ!」
「そうだったんだ!それじゃあこの目印を辿って行けば・・・」
「そう!王都まで行けるってことさ!」
「っ!?すごい!本当に私、王都まで行けちゃうんだ!」
状況を理解したサラスは喜びを隠せない様子だった。
「だから言ったろ?約束を果たしに来たって」
「うん!それじゃあ王都までよろしくね!!」
ご機嫌なサラスを連れて進藤は王都を目指した。
快晴の中馬車は進んでいく。途中の景色はサラスにとってもそんなに変わりはなかったようだ。まあ元々が田舎なので風景も人の手が加えられてないので当然か。
しかしサラスがあるものを見て興奮気味に声を上げた。
「・・・あ!見て!王都だわ!」
サラスが指さした先に王都を囲む城壁が見えてきた。この城壁もサラスが生きていた時からあるようだった。
「あの城壁はサラスがいた時からあのままなのか?」
「うん!そうよ!何でも大陸で一番の高さを誇る城壁だって聞いたことあるもん!」
「マジか・・・そんなに凄いものだったのか・・・」
「ん?どうしたの?顔色悪くない?」
「・・・え?いやいや!大丈夫だよ!」
進藤は内心そんな歴史的建造物にあっさりクレーン車で登ってしまい、さらには色々してしまったことを少し悔いた。
そんな会話をしながら進藤たちは城壁の下まで来た。ただしここは城門ではなく進藤が水道管を城壁に沿わせて伸ばした場所だった。目の前には直径30センチ程の赤い丸いバルブがあった。
「ここでどうするの・・・?王都に入らないの?」
サラスが不思議そうに尋ねた。
「王都に入るにはちょっとした準備がいるんだ。さすがに俺も王都の地下に水道管を通すわけには行かなかったからな」
「それじゃあ一体どうやって王都の中に入るの・・・?」
「それは・・・こうやってさ!」
そう言うと進藤は目の前の赤いバルブを両手で勢いよく回した。
ゴォオオオ・・・!!
バルブを開けると目の前の水道管の中を勢いよく水が通っていくのがわかる。
「何?何したの・・・!?」
聞いたことのない音を聞いてサラスが慌てた様子でキョロキョロした。
「そんなに慌てなくてもすぐにわかるよ・・・!」
進藤は自信ありげに言った。
少ししてサラスが異変に気づいた。
「・・・雨?」
空からぽつぽつと水滴が落ちて来た。サラスが空を見上げる。
「変ね・・・今日は雲一つない空なのに・・・」
「そりゃあそれは雨じゃないからな。それはサラスの湖の水だよ」
「え?これ湖の水なの!?・・・あ!本当だわ!良く見て見たらそうだわ!でもどうやって・・・!?」
どうやらサラスには湖の水を見分ける力があるらしい。降ってきた水が湖の水と同じだと気付いたらしい。
「それはこのパイプが城壁の上まで繋がってるんだ。そして城壁の上から勢いよく空に向けて湖の水を吹き出しているんだよ」
進藤はクレーン車で城壁に上った後水道管を巡らせその出口に加圧ポンプを設置していた。そのポンプによって湖の水を王都の空に向けて発射していたのであった。その原理は消防車などと同じ仕組みだった。ただその規模は比べ物にならないほど大きなものだが。
「城壁の上ですって!?この高さの城壁の上まで登ったの!?一体どうやって・・・!?」
「まあそれは企業秘密ってやつかな?それじゃあ準備も整ったことだし行こうか!」
そう言って進藤はサラスを連れて今度は王都の城門をくぐった。
「これが・・・今の王都なのね・・・!」
城門を潜り抜けた時サラスは驚きと感動の入り混じった表情を見せた。どうやら今の王都の街並みはかなり変わっていたようだ。
「どうだ?今の王都を見た気分は?」
「うん・・・!城壁を見た時はあんまり変わった気はしなかったけど中の街並みは随分変わっているわ!凄い栄えている感じがする!」
