第5話「甘くないショートケーキ」
「見た目は悪いけど、中はちゃんときれいだから」
リアムが扉を押すと、外観の寂れた印象通り、鈴が控えめに音を鳴らした。
「好きなとこ、座って」
「ああ……」
店内は決して広くないが、二組くらいなら店の中で飲食できるだけのスペースが確保されている。
木でできた床は丁寧に磨かれ、ケーキが並んだショーケースの硝子は驚くほど澄んでいる。
(西洋風の世界なのに、現代っぽい造り……)
ゲームの世界観をぶち壊している原因はケーキが並んだショーケースにあるんだろうと察してはいるものの、大昔の西洋ではどうやってケーキを販売していたのかという知識はない。
ショーケースを見て見ぬふりをしながら、店の奥へと向かっていったリアムへと視線を向ける。
「お待たせ」
リアムが席に戻ってくると、手には白い皿が一つ。
その上には、ふわりとしたスポンジに真っ赤な苺が乗ったケーキが鎮座していた。
「一応、店の看板商品」
そのケーキの名前は誰に尋ねることもなく、リアムに説明されることもなく、ショートケーキという名前だと自分の知識が知っていた。
(世界観……!)
驚きのあまり、危うく固まりかける。
異世界に来てから、よりにもよって見知ったショートケーキと再会することになるとは思ってもみなかった。
(なんであるんだよ、異世界にショートケーキが!)
目の前のケーキは、どう見ても日本で見慣れたそれと同じ姿をしている。
日本人が作った乙女ゲームだからと説明があったとしても、せっかくの西洋風の世界が台無しになってしまったと思った。
でも、記憶にあるショートケーキと目の前に用意されたケーキが、全く同じことに安堵する自分がいるのも事実。
「ケーキ、嫌い……?」
「あ、いや、その……」
乙女ゲームの中の世界観なんて気にしている暇もなく、腹は空腹を訴えるために再び音を鳴らす。
「いただきますっ!」
空腹に耐えきれなくなった自身の体のためにもフォークを手に取って、いざ。
「…………」
そっと一口、切り分けたショートケーキを運ぶ。
(ん……?)
甘くない。
さっぱりとして食べやすいどころの話ではなく、ケーキの美味さを感じないほど甘さが足りない。
(え、求めてた甘さじゃないんですけど)
クリームは軽く、スポンジはしっとりしている。
苺の酸味も舌が感じ取っているはずなのに、肝心の砂糖の甘さが足りていない。
(……不味くはない……けど、ケーキではない……)
脳が混乱し、味覚が追いつかない状況をどうすればいいのか。
「そんなに珍しい? 昔からある定番のケーキだと思うけど」
「いや、そうなんだけど……そうじゃなっていうか……」
甘さが足りないケーキを前に、言葉が上手く出てこない。
「おかわりなら、遠慮なく言って」
フォークを握り直してみるが、だからといって食欲が湧いてくるわけでもない。
視界に入ってくる情報と、口に入ってくる情報があまりにも違いすぎて、なんとも言えない気持ちになってくる。
(寂れたケーキ屋って設定の理由、これなんじゃ)
腹が減っては戦はできぬということわざの通り、これを食べなければグランドエンディングを迎えるどころの話ではない。
そう思ってショートケーキを味わっていくけど、フォークを持つ手が固まってしまう。
(この店を再建すればいいのか?)
乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』を攻略していたのは実の姉であって、俺はベッドの上で姉の体験レポートを耳にしていただけ。
ハッピーエンドまでの道筋が分からない状況に変化は訪れず、自分で道を切り拓いていくしかハッピーエンドに向かう手段はない。
「なあ、リアム。これ、みんな、喜んでるか?」
甘みを感じない淡白なスポンジケーキとクリームに関して期待を持つことをやめ、かろうじて救いの手を差し伸べてくる苺の酸味に身を委ねる。
「一応は、看板商品だから……」
「いや、なんていうか、これ食べて、幸せなのかなーって話」
素直に思っていたことを口にした。
リアムはぽかんとした表情で俺を見ていたが、すぐに彼の瞳は現実へと戻ってくる。
「だって、甘すぎると不自然……だよね?」
「不自然?」
「甘いものは、小さい子どもが食べるものだから」
目を見開いてしまった。
「小さい子どもが食べる……?」
「うん、甘すぎるものは、子どものときに卒業しないと」
リアムの言葉を受けて、ゲームの中では甘さに対する価値観が現代日本と違うことに気づかされた。
「この店、大人向けのケーキ屋ってことか」
「子ども向けのケーキ屋は、世の中に溢れ返ってるからね」
リアムのばーちゃんの発想は悪くない。
大人向けのケーキ屋っていう隙間産業を狙うのは成功への第一歩だとは思うけど、ゲームの中の世界観が整っていないことが理由で廃業寸前というところはいただけない。
「リアム」
「ん?」
乙女ゲームの主人公がいるのかいないのか分からないが、リアムはゲームの設定どおりに破滅エンドへと向かうことが義務づけられている。
「ケーキ屋っていうのは、人を笑顔にするもの……」
設定どおりの展開を迎えさせないために、リアムの心を動かす言葉を模索していたときのことだった。
「邪魔するぜぇ」
ドンっという大きな音と共に、店の扉が乱暴に開いた。
悲し気な音しか響かせなかった鈴が悲鳴のように鳴り響くことで、店内の空気が一気に張り詰める。
「っ」
「おっ、いたな」
入ってきたのは、いかにも悪役ってポジションが相応しい粗末な革のジャケットを羽織った一人の男。
荒々しい雰囲気をまとっているだけでなく、とんでもなく目つきも悪い。




