夏 11
私たちは電車に乗っていた。夜遅い時間にも関わらず人が多い。
鷹尾は私のキャリーバッグを片手に持ち、もう片方の手でスマホを操作していた。
会話は無くて非常に気まずい。それにアイドルが電車に乗っていていいんだろうかと、つい回りをキョロキョロしてしまう。
「由紀、挙動不審すぎる。自然にしていて」
視線はスマホに落としたままの鷹尾が、口元だけで小さく笑った。
「どこにいくの?」
「新大阪。新幹線の発着駅」
そう……なんだ。やっぱり帰るのか。あれ、ちょこっと残念みたいな気持ちになったぞ。なんだこれ。
「本当に帰るんだ」
東京に。私はいいけどさ、鷹尾は……いやカケルは明日もライブがあるじゃない。と、そこまで考えてはたと気付いた。
そっか、送っていくって新幹線に乗るまでっていう意味か。
なんだか急に腑に落ちた。
そうだよね、東京まで一緒になんて、そんなわけないよね。
外気は蒸し暑い猛暑のなのに胸の中だけスースーと秋風が吹く。
だけどちっとも快適なんかじゃない。
ようやくスマホから視線を上げた鷹尾と目が合った。感情の読み取れない瞳にどきんと胸が鳴った。これは本格的におかしい。
「それ、どういう意味にとっていいのかな」
困った顔の鷹尾に問いかけられ、思わず口をつぐんだ。
そのままの意味だが、帰りたくないとも聴こえるのだと気付いた。
そして、ろくに話もないまま電車を降り、新大阪駅の東京行きホームに向かう。途中手渡された新幹線の乗車券。そして鷹尾もまたそれを手にしている。
先に改札を通ろうとする鷹尾をシャツを掴むという方法で思わず引き止めてしまった。
「ちょ、ちょっと。鷹尾も東京戻るの? 明日は……大丈夫なの?」
「大丈夫……なに飲む?」
「えっと、炭酸」
何か大事なことをはぐらかされたまま改札を通り、ホームにあがると鷹尾は自動販売機に小銭を入れた。ガコンと重そうな音をたててサイダーが出てくる。鷹尾は自分のミネラルウォーターも買うとホームの端まで歩いていった。昼間なら新幹線の写真を撮る外国人や観光客、子ども連れがいるが、こんな時間になってはホームの端は誰もいない。
「ごめんね」
ふいに鷹尾が謝った。
「は?」
何に謝られたのか、分からなくて聞き返してしまった。
いちいち突っかかっていたあの日の私の口癖だ。
鷹尾は「いつもの松坂さんだ」と頬を弛めた。いったいなんなんだ。
「いろいろ振り回したこと」
アバウト過ぎる謝罪に困惑する。
「ああ……うん。で、どれが本当のあんたなの?」
K’sのカケルと地味な鷹尾。そしてそのどちらでもない今の鷹尾。
「……どれも、って言ったら怒るかな。あれは全部俺だけど……仮面でもあるっていうか。学校では立場上、極力目立ちたくなかったんだ。だけどどうしても由紀と同じ高校に行きたかったから」
「それ! どうして呼び捨てにするのよ」
人を指差しちゃいけないと知ってるけど思わず指差した。鷹尾は質問の意味を考えるように首を傾げた。
表情はまさにきょとん。
「だって俺たちコイビトでしょ?」
カァッと頬が熱くなる。負けるな私。仮のコイビトなんて恋人のうちに入ってたまるか。
「そんなの仮だって言ってたじゃん! 私がばらさないよう縛り付けるためだけの関係でしょ! それに俺たちって言ってた! なんなの俺たちって!」
「ああ……そっか。それで逃げたんだね。大丈夫、これからはカオルの奴には指一本触れさせないから」
「そういう問題じゃなくて! 私は嫌なの、対等じゃない関係が!」
こちらは怒っているというのに鷹尾が嬉しそうににこりと笑った。
「何を笑ってんのよ」
「由紀が話してくれてるから」
「はあ?」
「だって、いままで向き合って話してくれなかったでしょう」
「そんなこと!」
「あるよ。小学生のころからずっと由紀を見てた。覚えてる? 小学三年のとき、由紀が俺を庇って……そして俺にも罵倒していったよね」
私は小学生の頃、テレビをあまり見ていなかった。
ソフトボールに明け暮れていた小学生時代。密かにグリムやアンデルセンといった童話のお姫様に憧れていた。
その頃同居していたお婆ちゃんとお爺ちゃんの影響で、テレビと言えば時代劇かニュース、国会中継、相撲といったラインナップだったからテレビ番組に魅力を感じていなかったというのも理由のひとつでもある。
だから私は知らなかったのだ。知らなくて理不尽ないじめをしているクラスメイトにムカつきを感じそれを撃退した。
「何やってんのよ」
「あ、由紀。なあ知ってるか、こいつん家貧乏なんだぜ」
「鷹尾ん家のお父さん殺人犯なんだって。昨日逮捕されたんだぜ」
鷹尾が貧乏? あんなでっかい家に住んでるのに?
鷹尾の父ちゃんが殺人犯? 今朝ランニング中に爽やかにスーツ来て会社に行くの見たぞ? しかも、「由紀ちゃんおはよう! トレーニング毎日偉いね」って挨拶されたぞ。
「何か勘違いしてるんでしょ。それとも証拠はあるの?」
「テレビでやってた」
言い返されたクラスメイトは、そう言った。
私はそれを見ていたわけではないけれど、いつもテレビが正しいことばかりを伝えているわけではないということを私は知っていた。作られたものもあるのだと、お爺ちゃんが言っていた。
それより寄って集っての攻撃ほど卑怯なものはないだろう。
しかも鷹尾が悪いわけでもないのになんで責められなきゃいけない?
あんたらは人を責める権利があるっていうのか?
嘘ひとつ、悪いことひとつ、したことがないって言えるのか?
それで正義を振りかざしているつもりか?
正義なら何してもいいのか?
ふつふつと怒りが煮えたぎっていた。その怒りは鷹尾にも向く。
「鷹尾も! 謂れのない悪口なんか言い返しなよ!」
鷹尾は驚いたように私を見ていた。背は高くて、小学生男子の中ではそこそこかっこいい方だと思う。同級生の中では細身で……しょっちゅう学校を休んでいた。
だから私は鷹尾は身体が弱いんだと思っていた。
撃退したことで鷹尾に感謝されたいなんて思ってはいなかったけれど……。
大人びた鷹尾の冷めた瞳に私はぎくりとした。
「あんなやつら放っておけば良かったんだ」
鷹尾は背中を見せて教室を出ていった。
それから彼は学校に来なくなった。転校したのだと聞いたのは、それから暫くしてからだった。




