第5話「ファンタジー世界にないもの」
「グリーンブラットは、薬として飲むのが基本。お菓子のアレンジに使うなんて聞いたことない」
少しだけ落ちそうになった肩を、鼓舞する。
(無視されなければ、話を続けられる)
もう一度、グリーンブラットを美味しく食べられる可能性を提案しようと意気込む。
「食べても美味しくないし、苦いから嫌われ……」
「それって、ちょうどいいと思うんだけど」
「何が……?」
「甘いものは、小さい子どもが食べるものなんだろ?」
リアムの手がぴたりと止まるのを確認して、俺は思わずにやりと笑った。
頭の中に、ちょっとした閃きが走って、口元が上を向いたと思う。
「大人は甘いものを食べない。なのに依頼人は、美味い菓子を求めてる。矛盾してるなら、どっちかに寄せるしかない」
軽く息を吸い込んで、箱の中に眠るだけだった葉っぱを差し出す。
「少量でいい。これでダメなら、発想自体が間違いってことだからな」
乙女ゲームの攻略方法を知らない。
だからこそ、正解かどうかも分からないまま進めるしかない。
「大人のための菓子、やってみようぜ」
決め台詞のようなかっこいいことを言ったつもりが、一瞬の沈黙が広がった。
「……わかった。少しだけなら」
でも、リアムって人間は、他人の意見を真っ向から否定しない優しさある攻略キャラクターだった。
「グリーンブラット……? を、粉末にしてくれるか?」
リアムはグリーンブラットという名の葉の上に、魔法の杖をかざした。
魔法の杖から放たれた淡い光は、目の前の葉っぱを粉末状に切り刻んでいく。
(ミキサーとか、調理器具は魔法で代用すんのか)
さも当たり前のように、グリーンブラットの葉と向き合うリアム。
魔法を使える人にとってはなんてことのない作業でも、魔法の使えない人間にとっては、奇跡以外の何物でもない。
「……包丁って、あるんだよな?」
「包丁って……一般の人が使うものだっけ?」
リアムが葉を切り刻みやすいように手を動かしていたが、リアムの一言を受けて作業の手が止まってしまった。
「野菜や果物は、風魔法を使って切るものだから」
リアムは出会ったときから淡々とした口調だったが、それは今も変わることがない。
この淡い青色の少年は淡々と、この世界の魔法の在り方について教えてくれる。
「なんか、格差ある世界だよな」
「その格差をなくすために、魔法が存在するんだよ」
さすがは、乙女ゲームに登場する攻略キャラクター。
何気なくいい台詞が口から出てくるところがかっこよすぎて、返す言葉はなんだったか忘れてしまった。
「魔法は見せびらかすためのものじゃない」
相変わらず、リアムは淡々とした口調で言葉を返してくる。
でも、リアムが発する言葉には、ちゃんと熱が込められていると思った。
「魔法が使えない人を、救うためにあるんだよ」
そのセリフが、まるで決め台詞のように格好よく決まった。
そして、目的のグリーンブラットの粉末化に成功する。
「これでいい?」
「助かった、ありがとな」
粉末を手のひらに乗せると、くすぐったいくらい粒子が細かくなっていることが確認できた。
グリーンブラットとは、現代日本でいうところの抹茶に該当するんだってことを嗅覚が教えてくれる。
「少しって言っても、どれくらい入れるんだろ……?」
「多すぎなければいいと思う。苦いんだろ?」
「うん、物凄く……」
「じゃあ、加減してくれ……」
リアムは魔法で粉末にした抹茶を、ゆっくりとスコーン生地のボウルに振り入れていく。
生地の上に深い緑の粉が落ちるだけで、色ある世界のありがたさを感じてしまうほど生地が美しく見えるようになった。
(抹茶味って、前世では大人気だったんだけどなー……)
グリーンブラットの葉が抹茶の素材になるかもしれないと気づいたところで、乙女ゲーム世界の住人たちの口に合うかどうかは分からない。
(好きな人もいれば、嫌いな人もいる。嫌いな人もいれば、好きな人もいる)
大博打な食材を使う必要はないのかもしれないが、それだけ大胆な行動を起こして未来を変えていきたいと思った。
「いろんな経験……積めるといいな」
リアムは通っていた魔法学園を退学に追い込まれ、ジェント家から追い出されるという展開を辿っている。
未来に希望も何もないって状況に差しかかっているからこそ、リアムの未来に繋がる何かを残していきたい。
「今は、俺の発想を押しつけてるだけなんだけど……」
お菓子作りの経験も、自分が作ったお菓子を口にした経験も、これから先の未来でなんの役にも立たないかもしれない。
(それでも、願う)
ゲームの世界は、リアムのことを大嫌いな人たちで溢れ返っているかもしれない。
でも、ゲームの向こう側では、リアムを攻略キャラクターの一人として愛している人たちが大勢いる。
「経験を通して、リアムが笑ってくれたらいいなって」
抹茶味のマフィンが美味しかったら、とびっきりの笑顔を。
抹茶味のマフィンが口に合わなかったら、『何、この味』って馬鹿にした笑いを溢してほしい。
「生地に馴染むように混ぜて……」
「って、無視かよ」
「ニコ、いいこと言ったと思うよ~」
俺とサポートキャラのファルは、リアムの作業に手を添えることなく静かに見守った。
深緑の粉を混ぜるたびに、嗅覚はほのかな抹茶の香りを嗅ぎ取る。
抹茶のお菓子に馴染みはないものの、嗅覚が拾い上げる香りは懐かしの日本の景色を呼び込んでくるから涙腺を揺さぶられる。




