第4話「小さなケーキ屋」
「俺は、ブレスレットを肌身離さず身につけていたリアム様を知ってる」
古びた石造りの建物の間から見える空が、夕陽色に彩られていく瞬間が目に映った。
世界はこんなにも美しい景色を見せるのに、私にもリアムにも美しさから得られる幸福そうな表情が存在しない。
「誰にも盗まれないように、手の中にぎゅっとブレスレットを閉じ込めてるだろ?」
みすぼらしいという表現が相応しい、まるで魔法使いに出会う前のシンデレラのようなぼろぼろの衣服を着ている俺。
金持ち貴族が通うガーディナ学園の何を知っていると言われればそれまでだが、俺の口は次から次へと言葉を紡ぐことをやめない。
「それだけ、リアム様にとっては価値あるブレスレットってこと」
「でも……! 俺には金が必要だから!」
穏やかな声質が特徴の彼は、ここで初めて声を荒げた。
「退学に追いやられたから、か」
言葉を詰まらせるリアム。
「ジェント家から、追い出されたんだもんな」
並べた言葉の数々に動揺してるのが感じられるが、リアムの手から力が抜けることはない。
力を込めた彼の手に、ブレスレットを守ってみせるという強い意志を感じ取る。
「リアム様は、まだ夢見たいっていうと気持ちがあるんだよ」
俺が転生してきた世界は、リアムが破滅ルートを辿り始めている。
ゲームの途中から人生が始まっているからこそ、リアムはこんなにも心が折れてしまっているのだと察する。
「俺はもう……夢を見ることすら許されな……」
「なんで自分を否定すんの?」
健康な体があれば、なんだってできると夢見てきた。
でも、叶えたい夢を口にすることは、両親や家族を傷つけるって知ってたから、前世ではずっと口を閉ざしてきた。
「生きてんだろ」
商人が商売をしていた場所から遠ざかったはずだが、俺たちの視界にも聴覚にも街の賑やかさが伝わってくる。
「生きたいから、金が必要なんだろ」
街の中心から外れた場所で、真っ当な商売をしている商人たちが人々に果物や野菜。
手作りのパンやチーズ、色とりどりの花々を販売していた。
「生きたいって願ってる人間が、自分を否定すんな」
商人も客も笑顔で言葉を交わしているのに、攻略キャラクターのリアムの表情は相変わらず冴えない。
「そんなに、自分の人生が気に入らないなら」
物語の流れ的には、破滅エンド後のリアムを救うというルートに突入したということかもしれない。
生まれ変わるまでの七日間で、リアムを真のグランドエンディングに導くという流れになりつつあるのだと気づく。
「俺が、リアムの人生をもらう」
七日間だけ乙女ゲームに転生できると言われても、プレイヤーでもなんでもなかった俺は乙女ゲームの攻略方法を知らない。
「もらうなんて、生易しいな」
どうやったら、リアムをハッピーエンドに導けるのか。
肝心な選択肢を知らないのだから、自分が思うように七日間を生き切るしかない。
「俺が、リアムの人生を乗っ取る」
物騒な台詞を吐き出したなぁと思わなくもなかったが、乙女ゲームの世界は思っていたよりも平和。
「あったかいスープが、のみたいなぁ」
「つめたいの、やだよね」
両親に連れられるかたちで買い物に来ていた子どもたちは、自分たちが口にする食事に不満を漏らしていた。
こんなにも平和な世界だったら尚更、自分の人生を楽しまないと勿体ないと意気込んだ。
でも、その意気込みはすぐに消沈することになる。
「っ」
腹の音が、盛大に鳴った。
七日間の異世界転生くらいはかっこつけた人生を送ってみたかったのに、子どもと両親の会話が空腹の腹を揺さぶった。
商人たちが忙しなくお客さんと取り引きしている様子しか目に入ってこなくて、パン屋から漂う焼きたてのパンの香りに涙を零したくなってくる。
(積んだ……完全に積んだ……!)
衣服のポケットから、異世界の通貨が出てくる気配もない。
清楚な格好というよりは、みすぼらしい格好の自分に、とんでもなく強大な魔法が使える気配もない。
異世界転生特典として、特殊能力を授けてもらうという展開も訪れる気配がない。
(どうやって、異世界で生きていけば……)
石畳を叩くフリをして絶望を表現したくなったけど、そんなコメディみたいな展開を迎えるわけにいかないと握り拳に力を込める。
「お腹、減ってるなら……こっち来て」
自分の腹から発せられたとは思えないほどの音量だったおかげで、何も言わなくてもリアムは話し相手が空腹だと気づいてくれた。
「いや、俺、金なくて……」
俺を案内するために歩き出したリアムだったが、足を動かせずにいる俺に気づいて振り返った。
一瞬だけきょとんとした表情を見せたリアムだったが、乙女ゲームの攻略キャラらしい柔らかな笑みを浮かべた。
「お腹が満たされるかはわかんないけど、食べる物だけは提供できるから……」
自力で食べる物を確保できないため、俺はおとなしくリアムのあとを付いていく。
「あそこが、俺のばーちゃん家」
リアムが指差した先にあったのは、通りの片隅にひっそりと佇む小さなケーキ屋。
木製の看板は色褪せ、窓硝子はところどころ曇ったままで、目を凝らさないと中を覗くことができない。
(さすが、『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界)
扉の前に立つだけで、ほんのりと甘い香りがふわりと鼻先をくすぐってくる。




