第6話「借金返済イベント発生」
「借金の返済日だ」
男の声が、閑散とした店の空気を押し潰すように響いた。
リアムを見たあと、男の視線がほんのわずか宙をさ迷う。
「……ん?」
わずかな沈黙。
「いや……」
男が舌打ちするように首を振る。
「俺も疲れてんだなぁ。二人を一人と見間違えるなんて」
男はずかずかと店内に入り込み、俺が座っているテーブルのすぐ傍まで迫ってくる。
甘くないケーキが並んでいる割に、店内は甘い香りに包まれていた。
でも、人相の悪い男が登場することで、店の甘い香りなんてものは一気に消し去られてしまった。
「金がないなら、ジェント家に泣きつけばいいだろ?」
男の口元が、いやらしく歪む。
「ジェント家のご子息様が、実家を頼れない理由でもあるのか?」
さすがプロの声優が演じている悪人ということもあって、男の荒い声に肩をぴくりと動かしてしまいそうになった。
だが、所詮はゲームの中の登場人物だと言い聞かせて、自分の手にしっかりと力を込める。
「やめろ」
立ち上がった瞬間、椅子が軋む音がかっこ悪いなと思った。
でも、発した一言は、男の視線を俺に向けるには十分な効果を発揮した。
「なんだぁ? 客が口出しすんな」
「ちゃんと返す気はあるって言ってんだよ」
相手は、たかが乙女ゲームに登場するモブキャラの一人。
そう自分に言い聞かせながら、男の元へと歩み寄る。
「ガキの好物を食いながら、言うじゃねぇか」
リアムが提供してくれたケーキは、誰がどう見てもショートケーキにしか見えない。
あれを子どもが食う物だと称する気持ちはよく分かるが、俺が口にしたケーキを子どもに与えることはできない。
あんなケーキを食べさせられたら、子どもどころか大人までもがケーキという存在を否定しかねない。
「えっと……名前の分からない人……危ないから、下がって」
「ニコだよ! ニコ!」
深刻な空気に包まれるどころか、ツッコむ余裕がある世界観がゲームらしいのかもしれない。
リアムに対してツッコミつつ、俺は男から視線を逸らさなかった。
「おまえが借金の肩代わりをしてくれんのか?」
「ああ」
男にとって都合のいい展開がもたらされ、男は不快感を煽るくらいにやりと笑ってみせた。
「借金なら、俺が返す。だから、今日は帰ってくれ」
「へえ、さすがはジェント家のお坊ちゃん。いい友達に恵まれてるんだな」
嘲笑うような声を漏らされて怒りが込み上げてくるものの、人を殴ったこともない俺は握り拳に力を入れることさえ諦めた。
「まずは、お手並み拝見だな」
簡単に引き下がってくれたことから、これはリアムルートを攻略する際に発生するイベントのひとつだと察する。
「七日後だ! 七日後までに、三万エンだ。逃げんなよ」
乱暴に扉が閉められる。
「っ、あ……」
「名前、呼んでくれよ。ニコだって」
リアムは一瞬だけ、言葉に詰まる。
「……ニコ、お金なんてどうやって……」
繊細な声をしていると思っていたリアムが声を荒げ、攻略キャラクターでもちゃんと感情を露わにできると知れたことに安堵する。
「金が必要っていう事情はわかった」
ショートケーキが乗せられていた皿を見下ろしているだけで、なんだか胸の奥に熱いものが込み上げてくる。
「守るんだろ? この店」
リアムの方へと向き直す。
「客を笑顔にするケーキ屋に立て直す」
「でも……」
「借金なんて、全部返せるくらい稼ごうぜ」
プレイヤーがほかのキャラクターと結ばれてしまったら、リアムはいつだって当て馬ポジションへと押しやられてしまう。
いつだって破滅ルートを辿るのがリアムの運命だったかもしれないが、新たなプレイヤーが加わることで未来は変わるんじゃないかって希望が生まれる。
「あ、でもなー」
自分の希望を、他人に押しつけるわけにはいかない。
俺の人生は俺だけのもので、リアムの人生はリアムだけのもの。
でも、プレイヤーが存在しない世界でも、リアムには幸せになってほしい。
「リアムにやる気がなかったら、本当に俺が店を乗っ取ることになるかも」
リアムが幸せになる結末を知らずに亡くなるなんて、未練以外の何物でもない。
そんな気持ちが、悪役のようなにやりとした笑みを生み出す。
「リアムが人生を諦めるって言うなら、俺が勝手に続きをやる」
借金取りの男よりも、自分の方が随分と冷酷な人間を演じられているような気がする。
「……この店は、ニコに乗っ取らせない」
「いいじゃん、その覚悟」
破滅エンドが約束されていたキャラクター【リアム】が、自分の人生を楽しめるようになってくれたらいい。
貝沼二湖が新しい人生を始める準備が整う頃には、リアムが自分の幸せってものを見つけてくれたらいいなと願って止まない。




