第7話「希望」
「確かに俺は、サクラが原因で学園を追放された。実家からも見放された。けど、そこにニコが関わる理由はないはずだよ」
アズキを入手するために協力してくれていたリアムは、再び展望車両の窓へと視線を戻した。
(やりすぎた……)
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界にいられるのも、あと三日。
三日でリアムを救うための道を作らなければいけないって焦りが、必要以上に踏み込むことに繋がってしまったのだと気づく。
「……同じ失敗を知ってるから、だろうな」
それらしいことを言って誤魔化すのではなく、敢えてそのままのことを口にした。
「俺の体験じゃない。でも、同じように失敗した人間のことは、よく知ってる」
リアムは、もう俺を見ていない。
視線は窓の外に向けられたままで、これ以上踏み込む話をするつもりがないという意思表示にも見えた。
(誰にだって、踏み込まれたくない領域はある)
そんな当たり前のことを、今さら思い知らされる。
「サクラとの問題が、リアムだけの話だってことは分かってる。でも、このまま同じ失敗が繰り返されたら……」
「お人好しって、こういうときに使う言葉なのかな」
相棒の瞳は、変わらず窓の向こうに向けられたままだった。
「俺のことなんて、誰も助けてくれなかった」
破滅ルートに追いやられるという役割を背負ってきたリアムが、今は一人の人間として目の前にいる。
「誰も信じてくれなかった」
決められたシナリオの中で動く存在ではなく、ちゃんと痛みも苦しみも感じているんだってことを重く受け止める。
「助けを求めても、信じても、結局は裏切られる……」
俺は、すぐには返事をしなかった。
俺はまだ、そういう痛みを知らない。
「期待しなければ、失望もしない」
ベッドの上で一生を終えた俺にとって、誰かに裏切られるという経験そのものが存在しない。
想像することはできたって、それは知っているとは違う。
「だから、もう期待するの……やめようと思ったのに」
リアムが抱えてきたものを、俺が本当に理解できるとは思わない。
それでも、いま見えているこの現実だけは、なかったことにはしたくない。
そんな一方的に抱えていた感情に、不意に光が落とされる。
「ニコは、期待しか与えないね」
言葉だけを拾えば、なんかいい場面だなって思ったりもする。
でも、リアムの声には、感情を押し殺すことに慣れ切った寂しいものを感じた。
「……せっかくの人生、希望があった方がいいだろ」
「希望なんて、打ち砕かれるものだよ」
その言い方があまりにも慣れたもので、破滅ルートを歩んでいるリアムは、そう思わなければやってこられなかったんだろうなって察する。
(破滅ルートの思考、だよな)
姉ちゃんから、リアム以外のキャラクターのバッドエンドを聞かされた。
すべてのエンディングを回収しなければ気が済まないという使命感に取り憑かれた人間が身内にいたせいで、俺はこのゲームの結末をいくつも知っている。
「だからって、希望を持っちゃいけない理由にはならないと思うんだよなぁ」
気づけば、口が勝手に動いていた。
この世界が乙女ゲームだと知っている以上、なんとなくリアムが辿る未来も見えてしまう。
だから、リアムにはハッピーエンドルートに進んでもらわなきゃいけない。
「無責任な言葉ばっかって言ってるのは、本気で反省してる」
言っている本人こそが、苦い気持ちに駆られてしまっている。
「でも、俺、最初っから何もなかったから」
けれど、現実世界に選択肢なんてものは見えないからこそ。
せめて、ハッピーエンドに繋がる選択肢だけは残したいと思ってしまう。
「ゼロからしか、始めたことないんだ」
積み上げるものがない人生だったからこそ、どうしても言葉が軽くなる。
「何もないって虚しくもあるけど、何もないからこそ自由ってこと」
だから、綺麗事みたいな言い方しか知らない。
「それ、怖くないの……?」
「死ぬことの方が、よっぽど怖いよ」
リアムの視線が、返ってくる。
「俺には、サクラに勝つ勝利しか見えない」
「……また、簡単に言う」
「簡単じゃない」
ほんの少し力を込めて、即答する。
「リアムの力を借りないと、絶対に勝てない」
両手を軽く上げて、降参の仕草をしてみる。
異世界の人に通じているかは、不明。
「未来には希望しかないって人生、歩んでみようぜ」
相変わらずリアムは、すぐに言葉を返さない。
でも、否定も肯定もない。
ほんの少し視線が揺れていたことに、自然と口角が上がった。
「お菓子作りパートは、おっまかせ~」
「いや、まだ、材料がないんだって……」
レシピの国の妖精設定のファルネットが、空中でくるくると回転しながら喜びを表現する。
列車に乗る前は近くにいたはずなのに、気づけば姿を消してしまっていた。
(サポートキャラが、ずっと付き添ってるわけないか)
ここは『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』という乙女ゲームの世界だと、嫌ってくらい理解しているはずなのに。
自分がゲームの世界に転生しているって感覚も曖昧になるくらい、穏やかな時間が続いていた。
「とりあえず、砂糖を確保するぞ! 砂糖を!」
「そのためのお出かけだったもんね~」
アズキを手に入れるために、サクラとの勝負対決に完全に気を取られていた。
だが、俺たちは研修旅行に参加しているわけでも、観光に来ているわけでもない。
目的は、最初からひとつ。
おはぎの材料である砂糖を入手するために、列車に乗ったことを思い出す。
「定番だけど、砂糖と塩を入れ換えるとか……そもそも、小麦粉を隠すとか……?」
リアムが、ぽつりと呟く。
ただの思いつきのはずなのに、リアムの店を手に入れるためなら手段を選ばないんじゃないか。
そんな発想が浮かぶからこそ、笑い飛ばすことができない。




