第6話「勝負」
「もちろん、選ぶのはあなたたちよ」
「……あんな借金だらけの店が欲しいなんて、変わってるね」
リアムが言葉を返したっていうのに、サクラの微笑みが崩れることはない。
「学園を卒業したら、誰もが自分の店を持ちたがるものよ」
サクラは紅茶の入ったティーカップの縁を、指先でなぞる。
(何がなんでもアズキを手に入れたいってだけで、分が悪くなるってことか)
サクラの余裕は、逆に俺たちの選択肢を狭めていく。
だったら、自分の応えは決まっている。
「……受ける」
「いいよ、受ける」
ほとんど同時だった。
何が起きたのか理解するより先に、俺たちは互いの顔を見た。
(今の、かぶった……?)
驚いたのは、声が重なったことだけじゃない。
いつの間にかリアムが迷いなく前を向いていたことに、口がぽかんと開きかけた。
「ニコの店じゃないんだけど……」
「っ、勝てばいいんだろ! 勝てば!」
「誰が、お菓子を作ると思ってんの……?」
「うっ」
噛みつくようなやりとりが続いていたが、勝手に返事をしてしまったことを深く反省していたときのことだった。
「ふふっ」
あくまで、楽しそうな笑い声だった。
嘲るようには聞こえないのに、どこか試されているような感覚だけが残る。
「本当に勝てると思ってるなんて」
紅茶のカップを持ち上げる仕草には優雅そのものなのに、その台詞はラスボスのように演出感を加えてくる。
「……いいだろう」
ここまで黙り込んでいたエルが、勝負の合図を告げてくる。
「サクラが了承した以上、不備など出させない」
これが乙女ゲームで組まれた通りの流れで、最初から結末が決まっていたら笑えないなぁと心で思う。
「さすがに、聞いたこともない食材までは揃えられない。だが、必要なものはこちらで用意しよう」
サクラのお飾りになりつつあったエルが、ここに来てやっと攻略対象らしい顔をした。
「日時は……そうだな。あまりサクラを煩わせたくない」
研修旅行の日程は、三泊四日。
もし対決の日が研修旅行の最終日に設定されたら、その時点で俺の存在は綺麗さっぱりに抹消されてしまう。
だが、エルの口ぶりを聞く限り、そこまで悠長に引き延ばす気はないらしい。
「明日の夜だ」
攻略対象らしい。
こういう場面だけは妙に頼もしく、世の女性たちが夢中になるのも分かってしまう。
(問題は、準備の時間がないってことか)
対決まで、たった一日。
普通なら無茶な日程なのに、エルはまったく問題にしていないようだった。
「承知いたしました」
サクラが椅子から立ち上がると、展望車両に吹き込んだ風が彼女の制服の裾をふわりと揺らした。
こういう演出が用意されているってところは、まさに乙女ゲームの主人公と言うべきなのかもしれない。
「では明日の夜、みんなの前で決着をつけましょう」
あまりにも早い対決の日程に、俺とリアムは再び顔を見合わせる。
サクラとエルが展望車両から去る際に、大きな窓の向こう側で空に夕暮れの色が混ざりつつあることに気づいた。
いちいち絵になる二人っていうのは、乙女ゲームにとっての醍醐味かもしれない。
だが、こっちはそれどころの話じゃない。
「満足いく流れになった?」
展望車両に興味あるフリをしてくれていたリアムが一歩前に進み、今度はしっかりと俺の目を見た。
「おかげさまで」
堪えていた溜め息を盛大に吐き出す。
「エルの財力を利用すれば、アズキに関してはなんとかなる」
手段を選ぶつもりはない。
使えるものはすべて使って、リアムを破滅ルートから脱却させる。
「……随分、割り切ったね」
「時間が、無限にあったらいいんだけどな」
言葉が足りないのは、自分でも分かっている。
それでも、あと三日もすれば、俺の存在そのものが抹消されてしまう世界設定。
立ち止まって、リアムの顔色を窺っている余裕すら残されていない。
「リアムに相談がある」
その言葉にリアムは、しばらく黙ったままだった。
「審査員が買収されたとしても、それを覆すには時間も金も足りない」
展望車両の揺れだけが、耳に響くようになる。
「だったら、実力で勝負するしかないだろ?」
実力という言葉が引っかかったのか、わずかにリアムの目が見開いた。
その目を真っすぐに見返して、俺は言った。
「そのために必要な準備を、全部教えてほしい」
列車の揺れに合わせて、窓の外の景色が流れていく。
初めての旅に想いを馳せたいはずなのに、頭の中だけはやけに騒がしい。
「サクラなら、どう仕掛けてくる?」
頭に浮かんだ可能性を片っ端から並べてみようとするけど、それでもどれから順に話せばいいの分からなくなる。
「食材を差し替えるとか? 会場の時計の時刻を変えるとか……あとは……」
浮かぶ可能性はどれも嫌なものがかりで、いざリアムに相談したところで乗り越えられるかも分からない。
「正面から勝負するような相手じゃないってだろ? だったら、勝てる土俵を……」
「ドヒョウって、何?」
リアムの視線が、何かを怪しむような目線に変わる。
「いや、だから、今は言葉の意味じゃなくて、どうやって勝つかの話を……」
言葉を重ねれば重ねるほど、リアムの表情が固まっていくのが分かる。
「時間がないっていうのは、さっき聞いた」
もともとリアムは、感情の起伏が乏しい。
でも、今の声には、そのわずかな抑揚すら消えていた。
「でも、サクラに対して、なんでそこまで考えるの?」
問い詰めるというよりは、確認されているような口調だった。




