60.ブレンからの忠告
「素晴らしいですな」
拍手の音がする。ブレンだ。
彼はわずかに口元に笑みを浮かべ、本心から祝福するように言った。
「私としましても、『強さを持つディアナ様』と『指導者として素晴らしいエリアス様』のお二人が仲睦まじいのは喜ばしいことです」
しかし打算を伴った祝福だったらしい。なんとなくエリアスとディアナは同時にすっと握っていた手を下に下ろした。
しかしまだ手はつないだままだ。その温度にディアナはひっそりとにやける。
「ブレンも、先ほどの決闘は見事でしたね。これからの働きに期待しています」
エリアスはさすがと言うべきか。先ほどの変態っぷりを前にしてもそう労いの言葉を彼にかけた。それにブレンは恭しく頭を下げてみせる。
「過分なお言葉、ありがとうございます。しかし可能であればもう少し手厳しい言葉をいただけると更に嬉しいですな」
しかしダメだしされた。それにエリアスはしばし斜め上方を見つめてなにかを考え込む。
そしてすっと視線をブレンへと戻した。
その青い瞳はさきほどディアナと見つめ合った時とは異なり、氷のように冷え切っている。
「おまえ、そう簡単に僕から厳しい言葉をもらえると思っているのですか?」
顎を少し上げ、いかにも傲岸不遜といった視線でブレンのことを見下す。
「敗者にそのような褒美をやるわけがないでしょう。もう少しマシな働きをしてからそのような褒美はねだりなさい」
「……っ」
ブレンの頬がぱっと朱に染まった。そしてあからさまに目に喜色を浮かべて胸に手を当ててみせる。
「はっ、申し訳ありませんでした! エリアス様!」
「わかればよろしい」
そうエリアスは尊大にうなずいた。
(さすがだわ……)
その光景を見てディアナはうなる。
素晴らしい適応力と演技力だ。
(さすがは悪魔……っ)
しかしやっていることはただのマゾへのリップサービスだ。
彼は一体そのことをどう思っているのだろう、とディアナはその顔を見上げたが、彼は心底無関心そうに喜ぶブレンのことを見ていた。
「……ひぅっ」
その欠片も関心の色のない瞳の冷たさに、ディアナのほうが恐怖の声をもらしてしまう。
しかしブレンにとってはそれすらもご褒美なのかもしれない。彼はしっぽを振りながら、「つきましてはエリアス様」と弾んだ声をかけた。
「私に新たな名前をいただけないでしょうか?」
「名前?」
そこでやっとエリアスの瞳に関心の色が戻る。それにぴしり、とまるで敬虔な従者のように膝をついてみせながら、ブレンは続けた。
「今のこの『ブレン』という名はルートヴィヒ様から帝国風の名前をいただいたもの。元々の名前は彼に負けた時に捨てました。ですので、今回敗北しあなたに下るにあたり、新しい名前をいただきたいのです」
ブレンはその赤い瞳でエリアスのことを真摯に見つめた。
「あなた様に服従する者の名を、お与えください」
「ーーでは、『ブレン』」
エリアスは静かに彼の額に手を伸ばした。そしてまるで託宣でも授けるかのようにそっと触れる。
「その名は僕が預かります。そしてあなたにはこの名を授けます。ーー『ブレン』、そう名乗りなさい」
「……っ」
ブレンの瞳が大きく見開かれた。その目を見つめながら、エリアスは告げる。
「それは父にもらった大切な名でしょう。それを僕からも送らせてください。主が変わったからといって、大切な思い出まで捨てる必要はありません」
やがてブレンの瞳から一筋、ぽろりと涙がこぼれた。真珠のようにたった一つ転がり落ちたそれは、すぐに地面へと吸収されて消える。そしてブレンの頬には痕すらも残らなかった。
見間違いかと疑うような涙の後、彼は静かに目を伏せる。
「……っ、ありがとうございます」
深々と下げられた頭で、彼は何を思っているのだろう。そのままうなだれたようにその場から動かなくなる。
「ーーでは、そろそろ通常業務へ戻りましょうか。もう夕刻です」
エリアスはそう手を叩いて話を区切った。彼の心情を慮ったのかも知れないし、ただ話を終わらせたかったのかもしれない。どちらかはわからないが、周囲が夕日に照らされて赤く染まっているのは確かだった。
どうやらディアナは丸々一日戦い通しだったようだ。
「あっ、掃除!!」
気がついて叫ぶ。そして周囲を見渡した。
それは暗澹たる有様だった。
生け垣の一部はルリを投げたせいか折れていた。集めたはずの葉っぱや雑草は袋から飛び出して散乱している。
お世辞にも綺麗になったとは言えない。むしろ昨日よりも悪化している。
「ーーーーっ!」
「……まぁ、もっと素晴らしい戦果をあなたはあげました。この程度ご愛敬というものでしょう」
そう慰めるようにエリアスに肩を叩かれる。しかしディアナはうなだれた。
(わたしって! もしかしてメイドに向いてない!)
