第11話「独りじゃできない」
「ふぅ、もうお腹いっぱいだねぇ」
空気を読む気など最初からないマスコットキャラクターが、ふわりと俺たちの前へ舞い降りた。
うさぎみたいな長い耳が、満足げにぴょこぴょこ揺れている。
「砂糖ばっか食べすぎて、飲み物欲し……い……」
ファルが砂糖を食べるために忙しく飛び回っていたせいで、シュガーツリーを見上げるリアムの元へ砂糖がぱらぱらと降ってくる。
その光景も、そろそろ見慣れてきたはずだった。
でも、だからこその違和感に気づく。
(ファルの見た目が可愛すぎて忘れてた……)
ファルは、単なる癒し担当のマスコットキャラで終わらない。
(ファルは、プレイヤーを助けるサポートキャラだ)
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』で、迷子になったプレイヤーを導く案内役。
それが、ファルの本来の役割だ。
(でも、今はお菓子作りパートじゃない……)
サクラやエルと対面したとき、ファルの姿はどこにもなかった。
つまり列車での一件のときは、サポートが必要なかったということ。
(ってことは、砂糖を手に入れるにはファルの助けが必要……)
そこでようやく、ゲームらしい攻略方法に気づく。
「ファル、このシュガーツリーの周りを、もっとも飛び回ってくれ」
ただ飛び回るだけでは、必要量の砂糖を手に入れることはできない。
「リアム、風魔法とか……あとは、なんか、ファルの声を響かせる魔法って使えるか?」
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』に登場する攻略キャラクターは、全員が魔法を使える。
もしこの砂糖収穫イベントがゲーム通りの進行をしているのなら、必要になるのはサポートキャラであるファルと、攻略対象であるリアムの両方の力。
「ファルが動いて、リアムが補助する」
それで初めて、イベントとして成立するかもしれない。
「多分、それで……いける」
もちろん、確証なんてものはどこにもない。
外れる可能性だって普通にあったけど、何もしないまま立ち止まるよりはいい。
試してみる価値はあると思えた。
「こんな感じ~?」
ファルが、高く跳ねるように飛び上がる。
「そう! そのまま、ファルは好きに飛び回ってくれればいい!」
次の瞬間、リアムが起こした風がシュガーツリーの枝を大きく揺らした。
「きゃっ、砂糖がい~っぱい」
葉っぱが揺れる音だけではなく、鈴みたいな音が森に響き始める。
淡い光が木の幹から生まれ、幹を流れる蜂蜜までもが輝きを帯びていく。
「……っ」
息を呑んだ。
目の間に佇むのは真っ白な大樹に過ぎないのに、夜空に散らばる星たちひとつひとつに明かりが灯っていくような輝かしい光に大樹が包まれていく。
「砂糖って、こうやって収穫するんだ……」
「妖精と一緒じゃないと、できないらしいな」
真っ白な砂糖の結晶が、光をまといながら舞い降りてくる。
「魔法使いにしか収穫できない、特別なものってことだな」
「わぁぁっ! すごい、すごい! 大成功だよーっ!」
ファルは空中でくるくると回り、うさぎの耳をぴょんぴょん揺らして喜びを全身で表現する。
そのはしゃぐ姿を見て、こっちも笑顔にならないわけがなかった。
「こんな量……初めて見た……」
リアムも目を大きく見開き、舞い降りる結晶を手のひらで受け止める。
俺も手のひらに乗った白い粒をじっと見つめるだけで、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
(……進んだ)
この世界に来てからずっと、手探りだった。
攻略方法を知らないのだから当然と言えば当然だけど、知らないことだらけの自分でもやれることはあるんじゃないかって信じたかった。
(やれば、できる……)
試したことが形になって、結果として返ってきた。
今までの人生では体験したことのない、この感覚に涙が溢れそうになる。
「リアム」
感動的なことが起きているけれど、人前で涙を見せたくはなかった。
空に浮かぶ月を見上げるフリをして、涙が零れないように工夫する。
「裏切られるのが当たり前だったなら、俺は、その当たり前を壊したい」
声に、力を込める。
声が震えないように、手のひらをぎゅっと握り締める
「期待しないまま生きるのが正解だって言うなら」
拳を、さらに固く握り締める。
「俺は、少数派の不正解でいいや」
ほんの少しだけ目を伏せたけれど、涙は溢れてこなかった。
でも、心の中には、熱い感情がしっかりと残っている。
「……痛い目に遭っても知らないよ」
「俺がくそーって悔しがってたら、慰めてくれよ」
軽口を叩けるようになってきたら、もう大丈夫だって思えた。
「嫌だよ」
素直に言葉を返すリアムを見て、心の底から安堵した。
リアムが変わらない『らしさ』を持っているって知れただけで、初めてゲームの世界が優しく見えたような気がする。
「じゃあ、俺、一人なんですけど……」
ふざけて肩を落とすと、リアムが軽く肩を叩いてきた。
「ニコは、それを選んだんでしょ?」
返してきた言葉に、思わず笑みが溢れる。
「ほら、さっさと砂糖を収穫するよ」
俺は頷いて、リアムのあとに続いた。
「って」
リアムに向けていた視線が、ふと地面に落ちた砂糖たちへと移る。
「これ、どうやって持ち帰るんだよ!」
そこら中に広がる真白の粒を。
そこら中に真っ白な粒が散らばり、世界が雪に覆われたかのような幻想的な光景が広がっている。
だが、これらの白さの正体は砂糖。回収方法が、まったく思い浮かばない。
「そこは、ボクにおっまかせ~」
シュガーツリーから舞い降りてきたファルが、にこやかな表情を浮かべながら両手を広げた。
「ニコたちが集めた食材は、ぜ~んぶボクが管理してるからねっ」
ここで初めて、ファルがプレイヤーの倉庫代わりになってくれていることに気づく。
俺とリアムがいちいち砂糖を手で掬わなくても、ファルが地面に落ちた砂糖を一瞬で回収してしまった。
(こういうところだけは、ゲーム仕様かよ……!)
あっという間に、この一件は解決した。
魔法のような手際の良さに、言葉を失ってしまったのは言うまでもない。




