第4話「ヒントは頭の中に」
「えっと、あらためて材料は……」
薄暗い独房のような厨房。
石造りの壁に沿って、鉄製の簡素な作業台がひとつ置かれているという造り。
小さな窓から差し込む光がわずかなところは残念だが、二人で作業するには十分な環境が整っていると思う。
「見つけた材料は、その作業台の上に乗せてねっ」
「ありがとう、ファル」
魔法学園に通っているせいなのか、リアムはレシピの国の妖精という設定を疑うことなく受け入れていく。
そして、ファルに指示された通りに歩を進めると、棚の隙間に置かれていた木箱を発見。
「薄力粉、砂糖、たまご、バターに牛乳……豆はいらない……」
床に置かれている木箱からは、小麦粉の入った布袋や瓶に入った牛乳が見つかる。
牛乳が常温で置かれていることに恐怖を感じるものの、ここは乙女ゲームの世界だと言い聞かせて恐怖に打ち勝つ努力をする。
(ゲームの世界だから、馴染みある食材ばっかなのか)
リアムの背後に立って、何をどうすればいいのか分からず立ち尽くすばかり。
一方のリアムは迷いなく手を伸ばし、必要な材料を作業台の上へと並べていく。
「スコーンでいこう」
「なんでスコーン?」
スコーンがなんなのかという知識はあっても、前世でスコーンを食べた記憶は一切ない。
ぱさぱしてそうな味気のないスコーンを選ぶところが、あの甘さの足りないケーキを客に提供することへと繋がっているような気もする。
「この厨房、型らしきものが見つからない」
「なるほど……」
「パウンドケーキとカップケーキは、型が絶対に必要。でも、スコーンなら、生地をまとめて手で丸めるだけだから」
リアムは振り返ることなく、淡々と作業を進めていく。
「働いてる人が何人いるかはわかんないけど、大勢に振る舞うならスコーンが合ってるかなって」
口数が少ないリアム。
そんな特徴づけいたことを詫びたくなるくらい、リアムの口が饒舌に動くようになる。
お菓子作りのパートに突入したおかげかもしれない。
「あとは、ニコでも作れるかなって……」
「残念そうな目で見ないでください!」
口から漏れた反撃の言葉は、それだけ。
初めてのお菓子作りへの緊張が高まりすぎて、手を伸ばせば届く食材たちを見つめることしかできない。
(せめて、お菓子作りに縁のある人生だった……ら……)
リアムの冷めた視線を避けようと思った、そのとき。
ここが、乙女ゲーム『お菓子の国の魔法使いと恋のレシピ』の世界だったことを思い出す。
(姉ちゃんだって、お菓子作りなんてやったことない……)
リアムが丁寧に薄力粉をふるっていくと、白い粉がふわりと舞う。
(素人でもできる何かが、このゲームにあるはず)
ゲームの世界っていうありがたい設定を思い出し、高鳴っていくばかりだった心臓が少し落ち着きを見せ始める。
「リアム、もう少し材料を漁ってもいいか?」
「いいけど……あとは豆と薬草……葉っぱの類しかなかったよ」
「一応、確認だよ。確認」
心臓が落ち着きを見せるっていうのは、多分、良いことだと思う。
でも、心臓を落ち着かせていられない事態が俺のことを待っていた。
「小豆っ!」
「ニコ、うるさい」
「ニコ、声はしーだよっ」
「すみません……」
前世では大声を上げる機会なんてものはなかったはずなのに、新しく始まった人生ではツッコみの量が半端ない。
ほんの少し大声を出すだけで、喉が痛くなってくる。
(小豆だけじゃなくて、米もある……)
ふと止まった視線が見つけたものは、和菓子の材料になる可能性を持つ小豆と米。米が、もち米かどうかは知らない。
(でも、ここがゲームの世界だとすると、これはもち米の可能性が高いんじゃないか?)
袋に入った小豆と、お菓子の材料にはならなさそうな米を観察する。
(これがあれば、おはぎが作れるんじゃ……)
リアムが小豆を豆と称した時点で、この世界は小豆をお菓子に使うという発想がないことが分かる。
「めっちゃ粒が揃ってる……」
袋を手に取り、指先で箱の中に残された材料を確かめていく。
小豆も米も粒が揃っていて、見た目だけは悪くない。
(この流れでいくと、薬草以外の葉っぱもなんかの材料だよな)
肝心なサポートキャラクターのファルは、リアムのサポートに入っていた。
砂糖やバターを手際よく計量していく様子なんて、魔法学園に通う必要もない菓子職人という肩書が相応しい所作だと思う。
(お菓子に使うってなると、抹茶かほうじ茶か……?)
リアムの動作ひとつひとつに無駄なものは一切なく、この場は完全にリアムの独擅場と化していた。
(でも、この乙女ゲームには、主人公が二人いる)
手に力を込めるけど、自分の考えを他人に伝えるのは怖いなって思う。
「リアム!」
リアムが、ちらりと顔を上げてくれた。
どんなに作業に集中していても、俺の声が届いたことに安堵の気持ちが湧き上がってくる。
「この葉っぱ……多分、粉にしてスコーンに混ぜたら、色も香りも変えられるんじゃないかなーって……」
自分の声に、少しの緊張が混ざっているのが分かる。
それでも手に握った葉っぱを落とすわけにはいかず、しっかりと手に力を込める。
「ニコ……それはお菓子用じゃなくて、薬用だよ」
「え?」
リアムは呆れ返ってしまったのか、再び手元の作業へと集中し始める。
そんな展開を予想していたものの、リアムは俺に別の展開をもたらした。
「それはグリーンブラットって言って、ちょっとした体調不良に使われる葉っぱ」
リアムの視線は手元へと戻ってしまい、作業を止めることはないっていうのは予想通り。
でも、俺との会話を続けてくれたことに大きな感謝の意を示したい。




