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第5話「材料を手に入れろ」

「どうぞ」


 社交辞令に適した笑みを用意していると、サクラが場の空気を和ませてくれた。

 簡素なテーブルが用意され、その上には温かな紅茶と、どこから取り出されたのか謎なプリンが並べられている。

 最初から用意されていたかのような手際の良さは、恐らくゲーム仕様というやつなのかもしれない。


「アズキ……それを使えば、何が作れる?」


 どこかの家に雇われている職人が作ったカスタードプリンを口にしようと、ゼリー並みに弾力あるプリンにスプーンを差し込む。


「どら焼きに羊羹、大福にもなか……あとは、たい焼きとかお汁粉……」

「待て、待て、なんだその呪文のような食べ物は!」


 自分がプリンを作るんだったら、もっと固さを調整して食べやすさを意識したい。

 食べる側の配慮に欠けたプリンに頭を抱えていると、エルから盛大なツッコミが返ってくる。


「説明できないなら、それは取引にならない」


 当然のようなツッコミが返ってきて、返す言葉もなくなる。


(やっぱり、そうなるよな)


 珍しい素材を求める以上、この壁は避けられない。

 和菓子の知識がないリアムに助けるわけにもいかないと思っていた、そのとき。


「……なるほどね」


 サクラが、控えめに相槌を打った。


「あなた、珍しいお菓子の知識があるのね」


 プレイヤーポジションのサクラを味方にできれば、リアムの未来は変わるかもしれない。

 そんな根拠があるわけでもないけど、サクラが話に乗っかってくれたことが大きな希望をもたらしてくれる。


(ついさっきまでは、ちゃんと名前で呼ばれてたんだけどな)


 それが、今ではもうモブキャラ一のような扱いになっている。


(こうやって少しずつ、存在が消えてくのか)


 自分の立ち位置が『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の中から外れていく。

 その感覚が、だんだんと現実味を帯びていく。


(それでも、その違和感を考えてる余裕はない)


 意識を無理矢理、目の前の対決へと集中を戻す。


「珍しいお菓子が美味しいかどうか、私たちに教えてちょうだい」


 紅茶のカップを優雅に持ち上げながら、視線だけは俺へと向けてくるサクラ。


「ここにアズキはないけど、あなたならいろんな知識を持っていそう」


 サクラの微笑みは完璧で、誰が見ても主人公らしいと言ってもらえるだろう。

 でも、その整いすぎた笑顔が、俺にはかえって不気味に思えた。


「珍しいお菓子が美味しいかどうか、私たちに教えてちょうだい」


 プリンが乗せられた皿が、わずかに重く感じられた。

 自分の指先に自然と力が入る。


「でも、ただ食べるだけはつまらないわね」


 指先に力を入れたくて、入れたわけじゃない。

 力を抜けば、このまま皿ごと手から滑り落ちてしまいそうだと思った。

 ただ、それを必死に食い止めているだけのこと。


「勝負しましょうか」


 サクラは気づいているのかいないのか、変わらぬ笑みのまま紅茶を口へと運んでいく。


「お菓子作りで」


 これからお茶会でもしませんかと言わんばかりの、軽やかな声が場に響いた。

 サクラの明るさだけを切り取れば、素直に誘いに乗っかりたいところ。


(でも、相手は、リアムを破滅ルートに追い込んだ張本人)


 サクラに攻略対象として選ばれたエルは、彼女の好きにさせるつもりなのか。

 それとも別の意図があるのか、何か口を挟むことなく俺の出方を窺っていた。


「……待って」


 返答しかねている俺よりも先に、声を発したのはリアムだった。

 車窓へと向けられていたリアムの視線が、ゆっくりと俺たちの元へと戻ってくる。


「その勝負、審査はどうするつもり……?」


 サクラの視線もリアムへと移ったが、絡みつくような視線に、嫌悪に似た感情が体を駆け抜けていく。


「どっちが美味しいかって、誰が決めるの……?」


 リアムの質問が意外だと言わんばかりに、サクラは口角を下げた。

 でも、そのすぐあとに何もなかったように微笑むところは、さすが乙女ゲーム界のプレイヤーって立場だなと思った。


「もちろん、みんなよ」

「みんなって……」

「セントリム学園の研修旅行に参加している、生徒全員のこと」


 サクラは目を瞬かせたあと、まるで面白い玩具を見つけた子どものように口元を緩めた。


「安心して」


 サクラは椅子の背にもたれながら、俺たちをなだめるような優しい声を発した。


「ちゃんと公平に決めるから」


 その《《公平》》という言葉だけが、妙に浮いて聞こえてくるのは気のせいなのか。

 それとも、リアムを破滅ルートに追いやったという先入観が、そう思わせているのか分からない。


「私たちが負けたら、求めているアズキを提供する」


 紅茶のカップを置いたサクラは楽しそうな笑みを浮かべながら、緩やかに指を組んだ。


「私たちが勝ったら……」


 これがゲームの中のイベントなのかは判断できない。

 ひとつだけ確かなのは選択肢のように見せかけたやりとりが、誰かに仕組まれたもののように感じるということ。


「リアムのお店が欲しいな」


 さらりと落とされた言葉は冗談のように軽いのに、この言葉にサクラの本気が込められているところが重いと思った。


(こういう提案は、想定してたけど)


 自分の店が提案に出されているわけではないため、守るべきものを把握するまで時間がかかってしまった。

 言葉を探している間に、サクラが小さな笑みを浮かべる。

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