春 6【nozomi】
※この話からのぞみ視点になります。
芸人になりたいって思ったのは中学生の頃。
友達とコンビを作って文化祭でお笑いライブをやった。人気の芸人さんのネタをアレンジしただけだったけれど、祭りの高揚感もあって大成功。このまま舞台の上で生きていきたい。みんなを笑顔にしたいって思ったんだ。
「いま思えば、あの時がいちばん楽しかったなぁ」
ネタ帳にしている大学ノートは真っ白のまま。白々と蛍光灯の白い光を反射している。
その日の食べるものにも困る生活をしているけれど、仕事の連絡が入るかもしれないからスマホの料金だけはバイトに勤しんで払っている。そのスマホがバイトに出勤する時間をアラームで知らせた。
今日もまた新しいネタができなかった。
空腹を紛らわすためにコップ一杯の水を飲んでから靴に足を入れた。
***
「ありがとうございましたー」
レジを済ませ、コンビニを出ていく客の背中に元気よく声をかけた。蛍光灯に照らされた入り口ドアの付近に白い小さなものがポツポツと落ちている。タバコの吸殻だとすぐに分かった。
「佐藤くん、ちょっと外掃いてきます」
同じく深夜バイト仲間の大学生、佐藤くんに声を掛けると、フライヤーを洗っていた佐藤くんが振り返った。
「了解っす。あ、でもすぐに客対応できないんで……」
「分かってるよ。お客さんが入ってきたらすぐに店内に戻る」
「お願いします」
店内の有線放送でK'sの曲が流れた。静かな深夜の店内には不釣り合いのアップテンポな曲だ。
「アイドルはいいよね」
アイドルや俳優が努力していないなんて思っていないし、競争率が低いなんても思っていない。だけど、芸能界では売れている人と売れていない人の差別がとても激しい。
今ごろ彼は、K'sのいつも白っぽい衣装を着ている方、『カオル』は快適な高級マンションで恋人を抱きながらベッドで寝ているんだろうか。そういえば片割れのカケルは結構若いうちに結婚したんだっけ。
やっぱり私みたいにカケルを羨んだりしたのかな。やだやだ、独身貴族を謳歌しているに決まっている。
ワンルームのアパートでキャベツを齧って、テレビの仕事より深夜バイトに出てる売れない芸人とは世界が違うんだって。コンビニでレジをしてたって、誰ひとり芸能人だなんて気付かれないなんてこともないんだろう。実際、店長はともかく、佐藤くんは私が芸能人だなんて気付いていないんだから。
ダメダメ、僻んじゃだめだ。貧しくても、清く正しく。それが美しく生きるってこと。
「ああ、でも、仕事が欲しいなぁ」
「え? なんか言ったっすか」
「ううん、なんでもない」
掃除用具入れから、外用の箒とちりとりを手に、ガラス扉を開けて、散らかり放題になっている吸殻を掃き集めた。
***
その仕事が来たのは、深夜明けで頭はふらふら、でも妙にテンションが上がっている明朝8時の事だった。朝勤のバイトさんと交代して、バックヤードを出たところでポケットのスマホが着信に震えた。マネージャーの桂さんからだった。
「え、一人の仕事なんですか」
「そうそう」
事務所に呼び出されて行ってみれば、待っていたのは桂さんだけだった。相棒のひかりさんはいない。桂さんはタバコを灰皿に押し付けると企画書らしき紙を手渡してきた。
「あ、オーディションあるんだ」
「そりゃ、そうでしょ」
「でも、じゃ、ひかりさんは」
「企画書読んでみなよ」
「あ、『セーラー服が似合う女芸人』」
桂さんがハハッと笑う。
「ひかりには無理だろ、セーラー服」
「はぁ、まあ、確かに」
超絶似合いません。というか、細身な彼なら着られるかもしれないけれど、少なくとも『女芸人』ではない。
「他にもうちから何人かオーディション出すけど、のぞみも用意しとけ?」
「分かりました」
二十歳を越えてからのセーラー服はなんだか違和感しかない。ひかりには「イメクラになるかと思ったけど意外に似合う」と言われた。でも。
相談があると呼び出して、着てみせたセーラー服姿を前にひかりは顎に手を添え、まじまじと私を眺めて、うーんと唸る。
「何か気になるなら遠慮なく言って」
「そやな、それなら言うけど、童顔やし、セーラー服が違和感無さすぎてぜんぜん面白くないわ」
本来なら褒め言葉のように聞こえるひかりの言葉に愕然とした。ひかりは自分のことのように眉間にシワを寄せて考えてくれている。
「……それって芸人としてはダメだよね」
ひかりは頷いた。
「プロデューサーの興味を引いてナンボやろ、オーディションはとくに」
「スカートをすごく短くするとかは」
「……何時の番組なん」
「22時からの放送。人気男性アイドルグループがMCしてる」
「うう~ん、おいろけは安っぽくなるし、方向性間違ってる気がする。止めといた方がいいと思う」
「そうかな」
「というか、のぞみにおいろけは似合わんやろ」
「そうかなぁ」
がっくりと首を折ると、ひかりが明るい声を出した。
「そや、いい考えがある」
「え、どんな」
にやりとひかりは笑う。
「誰もが目を引くようなメイクをしたらいいねん」
「女優顔に?」
「あほか、反対や」
結局、他にいいアイデアが出ず、ひかりの助言を受け入れて、地顔が分からなくなるほどのメイクを施しオーディションに赴いた。
良くも悪くも注目を引けたようで、その後、桂さん経由で番組への出演が決まったことを知らされた。




