第2話「誘拐イベント発生」
「いい働き手、見つけたぞ!」
体格のいい凶悪そうな男が俺たちの話を聞いてくれるわけもなく、細い路地に潜んでいた仲間たちを呼ぶために声を上げた。
(魔法を使っても、使わなくても、結局は破滅エンドなんじゃ……)
都市を行き交う人々は平和そうな顔つきで俺たちの目の前を通り過ぎて、二人の男に危機が迫っていることなんて素知らぬふり。
事件なんて何も起きていませんよと言わんばかりの他人事のような顔をされたこと、俺は一生忘れないと思う。
「ここが、おまえたちの職場だ」
人さらいですと大声を上げる間もなく、俺は複数の男たちに引きずられるかたちで独房のような場所へと連れてこられた。
リアムは乙女ゲームの攻略キャラクターという特権のせいか、男たちに引きずられることなく自分の足で独房まで辿り着く。
(次のイベントは、食材探しに関連してるはずなんだけど……)
潰れかかっているリアムのばーちゃんの店を再建するために、俺たちはお菓子作りの材料を求めて街を出た。
でも、食材探しなんてものとは縁遠い無機質な部屋へと俺たちは閉じ込められる。
「美味い菓子、待ってるぜ」
こいつの命はないと脅してきた、あの時間はなんだったのか。
大柄の男に背中を押されることで足のバランスを崩した。
俺を攫った男たちは、その場へと転がり込みそうになるという醜態に対して大きな笑い声を上げた。
「頑張ってくれよ!」
こいつの命はないと脅してきた男は、一体どこへ行ってしまったのか。
凶悪そうな男たちはにこやかな表情を浮かべて、俺とリアムを独房へと置き去りにしていく。
「死なないだけ、良かったのか……?」
「美味いお菓子を作れば、ここから出してもらえるかも」
「リアムが前向きになってくれて良かったよ……」
自分とは似ても似つかない体格の男に背中を押され、確実に真っ赤な跡が残っているって確信があるくらい背中に痛みを感じる。
「命があるんなら、人生楽しまなきゃだよな」
前世で青春を謳歌することができなかった俺に、神様は新しい世界っていうご褒美を用意してくれたと信じたい。
学校に行けずに友達ができなかった自分でも、人生を楽しく生きられるってことを証明したい。
「ニコ、お菓子作れる?」
「……え?」
細柄の俺が開けられるわけがないって決めつけたくなるくらい、重たそうな鉄の扉を前にする。
「ここから出るのにも、店を再建するにも、お菓子作りのスキルが必須だから」
学校すら行けずに、十六歳で人生を終えた自分にお菓子作りの才能が備わっているわけがない。
「えっと……」
リアムからの問いかけに対して碌な答えを持ってなかった俺は、扉を開く覚悟を決める。
「なんとかなる! なんとかなるから! 多分!」
囚人を絶対に逃がすことはない厳重そうな扉を開けることすら、今の俺にとっては容易なことのように思えた。
扉に全体重を乗せ、勢いに任せて扉を開こうとしたときのことだった。
「やっほー、やっと来てくれたねっ」
またしても、自分の身体はよろけてしまう。
自分が全体重を使って鉄の扉を開くよりも先に、扉は開かれた。
「初めまして、ボクの名前はファルネット!」
ウサギを模した、小さなマスコットキャラクターのお目見え。
掌に乗るほどの大きさに、雪のように白い毛並み。瞳は宝石のような澄んだ青色をしていて、キャラクターデザインの力強さを再確認。
「レシピの国の妖精さっ」
ファルネットは空中でくるりと一回転し、俺の目の前にふわりと着地する。
(ファルネット、きたー)
ファルネットは、『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』に登場するサポートキャラクター。
床に伏せていた自分はファルネットのキャラデザを知らなかったが、声と名前だけはちゃんと記憶に残っている。
「ここは、厨房。工場で働いている人たちの胃袋を満たすための場所さ」
厨房と言っても、大きなレストランを運営するような大きさのものではない。
俺とリアムだけでも十分に回せるようなレイアウトの厨房になっていて、この厨房に連れてこられたのは運命なんじゃないかと思ってしまうほど。
「ファルネット……」
「ボクのことは、ファルでいいよっ」
小さな体に似合わぬ堂々とした口調。
でも、声はめちゃくちゃ可愛いってところが懐かしすぎて、ベッドの上で過ごした青春時代が戻ってきたような感覚に心が弾んでくる。
「妖精って、本当にいるんだ……」
「リアムは、魔法を極めてんだろ?」
「あ……」
リアムが妖精の登場に言葉を失うと、ファルはぴょんと足元の石床へ飛び降りた。
「この場を乗り切るには、町工場の男たちの好物を作らないといけないんだ」
ファルの耳は生きていることを知らせるように、さっきからぴょこぴょこと揺れる。
「甘い物って言ってたよな」
「うん、大正解っ」
ファルは朗らかな笑みを浮かべながら、俺たちが次にどんな行動を起こすか見守る体制に入る。
(攻略のヒントは期待できないか)
サポートキャラクターは、あくまでサポートしかしてくれない。
そんなことを学んだ俺は、相棒のリアムへと視線を向ける。
「いい顔してんじゃん」
「独房で人生、終わりたくない」
「同意見」
「二人共! ここは独房じゃなくて、厨房だよっ!」
ここで、どうすればいいのかと悩み始めたらどうしようか。
そんな不安がないわけではなかったが、リアムは攻略キャラクターらしい凛とした表情で厨房の設備を確認していく。




