第2話「美味しいは共通のはずだから」
「よし、じゃあ残りの作業は頼んだ」
投げやりな言い方に聞こえなくもないが、ここは仕方ない。
お菓子を作る腕は、俺よりもリアムの方が確実に上だ。
下手に手を出すより、リアムに任せた方がきっと美味しいものができあがる。
「って言っても、どら焼きなんて作ったことないんだけど……」
リアムの知識の中に、どら焼きのレシピはまだ存在しない。
だが、ここは乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界。
「ファル、どら焼きの作り方はわかってるよな?」
「まっかせて~」
頼れるサポートキャラのファルが、元気よく答えてくれた。
ファルが傍にいるだけで、初めてのどら焼きづくりも成功すると俺は確信していた。
「ニコが説明した、ふんわり感ともちもち食感を両立させたどら焼きはね……」
「薄力粉を多めに、だっけ……?」
「うんうん、あとはね……」
リアムとファルが、頼りがいのある声で手順を確認していく。
頼りがいある会話を進めていく中、俺は審査員に振る舞うための小皿をたくさん用意していく。
二人の息の合った会話に、さらなる安心感が生まれる。
「俺は、配膳の準備っと」
審査員に振る舞うための小皿を、一枚一枚丁寧に並べていく。
エルが約束してくれた通り、必要なものはちゃんと揃っているように見える。
ただ、それが本当に使えるかどうかは別の話だが。
「サクラのお菓子で、腹がいっぱいになる前に動きたい」
手元の作業に集中しながらも、完成したどら焼きの香りと客の笑顔を想像する。
「焼けた皮から、順番に配ってくる」
勝ちたいって気持ちはあっても、サクラの腕前を考えると自信は半分も持てないかもしれない。
「多分、向こうは何人も配り手がいると思う」
「だからこそ、皮を焼く係はリアムに任せた」
サクラが事前に完成品を用意してくるなんて作戦は、さすがに思い浮かばなかった。
だが、あれこれと妄想を広げて話し合ってきたおかげで、いくつかの対応策は練ることができたはずだ。
「どら焼きの中身は、審査員が自由に選べるように準備してある」
「審査員の人たちに、完成品を作ってもらう作戦だね~」
ファルが小さな耳をぴょこぴょこ揺らしながら、にっこりと笑っている。
この笑顔こそ、正しい攻略方法を選んでいるって信じたい。
「これなら、配る順番や回数は気にしなくていいはずだ」
ここからは、リアムとファルの手を借りることはできない。
自分一人で、どら焼きの中身を配膳するという役割が待っている。
「みんなに、自分の好きなどら焼きを楽しんでもらう」
こうして計画を練って準備を進めていくうちに、少しだけ自信も湧いてくる。
「おぼっちゃま、お嬢様も、自分で選ぶって、意外と楽しいんだって気づいてくれたらいいんだけどなぁ」
そんな決意を口にすると、ファルがちょこんと肩に飛び乗ってぴょんと跳ねる。
「それに気づいてもらえなかったら、俺たちは敗北だな」
リアムの手伝いに入ってもらうために、ファルに軽く指示を出す。
可愛らしい声を響かせながら、ファルは楽しそうにリアムの元へ戻っていった。
「面倒って思うかもよ? 選択肢が多いって、そういうことだから」
「だよなー……」
中身を自由に選べるどら焼きの作戦は、我ながら悪くない。自画自賛したくなるくらいの案だと思っている。
だが、選択肢があることを面倒だと感じる人もいるのも事実。
「でも、それを選んだんだから、文句は言えないね」
リアムはそう言って、ボウルに割り入れたたまごを手際よく混ぜ始めた。
泡立て器を動かす指先は、さすが菓子職人と言うべきか。
迷いなく作業していく様子を見て、自分はもう後戻りできないところまで来たのだと悟る。
「そこにね、砂糖と蜂蜜を入れて……」
ファルの言葉に頷いたリアムは、言われた通りに材料を加えていく。
その手際の良さを見ていると、いよいよ本番が近づいているのだという実感が高まる。
(もう……やるしかない)
どら焼きを提供するなら、本当は生徒全員分のアズキを用意したかった。
でも、それはお菓子作り対決で勝利したときにもらえるはずの品。今の俺たちには、どう頑張っても入手することはできない。
「ニコっ、どら焼きには蜂蜜が入ってる気をつけてね~」
「え、なんで?」
「ちっちゃい子どもには、危ないものなんだよ~」
どら焼きに蜂蜜が使われていることも、それを小さな子どもに食べさせてはいけないことも、俺は初めて知った。
(知識って、大事なんだな)
人の口に入るものを扱う以上は、知らなかったでは済まされないこともある。
ファルの何気ない一言に、そんな当たり前を教えられた気がした。
「了解っ」
気持ちを切り替え、俺はテーブルの上にさつまいもを使った餡を盛り付けていく。
アズキの代わりに選んだ即席の代案。
リアムは最初、「さつまいもの餡?」と不思議そうな顔をしていた。
でも、少し考え込んだだけで、あっという間に試作品を完成させてしまったのは言うまでもない。
(スイートポテトみたいなのを挟みたいって説明だけで、よく通じたよなぁ……)
あらためて、リアムの腕前には感心するしかない。
だが、完成した餡に甘みが足りなかったのは、もはやお約束みたいな展開として受け入れた。
「さつまいも餡、グリーンブラットクリーム、チョコレート、カスタード、最後にイチゴっ」
並べた材料を一つずつ確認しながら、俺は慎重に味を確かめていく。
(いくらサクラでも、毒を仕込むようなことはしないと思うけど)
それでも、人が口にするものだからこそ、ちゃんと自分の舌で判断したかった。
甘さ。香り。後味。
それらの違いが分かるほど優れた舌を持っているわけではないが、満足いく試食ができた俺は頭を後ろに反らせた。
「よし、いける」
ぐっと大きく体を伸ばし、最初のご子息・ご令嬢の元へと向かうために心の準備をする。




