第1話「失敗も積み重ねれば?」
「時間が溶けるって……こういうことか……」
リアムのばーちゃんの店を借りて、丸一日が過ぎようとしていた。
(三日目が、なんの進捗もなく終わろうとしてる……)
俺が生まれ変わる準備が整うまでの七日間だけ、乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』に転生できるという点までは理解できた。
「ファル……上手くいく気配がない……」
「うーん……ニコは、魔法使いじゃないからね」
「そんな元も子もないこと、言わないでくれ……」
だが、俺が転生した人生は、乙女ゲームを攻略する主人公的立場ではない。
前世の貝沼二湖としての人生を継承して乙女ゲームに転生したため、お菓子作りの技術がまったく追いついていない状況。
「せめて、ニコが何を作ろうとしてるか伝えてくれない?」
「どうせ俺は、絵も苦手だよ!」
日本で食べたおはぎの味を思い出すことはできても、おはぎなんて前世で一度も作ったことがない。
「砂糖の調整ができないまま、材料が尽きるんだけど……」
リアムとファルの助けを得ながら、炊いたつもりのもち米。豆は、粒あんとこしあんの二種類を用意したつもりだった。
でも、何回も工程を繰り返したところで、記憶の中のおはぎとは程遠いものが完成してしまう。
「なんで、入れても入れても、甘くならないんだよ……」
「甘くない理由って、やっぱり砂糖の量が足りないんだと思う」
「おはぎって、こんなに砂糖使うのか……?」
「いや、そのおはぎがなんなのかわからないから」
おはぎの知識はなかったが、リアムの持つお菓子作りの技術は明らかに自分より上。
「わかんないって言う割に、完璧だよ……」
「そう?」
俺が必死に丸めたおはぎは、見た目も形もひどいもの。
指にべったりくっつき、どれも潰れかけで、不格好な丸の塊にしか見えない。
「どっちを食べたいかって言われたら、リアムの方だよね~」
「俺をサポートしてくれよ! サポート!」
自分の作ったおはぎらしきものは、すでに皿の上で無惨な姿を晒している。
だが、リアムが作ったおはぎは均一にもち米が丸められ、芸術品のような美しさを誇る。
「こんなに砂糖使うと、体に悪そう……」
「体に悪いってのは、食べすぎたときのことを言うんだよ」
自分の作ったおはぎは子どもが遊び半分で作ったようなものに見え、あまりにも不格好なおはぎに情けなさが生まれる。
「甘いものって、心を満たしてくれる魔法みたいなもんなんだって」
リアムが作ったおはぎを、ゆっくりと口の中へと運んでいく。
鏡を見なくても、自分の顔が笑えず、ぎこちなく硬直していることは容易に想像できる。
「……ちっとも甘くない」
見た目は完璧なのに、あんこの味付けが自分ということもあって、何度も何度も眉をひそめる結果に終わってしまう。
「本当に、そんなに砂糖入れるの?」
「たっぷり入れたい……」
「……今でも十分、米の味と豆の香りを感じられるけど」
「それ食べて、リアムは幸せか?」
皿の上に置かれた美しくて《《甘くない》》おはぎを見つめながら、溜め息を吐き出す。
「甘いものは、子どもが食べるものって考えは理解できる」
せっかくの貴重な材料を使ったのに、これらの甘くないおはぎでは客に笑顔を届けることができないと肩を落とす。
「でも、甘いものを食べたい大人、いただろ?」
心の中で、和菓子作りには膨大な砂糖が必要なことに驚いているのは事実。
「俺たちを誘拐しなくても、堂々と食べてもらいたいんだよ」
砂糖を摂取しすぎるのは体に良くないだろうが、それでも俺は甘さがもたらす幸せを味わってほしいと思わずにはいられない。
「甘いものは、みんなを笑顔にする魔法なんだから」
甘さがまったく足りていないおはぎを前に、時間も材料もあっという間に溶けていった。
どんなに攻略法の分からない乙女ゲームをクリアしたくても、残り四日間でリアムを幸せにできるかどうかは誰にも分からない。
正直、あっという間に三日目が終わろうとしていることに焦りを感じる。
「……ほら、リアムの顔、笑ってない」
ほとんど味がないあんこを口にしているのだから、リアムの表情に変化がないのも無理はない。
「ってことは、これじゃダメなんだよ。満足できてないってこと」
自分の無力さと、味覚の知識を伝えることの大切さを思い知る。
かといって、自分に残された時間が増えるわけでもない。今は、とにかく前を向くしかない。




