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第1話「相棒」

「列車の中に、こんな施設が……」


 目の前に広がっていたのは、列車内に設置された簡易キッチン。

 調理台には見たこともない魔道具の数々が並び、これが現代で言うところのキッチン家電なのかもしれない。

 壁には見慣れないスパイスや材料が整然と並べられているものの、鍋やボウルといった親しみあるも調理器具も用意されていた。


「もっと大きな会場を貸し切ると思ってた……」


 俺が想像していたのは、広い会場を使った大規模なお菓子作りバトル。

 列車内を行き来するだけの勝負になるとは、思ってもみなかった。


「一応、学園の生徒たちは研修旅行中だからね」


 列車内のスペースは決して広くはないが、一般客の食事をまかなうための調理設備としては十分に機能しそうだった。


「思ったより、小規模な勝負ってことなら肩の力も……」


 簡易キッチンの効率の良さに、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 急に背筋が伸びるような考えが思いついた。


「じゃあ、どうやって審査……」

「多分、列車の中を歩き回るんじゃないかな」


 リアムの言葉に、返す言葉も見つからなくなる。


「俺たちが見てないところで、審査員を買収する気満々……」

「サクラとエルなら、十分にあると思うよ」


 プレイヤーポジション(サクラ)はともかく、エルは攻略キャラだ。

 攻略キャラの性格が悪かったら、プレイヤーの好感度が下がるのではないか。

 そんなツッコミが思い浮かぶものの、そんなことを考えている場合でもない。


「でも、それを承知で勝負を仕掛けたんじゃないの?」


 リアムの言葉が胸に突き刺さり、言い返す余地なんてなくなってしまった。


「たとえ審査員が買収されても……その事実をひっくり返せるくらいのお菓子を作ればいい」


 普段なら、諦めの気持ちを漂わせるリアム。

 そんな彼が珍しく、力を込めて言い切った。

 戦う覚悟が伝わってきて、こっちも気合いを入れ直す。


「こっちから、裏切らせればいいんだから」


 その横顔は、どこか遠くの何かを見据えているようにも思えた。

 でも、もう一度、その置いてきた何かと向き合おうとしているリアムの姿は、素直にかっこよく映った。


(相棒、か)


 覚悟を決めた瞬間、簡易キッチンのある車両の扉がゆっくりと開かれた。


「それじゃあ、始めましょうか」


 ヒロインらしい柔らかな笑みを浮かべながら、サクラが簡易キッチンに顔を見せた。

 サクラが登場するだけで、華やかな空気が漂うのは気のせいではなく仕様ということらしい。


「サクラ……様は、どこで調理を?」


 てっきり、この狭い簡易キッチンで対決するのだと思っていた。

 しかし、サクラは制服姿のまま。

 お菓子作りのときに着るようなエプロンや身支度はしていない。

 その意外な姿に不審を隠せなかった俺は、つい尋ねてしまった。


「私? 私はもう、完成しているわ」


 何かを仕掛けるだろうとは予想していたが、想像を軽く超える返答に目を見張る。


「あとは、みんなに食べてもらうだけ」


 可愛らしい笑顔で、どれだけ多くの人たちを惹きつけてきたのだろうか。

 そんなことを思ってしまうくらいの笑顔に気を取られかけるが、現実にそんな暇は残されていない。


「……そのお菓子、誰が作ったの?」


 サクラとほとんど関わったことのない俺ではなく、元同期生のリアムが口を開いて、サクラと対峙する。


「もちろん、私よ」


 自信満々な答えに、余計に背筋が伸びてしまう。


(性格、悪すぎだろ! プレイヤー!)


 実際のところ、サクラが用意したお菓子を誰が作ったのかは定かではない。

 有名なパティシエの手によるものだったとしても、何ひとつ不思議はない展開。


(そのお菓子を用意するための一日だったってことか……)


 研修旅行に参加している全員の分を用意するとなれば、膨大な労力と時間が必要になる。

 事前に仕込んでおいたなら、勝負は明らかに俺たちよりも有利に働く。


「みんなに、いっぱい食べてもらいたいなぁ」


 こちらを見つめながら、声優のように愛らしく希望に満ちた声を響かせるサクラ。


「ま、食べられなくなったら、それもあなたたちの実力ってことで」


 悪態めいた言葉を投げかけ、サクラはくすっと小さな笑いを零す。

 俺たちがどんな対策を考えようと、すべて見通しているかのような余裕さえ感じる。


「リアムのお店、私にちょうだいね」


 サクラは軽やかに身を翻し、簡易キッチンのある車両から立ち去っていった。


「買収もあるかもだけど、審査員をお腹いっぱいにさせるのが狙いかな」

「俺たちのお菓子を食べれなくさせるって作戦か……」


 リアムはテーブルの上の食材を、ひとつひとつ確認していく。

 小麦粉に砂糖、たまご、バターなど、一見すればごく普通の製菓セット。


「……あ、やっぱり塩だ」


 俺たちでも予想できた妨害作戦に、頭を抱える。


「ってことは、小麦粉に見えて……」


 並べられた皿を指差す。


「強力粉だね。粒が少し粗いし、粘りも出やすい」


 薄力粉も中力粉も強力粉も、個人的にはどれも同じ白い粉にしか見えない。

 それなのにリアムは、その真っ白な粉が何に使えるものかを自分の目と手で確かめていく。


「パンとか、ピザに使うことが多いかな~」


 ここでマスコットキャラクターのファルがひょこっと飛び出してきて、にこやかに補足する。


「強力粉はグルテンっていうのができて、もちもちに仕上がるんだよ~」


 リアムの説明は的確で、無駄なく頭にすっと入ってくる。

 そして、ファルの解説は愛らしい声で補足してくれるところに楽しさが生まれる。

 サクラの妨害作戦はなかなか手強そうだが、一人と一匹が仲間に加わるだけで安心感が一気に広がる。

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