第1話「夢がありました」
「文化祭……体育祭……」
眩しい。
見上げれば、やたらと青すぎる空が俺を待っている。
不自然なほど青いとも言えるかもしれないけど、その青さに恋焦がれていた。
そんな前世の記憶へと想いを馳せていたときのことだった。
「文化祭とか体育祭って、そんなに面白い……?」
「面白いよ!」
「面倒なだけだと思うけど……」
「もっとやる気、出せって!」
乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の攻略キャラクターの一人であるリアムは、今日もテンションが低い。
(やっぱプレイヤーと会ってないからだよなー……)
プレイヤーが選ばなかった攻略キャラクターは、何をどう頑張ったところで当て馬というポジションに追いやられてしまう。
(乙女ゲームって、思ったより過酷だ……)
破滅ルートを歩み始めているリアムにハッピーエンドを迎えさせ、夢のグランドエンディングとやらを見てみたい。
そんな気持ちはあっても、あと六日で人一人の人生をなんとかするのは無理難題すぎる。
「学園に通ったって、いいことなんてないよ」
溜め息を溢しそうになるのを堪えてしまうのは、隣を歩くリアムの表情がずっと冴えないままだから。
「……俺、学校に通ったことなくて」
自分の指が、ちゃんと曲がるか。
それを確かめながら、真っすぐ続く石畳の道を歩いていく。
「学校への憧れが、すっげー強い」
赤や黄色といった派手な色の屋根瓦はゲームの世界ならではの気がして、自然とテンションが上がってくる。
一方で破滅ルートを歩み始めているリアムは、学校に通ったことがない俺のことを物珍しそうな瞳で見る。
「だから、リアム様と学園生活やってみたかったって話」
通りには露店が立ち並び、果物やらパンやら、よく分からない串焼きやらが山積みになっている。
「……できたら」
乙女ゲームの世界に転生ということもあって、あちこちからパンや肉の香りをはっきりと感じ取ることができる。
鏡がなくても、自分の瞳は輝いていること間違いなしと確信していたとき。
「ん? 何か言ったか?」
リアムの口から、なんらかしらの言葉が紡がれた。
「店が再建できたら……」
完全に観光客ポジションへと落ち着いていた俺に、新たなヒントがもたらされる。
「多分、復学できる……かも」
姉ちゃんから、リアムルートの攻略方法を聞くことはできなかった。
でも、ゲームの中のキャラクターとしっかり言葉を交わすことで、俺はリアムルートの攻略法を見つけられるかもしれないと希望を抱く。
「それって、リアムの願望?」
風が吹き抜け、街の人たちが育てている花壇の花が揺れた。
ゲームの世界に転生って聞いていても、ちゃんと命が息づいている世界だなってことに熱いものが込み上げてくる。
「リアムが学園に戻りたくないなら、俺はその選択を支持する」
遠くに学園っぽい建物が見えて、あれが『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の舞台だと察する。
「俺は寝食の世話になってんだから、俺のことよりも自分を優先……」
「わからない……」
自分の未来が見えてこないリアムを、やたら責めることもできなかった。
「いきなり自由をもらっても……何がなんだかわからない」
リアムと言葉を交わすことを諦めなければ、きっと未来は開ける。
そんな確信があるのも事実だが、リアムに未来に希望があるなんて適当な言葉をかけることはできない。
(絶対なんて魔法の言葉、存在しない)
絶対に、病は治る。完治させることができる。
そんな言葉は気休めにもならないと思って、前世の自分は絶対って言葉を拒絶してきた。
「わかんないけど、ばーちゃんの店は守りたい?」
「ばーちゃんは……退学になった俺の面倒、見てくれた人だから」
相変わらずリアムは、自分を軸に物事を考えてくれない。
リアムの幸せが何かを知りたいのに、リアムは自分のことを救ってくれた祖母を軸に未来を決めてしまう。
「他人のために頑張るって、リアムっぽいな」
「え?」
「俺は、自分のために頑張りたいからさ」
変な言葉を口にしたつもりはないのに、リアムは不思議そうに首を傾げた。
「ニコも……他人のために頑張ってると思うけど」
「俺?」
「他人の店なんてどうなろうと、ニコには関係ないよ」
他人から指摘されることで、一気に視界が開けたような感覚に陥った。
自分の無自覚さに笑いが込み上げる寸前のところで、次なるイベントが俺たちへと襲いかかった。
「ぐわっ」
前世の日本では発したこともないような奇怪な声を上げたのは、ほかの誰でもなく俺自身。
お菓子作りの食材を調達するという目的に反して、強い力で肩を掴まれた。
「ジェント家のご子息様だな?」
先へ行くことを阻まれて振り向くと、いかにも人を殺すことで生計を立てていそうな凶悪そうな男が俺に目をつけた。
「いや、俺は関係あるようでない……」
目つきや口の形状、眉毛の角度が敵キャラっぽい。
新しい命を授かったばかりなのに、死亡ルートに突入するわけにもいかない。
凍りつきそうになった背筋を伸ばすことを試みると、リアムが身に着けているブレスレットが赤い光を宿し始めていることに気づいた。
「リアム! 駄目だ!」
「抵抗したら、こいつの命はない」
「っ」
俺の叫び声を通して、リアムは自分の立場を思い出してくれたらしい。
(リアムが魔法を使ったら、復学の道が絶たれる)
魔法学園に在籍しているか、魔法学園を卒業した者だけが、自由に魔法を使うことができる。
そんな初期設定があったことを思い出したことは幸運だったのか、不運だったのか。




