第2話「課題」
「おはぎって、もっと人を幸せにする力を持つも……の……」
リアムは、人生で初めてのおはぎをお気に召さなかったらしい。
感情を表に出すことがほとんどないのに、今のリアムはどこか遠くを見ている気がした。
「なあ、リアム」
リアムの手元にあった皿を回収しようと手を伸ばすと、リアムをまとっている空気だけが妙に重い。
「リアムって、甘いもの好きじゃなかったりする?」
取り上げられた皿を、リアムはしばらく見つめていた。
「スコーンのときもそうだったけど、美味いもの食べても笑わないっていうか」
皿に残っていたおはぎを、ひとつ手に取る。
「っ、そもそも食べたか? リアムが食べたとこ、見てない気が……」
「店を再建する人間が、甘いもの嫌いなわけないよ」
自分が食べるためではなく、リアムに差し出すために手を伸ばした。
「いや、もう味見はいいから……」
「そんなこと言わず」
「この、何? もち米? 腹に溜まる」
相変わらずリアムは、笑わない。
でも、彼の声に、不快さといったマイナスな感情は含まれていないことだけは分かる。
「今度は、美味いおはぎ作ってみせるから」
「材料なくなったよ」
「リアムを笑顔にするってのも、今後の課題だな」
「人の話、聞きなよ……」
もちろんリアムの話は、ちゃんと聞こえてる。
適当な言葉を返しているわけじゃなく、前向きな自分を装ってしまうだけのこと。
(あと四日で、店の再建と学園への復学……)
青春迷子の人間は、これだから困る。
『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界で叶えたい夢が増えれば増えるほど、残された時間への焦りも大きくなる。
「ニーーコっ」
不安そうに俺の顔を覗き込んでいたのは、マスコットキャラクターのファルだった。
つぶらな瞳に見つめ返されると、ここがただのゲームではないことを思い出す。
(リアムにとっては、現実なんだよな)
両手で自分の顔をぱちりと叩き、落ち込みかけていた顔をしっかりと整えていく。
「どうした、ファル?」
「さっきからリアムが呼んでるよ?」
どうでもいい呼びかけに、思わず言葉を失ってしまった。
「おはぎの作り方をサポートしてくれよ……」
「おはぎには、大量の砂糖が必要だよっ」
「知ってます……」
日本で慣れ親しんだ素朴な甘味を頭に浮かべていて、リアムの呼ぶ声が耳に入っていなかったことを反省する。
ようやくファルの方へと振り返ると、彼は部屋を出る準備をしていた。
「出かけるのか?」
「材料の仕入れ」
リアムは俺のことを待たず、扉の方へと歩き出していた。
「それなら、俺も行くって!」
「はぁ、ニコは魔法使えないと思うけど」
リアムの足が、ぴたりと止まる。
「買い出しに、魔法はいらないような……」
「お金、どうするの?」
彼はとても残念そうな顔で振り返って、表情を曇らせる。
「大量の砂糖を買うのに、どれだけお金がいるかわかってる?」
「えーっと……」
リアムの顔には、はっきりと拒絶の気持ちが表れている。
普段はほとんど表情を動かさないくせに、嫌悪の感情だけはやたら上手く表現してくるところにイラっとしたことは内緒だ。
「砂糖を買うお金が用意できないから、収穫に行ってくる」
「俺もお供します」
「無理、遊びじゃない」
リアムの声優さんの声には優しさが含まれているのに、突き放すような言葉には鋭さがあった。
「足手まといになるのはわかってる。でも、行きたい」
「意味わからないんだけど……」
「この世界に存在しない甘味を作るって、すっげー大変なんだよ」
自分が足手まといであることは否定できず、お菓子作りの才能も未熟なのも事実。
それでも、『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』で青春を取り戻すために口を動かしていく。
「でも、おはぎが美味いって信じてるから、力を貸してくれるんだろ?」
じっと俺のことを見つめてくるリアムが、何を考えているのかはまったく分からない。
相手の心を読むことができないのは、ゲームの世界も現実の世界でも同じなことを残念に思う。
「その、おはぎへの信頼に応えたい」
相手の心を読めないからこそ、言葉を交わさずにはいられない。
納得するまで相手を引き留めてしまう、このしつこさ。
前世の俺が、それほどまでに人との関わりに飢えていた証なんだと思う。
「……責任、取れないよ」
「どんだけ物騒なとこに、砂糖を収穫しに行くんだよ……」
ほんの一瞬だけ、リアムの目が見開かれたように見えた。
それすらも気のせいかもしれないけど、一歩ずつ未来が前進していくことに心臓が高鳴っていく。




