第8話「ただの通りすがり」
「リアムも、ほら、味見」
リアムに抹茶スコーンを差し出しながらも、自分も自分で口の中にスコーンを放り込む。
抹茶のほろ苦さが最初に広がるが、すぐにバターと砂糖の甘みが追いかけてくる。
でも、ちゃんと甘さは控えめになっていて、抹茶の風味を邪魔しないという完成度の高さ。
「美味っ。甘さがちょうどいい」
「本当……?」
「本当だって」
味気のないショートケーキと違って、舌の奥でじんわりと広がる甘さが堪らない。
「グリーンブラットの香りが、ちゃんと立ってるんだよなぁ」
「う~ん、ニコのアイディアのおかげだね~」
「これなら、工場の人たちも喜んでくれるな」
ニコとファルに向けて声をかけたつもりだったが、リアムの瞳にはまだ不安が残っているような気がした。
(何をやるにも、自信がないんだろうな)
俺が転生したときには、リアムの破滅ルートはもう動き出していた。
何をやっても無駄だと投げやりになってもおかしくない心境に、リアムはあるのかもしれない。
「リアム」
「ん?」
小さな声を返すリアムを励ますように、作業台の向こう側へと身を乗り出す。
「会いに行こうぜ、工場の人たちの笑顔に」
相変わらず、グランドエンディングの迎え方は分からない。
でも、リアムが夢を見たり、希望を抱けるような未来を用意してから、亡くなりたい。
そんな気持ちを込めて、リアムの分も笑ってみせた。
「こんなに美味い菓子があったとはなぁ」
「早く知りたかったすっね!」
「甘すぎず、大人の味ってところが最高っ!」
灰色の鉄骨が支配する工場の一角で、大男たちは休憩時間を迎えていた。
油と蒸気の匂いが鼻をつくが、その匂いの存在を忘れてしまうほど甘い時間が広がっていることに笑みを深める。
「どの菓子店も、味がねぇんだよな」
「労働のあとは、甘いもんですよねっ!」
「これなら、子どもも大人も食べれる……」
男の人が足を組んだり解いたりを繰り返しながら、抹茶の香りが漂うスコーンを口に入れる。
隣の巨体の男も、無骨な手で抹茶スコーンをじっくりと味わう。
「家族に持ち帰ってやれ」
「家族で食べれる菓子って、すごくないですか?」
鋼の機械みたいなものに囲まれた大人たちは、大きな笑い声で場を盛り上げていく。
「ありがとな、新入りっ」
跡が残りそうなくらいの馬鹿力で背中を叩いてくる大男に、普段なら文句のひとつでも言ってやりたい。
でも、今は顔がにやけすぎて、浮かび上がった文句なんてすぐに頭から消え去ってしまう。
(相手が笑ってくれるって、いいな)
乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』を布教した姉ちゃんは、いつだって満面の笑みを浮かべていた。
家族が笑ってくれた方が嬉しいと思ったけど、見舞いに来てくれる両親の表情はいつも晴れなかった。
「ん?」
工場の休憩室には多くの笑顔が広がっているのに、肝心の物語の主人公の表情は冴えないままだった。
(どうやったら、笑えるようになるんだろ)
リアムが作った抹茶スコーンが成功したおかげで人々が喜んでいるのに、リアムにとっては休憩時間がちっとも楽しいものに感じないらしい。
「リアム、ちゃんと食べてるか?」
「あ……うん」
淡々した口調で返事はするものの、リアムの表情から抹茶スコーンが美味しいって感情が伝わってこない。
「やっぱリアムって、これだけ砂糖入れすぎると甘すぎるわけ?」
ふと顔を傾けて、俺たちと一緒に休憩時間を過ごしている凶悪そうな男たちへと視線を向ける。
今にも人を殺してしまいそうな人相をしていて、この人たちの職業はなんですかってツッコミたい。
「甘いものは、子どもが食べるものか……」
残忍さを含んだ顔立ちの男たちは、理想通りのお菓子に巡り合えた感動に浸っていく。
そこにはやっぱり満面の笑顔が広がっていて、男たちの幸福は自分にまで伝染してしまう。
幸せってものは、繋がっていくものなんだなぁと実感できる。
「あれ見てると、大人も甘いものが食べたいんだなって思ったけど」
それなのに、リアムの表情は冴えない。
この先の未来に待っているものなんて、絶望しかない。
攻略キャラクターになれなかったリアムは自分の人生の結末を知っているみたいで、なんだかこっちまで胸が切なくなってくる。
「食べたい……だろう……けど」
言葉にするための勇気が見つからないんだと思う。
明日以降も未来が続いていくリアムと、七日で人生を終えてしまう自分では生き方も覚悟もまるで違う。
慎重に生きたいリアムと、勢いで生きていける俺とでは、やっぱり考え方が違うんだろうなってことを察していく。
「リアムって、たまーに言葉選ぶけど」
テーブルの上に置いた拳を握り締めるリアム。
「いいよ、別に。選ばなくて」
いつかは、笑顔が煩わしいとかって展開になるかもしれない。
でも、そんな日が来るまでは、思いっきり笑ってみようと思った。
リアムが笑えなくなっている分も、俺が精いっぱい笑って、残された人生を生き抜いてみたい。
「俺なんて、ただの通りすがりなだから」
ただの通りすがりって言葉に虚しさを覚えたのか、喉の奥がきゅっと締まった。
「通りすがりになら、何を話したってリアムの未来には繋がらない」
残り五日で乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』から卒業しないといけないなんて、意外と寂しいかもしれない。
「そう思えば、気も楽になるだろ?」
リアムに見つからないように、机の下で拳を握り締める。
小さな震えが、誰にも気づかれないように必死で隠す。




