第1話「駆け抜けて、また止まって」
「憧れの正装……!」
「一応、ジェント家に仕える者って設定だから」
「ありがとうございます! リアム様っ!」
前世を闘病生活で終えた俺は、おしゃれというものに縁なく人生を終えた。
乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』のキャラクターデザインさんは、とんでもなくセンスのある人だったらしい。
かっこいいとしか言いようのない正装を用意してもらえただけで、テンションが大きく上がってくる。
「こういう服、あまり縁なかった?」
「あー……貧乏、だったからな。貧乏」
乙女ゲームの世界に転生して…って説明をするのも面倒で、おしゃれに縁がなかったことを遠回しに説明する。
「決まってる」
「どうも」
ジェント家が用意してくれた服装なのか、リアムのセンスなのか。
刺繍は格式高い感じがして、世界観に溶け込む色使いも相まって、最高に素敵な服装だと思った。
「よーしっ、しゅぱーつ」
「おはぎのために、頼むぞ。ファル」
感動は、服装だけでは終わらなかった。
街の様子も自分の心を奪っていって、このまま感動しすぎて心が追いつかないんじゃないかと贅沢な悩みを抱えてしまう。
「圧巻、だな」
石畳の道が続いているだけで、ゲームの世界観である西洋風を体感しているんだって実感が湧いてくる。
道の両側には色とりどりの花が咲き誇り、まるで俺が異世界転生してきたことを祝福しているかのようだった。
「列車に乗るのも初めて?」
「初めて、初めて!」
街を形成している建物は、経験したこともないヨーロッパ観光をしているような気分を体験させてくれる。
「駅はこっち」
「ああ、いま行く……」
この感動を、誰にどうやって伝えればいいのか。
そんな思いに胸がいっぱいになっていたところに、事件は起きた。
「あれって……」
「ああ、今日はセントリム学園の研修旅行だから」
石畳を歩く感覚を、楽しんでいる場合ではなくなった。
鮮やかな色彩の集団が、視界の端に入り込んできた。
「やばいって! また適当な理由をつけられて、虐げ展開……」
「もう退学になってるから」
退学処分を受けたリアムは、もう二度と見ることはないと思っていただろう魔法学園の制服。
研修旅行とやらに向かう彼らは、堂々と制服を身にまとっている。
「ほら、列車が出るよ」
「っ」
街の向こう側で笑い声を上げる制服の群れは、リアム・ジェントという一人の人間を退学に追い込んだことを忘れてしまったのか。
(こんなの……いじめと同じだ……)
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』のプレイヤーは、ご令息・ご令嬢と呼ばれる人たちが通うセントリム学園に在籍することになる。
「ニコ、早く」
「あ……ああ」
家業を継ぐまで、あるいは結婚して家庭に入るまでの限られた時間の間だけ、お坊ちゃんやお嬢様たちが思い切り自由に遊べる最後の場所という設定。
(この学園に、通ってみたかったんだけどな……)
セントリム学園に通うということは、卒業後の自分には自由がなくなるとキャラクターたちは気づいている。
(リアムを卒業させたかったけど……)
それでも、ほんの短い時間の間だけ。
自分の手と足で、学びたいと願う人たちが集まる場所。
そんな切ない世界設定に惹かれていたはずなのに、現実ではリアムと生徒たちの間に見えない境界線を引いてしまっている。
(肝心のリアムの気持ちは、どこにあるんだろ)
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界で夢を膨らませているのは自分で、リアムの口からは何も夢が語られていないことに気づく。
「せっかくですから、何か記念品になるような物を購入したいですわ」
「この機会を、どう活かすかが将来に結びつきますわね」
研修旅行なんて立派な名前は付いているが、その実態はただの観光旅行。
生徒たちは学園を離れて、勉学とは程遠い優雅なひとときを満喫することになる。
(ゲームのイベントなのに、楽しめない……)
箒で空を飛ぶこともできるし、転移魔法で一瞬にして遠方へ移動することもできる魔法学園の生徒たち。
そんな生徒たちが、敢えて移動の面倒な機械仕掛けの乗り物を選んでいる。
(みんなで青春を味わいたかったのにな……)
文句を言う者は一人もおらず、むしろみんな、どこか浮き立った空気をまとっている。
これこそが自分の望んだ世界のはずなのに、視界に映る景色があまりにも眩しすぎて目を細めてしまった。
「すっげー……」
長く低い汽笛が響いたと思ったら、景色がゆっくりと動き出した。
「本当に走ってる……」
声が漏れる。
窓の外の景色が流れ、座席に座っているはずの体が風に押されるような感覚に胸がときめかないはずがない。
(空の色まで違って見える……)
前世で体の弱かった俺にとって、旅行なんて縁のない高貴な体験。
だからこそ、旅の始まりを全身で感じることができていた。