まるで子供のように興奮しているサラス。テーマパークにでも来たようだ。
「ねえ馬車止めて!歩いて街並みを見てみたいわ!」
「ああ、わかったよ」
進藤は道端に馬車を止めてサラスと共に降りた。
サラスは馬車から降りると軽やかに歩き様々な露店などを眺めている。
「ねえ、見てみて!こんなの私の時には無かったわ!あっ!あれも!初めて見た!」
目に映る初めての物に興味を示しはしゃぐサラス。進藤の手を引っ張って歩き回った。
「やれやれ・・・一体どういう天気なんだ?雨雲もないのにいきなり降ってきて困ったもんだな・・・」
雨宿りをしていた男が不思議そうに空を見上げ愚痴をこぼしていた。突然の通り雨の中ほとんどの人が傘を持ってないので雨宿りをしている。そんな中進藤たちは濡れるのもお構いなしで王都を散策した
。これならサラスが濡れているのも不自然に思われないだろう。周りからは傘も差ささずに何をやっているんだと不思議そうに見られたが・・・
「・・・本当に私を王都に連れてきてくれてありがとうね」
サラスが王都の散策の途中で、くるりと振り返り照れながら礼を言った。
「別に良いよ、俺が好きで勝手にしたことだしな。それよりも久しぶりの王都はどうだった?」
「うん!最高に楽しかったよ!初めて見るものも多くって新鮮だったわ!ずーっと、湖にいたからまたこうやって王都に来れるなんて思いもしなかったわ!」
「そうか・・・ならこれからはいつでも王都に来れるぞ。まあ雨の中っていう条件はあるけどな」
「ううん!全然良いよ!私にとってはこれ以上ない贅沢だわ!」
どうやら王都に来れたことを満足してくれた様子のサラスだった。その様子を見て進藤も一安心した。
「そっか。まあ俺に出来ることがあるなら言ってくれよ。したいこととかあるならさ?出来る限りのことはやるからさ」
「君って本当優しんだね・・・それじゃあ、あと一つわがまま言ってもいいかな?」
「ん?何か欲しい物でもあるのか?」
「うーん・・・実はほかにもやってみたいことあるんだ!」
サラスは無邪気に笑っていた。
「やってみたいこと・・・?なんだよ一体?」
「それじゃあ目をつぶってみてよ」
「目をつぶる?なんで?」
「いいから♪いいから♪」
まるで悪戯でも計画してそうな物言いだ。進藤は渋々言われるままに目を閉じた。
「・・・これでいいか?」
「うん・・・ちょっと待っててね」
「ああ・・・何をしようって・・・・っ?」
チュッ・・・
進藤の頬に突然柔らかい感覚があった。ヒンヤリしながらもしっとりと柔らかい感覚・・・
「・・・っ!?今のは・・・?」
慌てて進藤が目を開けた。
「さぁー?なんだろうね?エヘヘ」
目を開けるとサラスが照れながらしらばっくれていた。
「サ、サラス・・・?今、お、俺の頬に・・・」
「しーらない♪さっ、やってみたいことも出来たし帰ろっか!」
サラスはそう言いながらご機嫌な様子で歩き始めた。その跡を慌てて進藤も追いかけた。
「お、おい!サラスのしたいことって・・・」
「ん?私の初めてだったんだから、ありがたく受け取っときなさいよね?」
「初めてって・・・・まさか」
「あーもう!それ以上は恥ずかしいから言わせないでよね!ホラ!行くわよ!」
サラスは顔を赤らめてそそくさと行ってしまった。もっとも顔を赤らめてていたのは進藤も同じだったが・・・
進藤は自分の頬に手を当ててさっきの感覚を噛みしめるように雨の中立ち尽くしていた。
「私との約束守ってくれて嬉しかったわ・・・ありがとうね。君には感謝してるよ!」
サラスが進藤の方に振り返り笑顔を見せた。雨の中で濡れたサラスの髪を太陽が照らしてキラキラと輝いていた。この時、王都の空には大きな虹がかかっていた。




