第2話「救出」
「ついでに、姉ちゃんの未練もなんとかしてくる」
「攻略キャラのリアムを、破滅ルートから救うということですか?」
「リアムルートのネタバレされないまま、人生を終えたんで」
健康な体以外に欲しいものが特に思いつかない悲しい人生を送ってしまったため、人生の最期の最期で姉ちゃんに恩返しするっていうのもいいかもしれない。
「では、乙女ゲームと同じ女性主人公に転せ……」
「いや、それはなしで」
「え?」
「俺は、自分の体で生きてみたい」
自分の足で、学校に通うということもできなかった。
自分の体で、青春らしい青春ってものを経験することもできなかった。
「七日後、二湖さんの人生は完全に消えますよ?」
「ああ、ゲームの世界に残らないってことか……」
始めから、ほとんど何も残せてない人生だった。
学校も行ってない。
友達もいない。
思い出なんて、姉ちゃんの話くらいだ。
「この世界に、痕跡は残りません」
何も残らない人生に慣れ切ってるなら、七日後の別れが寂しくなるなんて展開にはならないはず。
「上等」
真っ白な壁と天井に囲まれたまま人生を終えてしまったのだから、貝沼二湖として最期に青春ってものを味わってみたいと思った。
「二湖さんの覚悟、承りました」
魔法使いが使うような杖が出てくることもなく、女神様が手を振り上げるだけで辺りが眩い光に包まれていく。
「貝沼二湖さんとして生きたときの記憶は、ゲームの世界に引き継ぎます」
「ありがとうございます」
「良い旅を」
眩い光から目を守るために、ずっと目を伏せていた。
けれど、光が差し込んでくる気配が消えず、思い切って目を開けることを選択した。
「っ」
青空を見るのは初めてではないはずなのに、まるで空の青を知るのが初めてのような感動に襲われて言葉を失った。澄み切った空が、こんなにも美しいものだったのかと興奮冷めやらぬ雰囲気に包まれていく。
(こんなに太陽の光を浴びるの、初めてかも)
光に照らされていると錯覚したのは、太陽の光が世界を覆い尽くすように降り注いでいるのが理由だった。
空気は清々しく、体が良いものを取り入れようと必死になっているのを感じる。
「あー、なんか泣きそ」
石畳の道を、馬車がカラカラと音を立てて走り抜ける。
石造りの建物の数々を見守るように降り注ぐ太陽の光に目を細めると、自分が着ている衣服が入院着ではないことに気づく。
「俺、生きてるんだ……」
西洋の街並みに溶け込む一般人のようなデザインの布地に、自分の身が包まれている。
それは自分が乙女ゲームに登場するモブキャラポジションを意味するけれど、異世界転生したところで垢抜けない自分が自分らしくて自然と口角が上がってしまった。
「このブレスレットを売却したいのですが……」
現代日本でも、異世界でも、モブキャラクターとして生きていくしかない自分。
それなのに、異世界で新しい人生を始めてみせるという展望を抱くことができる。
そんな不思議な感覚に身を委ねようとすると、聞き覚えのある声が俺の聴覚を刺激する。
(この声、誰の声だっけ?)
声の主を探すために視線をさ迷わせると、まるで占い師のような真っ黒なローブを着こんだ少年が店の商人と取り引きをしていた。
(声は覚えてんだけど、肝心の顔が……)
寝たきりの毎日を送ってきたため、姉ちゃんが耳元で『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』のオートプレイを流しっぱなしにしてくれた記憶はある。
でも、瞳を開くことすらできない体では、キャラクターの顔を記憶に留めることができない。
「んー、このブレスレット……残念だけど、価値がないね」
「そうですか……」
薄青色の髪は肩にかかるほどの長さで、さすが異世界転生ならではの髪色だと思った。
淡い青色は太陽の光加減で、銀にも水色にも見える美しさを誇っている。
そんな美しさを持っていることから、彼が攻略キャラクターの一人であることは間違いないと判断する。
「ゴミでしかないけど、良かったら、こっちで処分しておくよ」
「えっと……えっと……そうですね……」
声優さんみたいに綺麗な声の少年が、ひょろりとした体型の商人にブレスレットを手渡すかどうか悩んでいた。
ゴミにしかならなくても、大切な物なら引き取ればいいのにと思っても、押しの弱い彼ではブレスレットはゴミ行きとなってしまう。
(ブレスレット……)
人を外見で決めるなとは言うけれど、俺にはどうしても商人の男が胡散臭く見えてしまう。
「あーー!!」
商人が、嘘つきかどうかを見破る術はない。
でも、少年が売却しようとしているブレスレットが、彼にとって何を意味するのかだけは理解できてしまった。
「そのブレスレット、価値がないなんて嘘だ」
この世に産まれてから、大きな声なんてものを出したことがなかった。
それなのに、異世界転生で手にした健康な体は喉を傷めることなく周囲の人たちの足を止めることができた。
それだけ大きな声を出すことができた自分に驚きながらも、俺は取り引きを中止させるために足を動かす。
「そのブレスレットは、名門ガーディナ学園に通う子息の持ち物」
目の前にいる意地の悪そうな商人は、私の指摘を受けると同時に目を逸らした。
(魔法を使うには、アクセサリーが必要だったはず)
月の形のチャームが吊り下げられたブレスレットに見覚えなんてない。
でも、女神様が乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』に俺を転生させると言っていたことを信じてみる。
「ガーディナ学園の生徒が、価値のないものを身につけてるわけがないだろ」
「くっ」
「この商人は、客を騙そうとしてるんだよ」
商人の顔から血の気が引いて青ざめているようにも見えるが、相手にしているのは所詮モブキャラでしかないってところに商人は目をつけた。
商人は非を認めることなく、気合いを入れ直すように鋭い目つきを向けてくる。




