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第7話「笑顔のためにできることを考えた」

「二人共、いい香りがしてきたね~」


 ここで驚くほど朗らかな声を上げたのは、サポートキャラクターのファルだけ。

 俺とリアムの眉間に皺が寄っていることなんて、ファルにとってはどうでもいいことらしい。


「ん、でも、本当に抹茶……グリーンブラットの葉の匂いがするかも」

「でしょ、でしょ?」


 ファルが、そんな満面の笑みを浮かべるということは正解ルートですか?

 そんな疑問を頭に浮かべながら、ファルと一緒にスコーンの完成を見守っていく。


「よっし!」

「……いい色」


 息を飲みながらスコーンが焼けるのを待っていると、生地はふわっと柔らかく膨らんだ。

 抹茶のスコーンなんて作ったこともないが、少しずつ抹茶の緑を深めていくスコーン生地に大きな愛情が湧き上がる。


「ファル、完成でいいか?」

「完璧っ」


 天板に乗せられたスコーン生地からは、ほのかな薬草の青い香りが混ざり合う。

 ブイサインを送ってくれたサポートキャラクターのファルと一緒になって、抹茶のスコーンの香りを堪能する。


「ニコ、毒見」

「は?」


 見た目は、どこからどう見ても抹茶の粉末を使ったスコーンにしか見えない。

 だが、異世界のグリーンブラットという謎の葉っぱを使ったスコーンだと思うと、上手く言葉が出てこなくなる。


「ニコのせいで、独房行きは避けたいから」


 恐らく、どこかのルートでは、リアムはお菓子作りに失敗して独房行き。

 そんな展開が待ってると想像つく自分は、リアムからの毒見を断るわけにもいかない。


「絶対に美味い! 絶対に美味いはずだから!」


 天板の前に立つと、スコーンのほのかな甘い香りと抹茶のほろ苦さの両方を同時に感じ取ることができた。

 抹茶のスコーンが焼けたときの匂いは、こんなにも心を揺さぶるものだったのか。


「ニコ?」

「あ……なんか、なんていうか……」


 学校の調理実習って、こんな感じなのか。

 ベッドに寝た切りで人生を終えた俺にとっては、調理実習がどんなものか想像することしかできない。

 でも、完成した抹茶スコーンを前に、なんだか泣きたくなっている自分がいるのは事実だった。


「感動……してる」


 自分に青春という言葉を与えてくれた乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』には、感謝してもしきれない気持ちがある。

 でも、乙女ゲームの世界で泣きたくないと思って、必死に溢れ出しそうな涙を堪える。


「だったら尚更、食べないと」

「おう……」

「あ~、ニコが泣いてるよ~」

「まだ泣いてない……」


 無機質な天井を見上げ、涙が流れてこないことを確認する。


「リアム、ファル、いただきますっ」


 せっかくの抹茶スコーンを前に、涙は相応しくない。

 とびっきりの笑顔かどうかは分からない。

 それでも、とびっきりの笑顔を見せられるような人間でありたい。

 そんな願いを込めて、天板の上で待機中の抹茶スコーンへと手を伸ばす。


(さっきまで、ただの粉とだったんだよなー)


 ほとんどの工程はリアムがやってくれたけれど、自分もほんの少しだけ関わったと思うと、胸に込み上げてくるものがある。


「ん」


 ぎこちない手つきで作ったにもかかわらず、指先でそっと触れると表面はほんのり温かい。

 柔らかく弾むような感触だけで、胸の奥がじんわり熱くなる。けど、本番はここから。


「っ」


 目が大きく見開いたって、こういうときに使うものなんじゃないか。

 そんなことを思ってしまうほど、自分の瞼が大きく動いたのが分かった。


「美味っ」


 一口食べた瞬間、美味しいって感想が体中を駆け巡る。


「いや、あの、え?」

「良かったねっ、大成功っ」


 美味しい。

 思っていたよりも、ずっと。


「え? あれ? 美味い……ちゃんと抹……グリーンブラットの香りもして、甘さもちょうどいい……」


 特別な材料が用意されたわけでも、特別な技術が使われたわけでもない。

 それなのに、異世界に来て初めて口にしたときは美味しいと思えなかったショートケーキから格段に進化している。この抹茶スコーンは、驚くほど美味しい。


「砂糖の量、増やしたから……かな」

「え、でも、甘いものは、小さい子どもが食べるもの……」

「ニコ、笑ってなかったから……」


 リアムの言葉を受けて、この抹茶スコーンが美味しい理由が分かった。

 お客様っていう曖昧な存在のためではなく、貝沼二湖を笑顔にするっていう目的がリアムあった。


「ケーキ屋っていうのは、人を笑顔にするものだって……ニコが」


 リアムの想いがたっぷりと詰め込まれているからこそ、美味しいと全身で感じ取ることができた。

 なんて言葉にしていいか分からなくなったけど、自分の中から感動が込み上げてくるのが分かる。


「普段はこんなに砂糖、使わないんだけど……」

「ちょうどいい! 甘すぎたら、グリーンブラットを殺しちゃうだろ」

「そ……っか……」


 工場で働く大男たちの分まで食してしまいそうになるほど、次から次に手が出る。

 この場に鏡がなくたって、自分の顔が綻んでいるのが分かってしまう。


「相手を想って作るお菓子は、最高に美味しいんだよねっ」

「だな」


 ファルの長い耳がぴょんと立って、ちょこちょこと愛らしく揺れる。

 ぴょんぴょん跳ねるたびにプレイヤーの心をほっこりとさせるところは、まさしくマスコットキャラクターとしてデザインされただけのことはある。

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