いや、別にメイドを目指しているわけではないのだが。ディアナはエリアスの騎士である。
ただ、なんというかーー、悲しかっただけだ。
ずん、と重い物を肩に背負いながらも、エリアスに手を引かれて歩き出したところで、
「エリアス様」
背後から名前を呼ばれた。
「まだなにか?」
少し怪訝そうにエリアスは振り返る。ディアナもそれに習って振り返り、その視線の先でブレンがとても神妙な顔で立ち上がる姿を見た。
夕日を背後に背負い、その姿はまるでシルエットのように黒く染まっている。
「ひとつ、ご忠告を」
黒い影の中で、夕日と同じ瞳だけが赤かった。
その深刻そうな雰囲気にエリアスが首だけではなく体ごと向ける。
「実はひとつ、私は気になっていることがございます」
「なんです?」
「生前の、ルートヴィヒ様のご発言です」
「父の?」
エリアスは眉をひそめた。ディアナも思わず唾を飲む。
ブレンの口から出る『ルートヴィヒの発言』。そして『ご忠告』。
ーーとても不吉な予感がした。
「ルートヴィヒ様の武勇伝はご存じでしょうか? 爆破魔法の中に突撃し、それでも亡くなることなく勇猛果敢に進軍されたというものです」
「ああ、それなら知っている」
ディアナも知っている。他でもないブレンから聞いた話だ。
触れれば爆発する魔法陣。その中に彼は勇猛果敢にただ一人突撃し、そして死を覚悟した部下の前に生還した姿をみせた。
「その後、ルートヴィヒ様は気になることを申されておりました」
ブレンは告げる。その言葉が妙に重い。
「よくご無事でしたね、と声をかけた自分に、彼は『自分の血筋には魔法がかけられている。一度だけは死んでもよみがえるのだ』と」
息を呑む。
(それってーー)
「ーー冗談でしょうな。事実、カークス様は亡くなられました。しかしどうしてでしょう?」
赤い夕闇の中で、黒い影がこくり、と首をかしげる。
「私は今、その言葉がどうにも気にかかって仕方がないのです」
(ーー『冗談』)
本当にそうだろうか?
ルートヴィヒがどういう人物なのかをディアナは知らない。そのような冗談を言いそうな気もするし、言わなさそうな気もする。
しかしブレンの言うとおり、その小さな疑念と不安は混じり合ってディアナの首筋を冷たく撫でた。
「わかりました、忠告ご苦労」
エリアスも同じ不安を感じているだろうか。見上げてもその表情からはわからない。
彼はいつもの頼もしさで、淡々と言葉を返す。
「留意しておきましょう」
ブレンはただ、静かに頭を下げた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
大変申し訳ないのですが、仕事が忙しくなってきた関係で更新を月、水、金の週三回に変更させていただければと思います。
時間はお昼の11:40ごろの更新にしたいと思います。
ご迷惑をおかけしますが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。





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