第3話「幸せに見えない」
「言いがかりだ! どこにそんな証拠があるんだ!」
「俺が、このブレスレットの持ち主を知っている。それだけで十分な証拠だろ」
本当は価値があるものを価値がないと嘘を言い、上手く少年を丸め込んでブレスレットを自分の物にするつもりだということは明らか。
「どこの子息が身につけてるって言うんだ!」
価値あるものを無料で手に入れようとしている商人に、目の前の少年は運悪く騙されそうになっている。
「こんな胡散臭いローブを身につけてる人間が、子息のブレスレットを売りに来るわけがないだろ!」
「っ」
「このブレスレットに価値があるなら、こいつは盗品を売りに来たってことになるぞ」
考えもなしに飛び込んでしまったせいで、俺の立場は一気に追い込まれてしまう。
(攻略キャラの顔がわかんねー……)
寝たきりだった人間が、どうやって攻略キャラクターの顔を記憶しろというのか。
ゲームのエンディング画面を見る余裕すらなかったことなんて気にも留めていなかったが、この場で彼の名前を知らないことは圧倒的に不利に追いやられる要因となった。
「ったく、こっちの商売を邪魔してくれたんだ。どう責任をとってくれるんだ」
俺が言葉を詰まらせたのをきっかけに、細くて弱そうな体型の商人は好機を見つける。
喧嘩と縁遠い生活を送ってきた俺は逃げることもできずに、商人から手を掴まれそうになったときのことだった。
「客を、こいつ呼ばわり……?」
その瞬間、ぱしりと手を払い除ける音が聴覚に届いた。
驚いて目を開くと、占い師っぽい外見の少年が商人の手を払い除けてくれたことに気づく。
「っ、こっちが下手に出たと思って……警吏を呼んでくれ! 暴力を振るわれた……」
「このブレスレットは、間違いなくガーディナ学園に通う生徒の物……」
「なっ」
顔を覆い隠すほどの長さあるフードで顔を覆っていたはずなのに、彼は俺を助けるために素性を明かすためにフードへと手をかける。
「リアム・ジェント……数日前まで、ガーディナ学園に在籍してた」
澄んだ青い瞳に、月の形のチャームを吊り下げたペンダントブレスレット。
彼が、乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』に登場する姉ちゃんの心残りであるリアムだということを初めて知る。
「ジェント家だって……」
彼の名前を知ることができた喜びに浸っていると、周囲がざわつき始めた。
「ジェント家のご子息って、退学処分が下ったって……」
「ああ、ブライン家の怒りを買ったかなんとか……」
これは、攻略キャラクターその一のルートで辿ったリアムの結末。
「え? 私は、ゼンハイム家の財産を盗み取ったとか……」
これは、攻略キャラクターその二のルートで辿ったリアムの結末。
「そんなの……」
どうやらゲームの中のリアムも、俺が転生した世界を生きるリアムも、ゲームの設定どおりの展開を迎えているということらしい。
「そんなの今は、どうでもいいだろ! 今、問題なのは、この商人がジェント家の財産を奪い取ろうとしているってことだ!」
できる限り、声を出す。
周囲の気を引き留めるために、精いっぱい声を出す。
すると、街の人たちは悪徳商人が都市で商売していることを問題視し始める。
(俺でも、人を動かすことができた……?)
口をぽかんと開けているうちに、商人は街の人たちに追い詰められて居心地が悪そうな表情を浮かべ始める。
見た目通りのひょろりとした精神をお持ちの商人が居場所を失うまで、あと少しの段階まで導くことができた。
「今のうちに」
周囲の喧騒に負けてしまうことなく、透明感ある優しい声が聴覚に届く。
「あの商人に、社会的制裁……」
「返り討ちに遭う可能性もある」
ゲームの中と変わらない美しさある声に疑いすら持たなかった俺は、彼のあとを追いかけて手を群衆の中から抜け出した。
「急いで」
ちゃんと、自分の足で走ることができたことに熱が込み上げてくる。
また涙腺が緩みそうになったけど、なんとか青い空を仰ぎ見ることで零れ落ちる涙をなかったことにした。
「はぁ、はぁ」
勝手に、ご子息様に体力なんてものはないと思い込んでいた。
病気を患っていたため、運動というものにはとことん縁のない人生だった自分は息が絶え絶えという醜態をさらしている。
それなのに、リアムは息を切らすことなく落ち着いた様子で俺の方を振り向いた。
「ごめん……巻き込んで」
「いやー……、俺が出しゃばったのが悪かったっていうか」
俺の身長が百六十センチなら、リアムの身長は百七十センチくらい。
十センチくらいしか違いはないと思うが、すらりとした彼の体型はモデル体型。
異世界転生してきた俺は、典型的な日本人体型。
何も悪いことはしていないのに、乙女ゲームの攻略キャラと自分を比較するだけで恥ずかしい気持ちが渦巻いてくる。
「ブレスレットを売ろうとしてるってことは、魔法の力、手放すんだ?」
リアムは一瞬、目を見開いた。
でも、すぐに子息らしい顔を整えて、しっかりとした眼差しを俺に向けてくる。
「俺はもう、ジェント家から追い出されたようなものだから……」
彼の名前を知ることができて、彼の名前を呼ぶことができるだけで、プレイヤーの気持ちは昂るはずなのに。新たなプレイヤーを待っていたのは、喜びの感情では終わらなかった。
「生きるには……金が必要だから」
リアムの悲しげな声が聴覚に届くと同時に、遠くから教会の鐘の音が聞こえてきた。
街に癒しと幸福を運ぶような美しさが世界を美しく包み込むのに、リアムの表情はちっとも幸せそうに見えない。




