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第9話「甘いものは、子どもが食べるもの」

「甘いものは……やっぱり、子どもが食べるものだから……」

「だから?」

「え?」

「だから、なんだよ」


 ほんの一歩踏み出せば、世界は変わるかもしれない。

 けれど、その一歩が、今のリアムには途方もなく遠いのかもしれない。


「ここにいる人たち、甘いものが食べたいって叫んでただろ」


 人に褒められるために生まれてきたわけではない。

 けれど、褒められたことがないという経験は、虚しさを煽るには十分すぎた。


「周りがどうこうじゃなくて、食べたいものを食べる! かっこいいじゃん、そういう生き方」


 自己肯定感が著しく欠如しているリアムに難しいことがあるなら、相棒として手を貸さないわけにはいかない。

 俺にできないお菓子作りに手を貸してくれたのは、ほかの誰でもない攻略キャラクターのリアムだったのだから。


「客が食べたいお菓子、作ってやろうぜ」


 抹茶のスコーンの香ばしい香りが空気に混ざるだけで、萎みつつあった期待が再び膨らみ始める。


「俺は、リアムの店を通して、もっっとたくさんの人たちの笑顔が見たい」


 自分が夢を語り始めたタイミングで、マスコットキャラクターのファムが愛らしい笑顔を向けてくる。

 自分の夢を応援してくれるキャラがいるのが分かって、自分の口角は更に上を向き始める。


「リアムは?」

「俺……?」

「夢のひとつやふたつ、あるだろ?」


 リアムがゲームオーバーを迎えていないのなら、まだ夢を諦める段階じゃない。

 リアムの声が弱くなっているのが分かるなら、自分はなるべく大きな声を出し続けたい。


「俺は寝るところと食べるものさえあれば、それで十分」


 リアムは悲観した声ではなく、はっきりとした声を発した。

 これが自分の日常だって現実を、しっかりと受け入れている証拠だった。


「命があるだけ、ありがたいよ」


 何も楽しいことなんて起きてもいないのに、リアムは嬉しいことがあったんだと言わんばかりの柔らかな笑みを浮かべた。


(こういうとこ、攻略キャラらしいっていうのかもな)


 普段から、これだけしっかりと喋ることができているなら、リアムの人生は大きく変わったかもしれない。

 でも、それができないから、リアムは破滅ルートへと追いやられた。

 そんな、ゲームの中ならではの事情を察していく。


「魔法学園に通うことができたら、人生変わる?」

「それは、もちろん……」


 ほとんどが病院か自宅で療養生活を追っていていた自分は、高校生になるって夢を叶えることができなかった。

 当たり前のように教育機関に通うことができる環境が、『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界では待っている。


「じゃあ、卒業は必須な」


 新しい人生を始めたばかりの自分が言葉にするにしては、出来すぎた言葉が口からさらりと出てきていることに驚かされる。


「菓子店の再建も加えて……」

「待って、なんで俺の夢をニコが叶える……」

「俺の夢って言ったな?」


 自然と、自分の笑みが朗らかになった気がする。


「自分の夢、ちゃんと言葉にしろよ」


 きょとんとした表情を見せたリアム。

 彼を攻略キャラクターじゃなくて、人間らしいなって思った。


「夢は、言葉にした方が叶うらしい」

「らしいって……適当すぎ」

「だって、他人と夢を共有した方が効率良さそう」

「効率って……」


 相手と言葉を交わし合う瞬間が、こんなにも楽しいものだということを初めて知る。

 乙女ゲームへの転生は、初めて知ることが多すぎて困ってしまう。

 あと五日間で、このゲームから旅立たなければいけないなんて寂しすぎるかもしれない。


「おっ、兄ちゃんたち。今日は助かった」


 低く太い声が背後から響いた。

 振り返ると、俺たちを独房のような調理場に案内した男が腕を組んで立っていた。


「さっき、菓子店がどうこう言ってなかったか?」


 ごつい体つきだが、あらためて視線が交わると、その目には仲間たちを気にかけるような優しい眼差しが潜んでいることに気づく。


「そうです! 俺たち、菓子店の再建を目指してて……」

「礼と言っちゃぁなんだが、欲しい材料があったら持っていけ」


 夢は、言葉にした方が叶う。

 これは現実の世界だけでなく、ゲームの世界でも共通の言葉だったらしい。


「んで、また美味い菓子でも食わせてもらえたら……」

「木箱にあった、米と豆をください」


 気が引けるって言葉が頭に浮かんでいたら、このゲームは攻略することができないと思った。

 攻略に使えそうな食材を入手するためのイベントだと踏んだ俺は、遠慮することなく木箱にあった米と小豆を求めるために声を上げた。


「ニコ、あれは炊き込みご飯を作る材料……」


 グリーンブラットのアイディアを出したときも、リアムには蔑んだ目を向けられたような気もする。

 でも、リアムに対してだって、いちいち引いてはいられないと思って意気込む。


「炊き込みご飯ってことは、えっと……もっちりとした食感に……?」

「そうだよ、あれはもち米だから」

「よしっ」

「ニコ……?」


 姉ちゃんのいない世界では、乙女ゲームの攻略法は頭を捻ったところで出てこない。

 でも、リアムルートで店を再建するための鍵は和菓子にある。

 そんな妄想が確信に変わるくらいのイベントを迎え、俺の表情は気持ち悪いほど弛んでしまっているかもしれない。


「勝てる! じゃないな」


 心臓が、今にも破裂しそうなくらい速度を上げていく。


「勝つぞ、リアム」


 これから待っている未来を豊かにするって、不安しか待っていないものだと思っていた。


「……言っておくけど、あれ、祖母の店だから」


 でも、隣にリアム(相棒)がいるだけで、もしかしたら未来は豊かになるんじゃないかって希望が生まれる。


「将来的には、俺の店」

「意味わかんない……」

「だって、俺、ニコの人生乗っ取るから」

「まだ言ってる……」


 未来に、絶望しか待っていないと思っていたのは俺も同じ。

 病気で亡くなるっていう絶望を味わったことがあるからこそ、ニコの人生に絶望は残したくないと強く誓った。

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