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悪魔侯爵の騎夫人〜気弱な奥様は最強の騎士〜  作者: 陸路りん
第1章 気弱な侯爵夫人ディアナ

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6.ディアナは地獄に落ちるのか?

 その瞳はカークスと同じ青色だ。しかしどうしてこんなに違う印象を受けるのだろう。

 彼らの外見がその色彩以外はあまりにも似ても似つかないからかもしれない。

 細マッチョなカークスとは異なり、エリアスは線の細い文学青年と言った風情だ。

 なんと彼に説明したものか、と押し黙るディアナに、

「なにか温かい物でも持ってこさせましょう」

 と彼はベルを鳴らした。

 しばらくして訪れたメイドに彼は「ホットミルクを」と伝える。

 メイドはすぐにミルクを温めて持ってきてくれた。

「ありがとう……」

 メイドに告げると彼女はなんとも言えない微妙な顔で一礼して去って行った。

(あったかい……)

 ホットミルクは熱すぎず丁度良い人肌の温度だ。

「……この家は武人の家系でしてね。特にこの帝国建国時の先祖は様々な逸話を持っていて、殺されるほどの致命傷を負ったにも関わらず戦場をかけ続けて敵を恐怖に陥れたと言われるほどの戦士だったそうです。それ以外にも歴代の先祖たちが次々と武功を立てて今の地位まで成ったのですよ」

 突然彼が話し出す。あまりにも状況に関係のない話に、おそらくディアナが落ち着くのを待ってくれているのだろうと彼女は察した。

「……兄は生まれる時代を間違えた」

 見ると、彼は苦々しい顔をしていた。彼の手にもメイドが気を利かせて作ってくれたホットミルクがある。

 彼はそれを口にはせず、睨むようにその白い水面を見つめていた。

「ここ数十年、帝国は他国と戦争をしていない。つまり兄は生まれてから戦に出たことがないんです。彼は武功を立てることを望んでいた。……もうそんな時代ではないのに」

 それはうっすらと察していた。カークスの苛立ちはいろいろなものに起因してはいたが、一番の根っこには『先祖のような武勇伝が自分にはない』ということがあるような気がしていた。

「うちの家にもあるわ。ご先祖さまの逸話」

 ディアナはわざと文脈を切った。今はカークスの話よりも、とりとめのない話がしたかった。

「わたしの家の先祖は元は小さな土地の領主の騎士だったの。その仕える主人の一番の末の子に恋した騎士が、森に住む魔物を剣一本で退治したのよ。その手柄で爵位と領地を得て、身分違いの恋を叶えたの」

「ロマンチックですね」

「その話、小さな時からとっても好きだった」

 ディアナは夢想する。貧相な鎧を身につけた騎士が剣をたずさえて美しい絹を身にまとった貴族にひざまずく。そして剣をささげるのだ。剣をささげられた主人はその手をとって、そしてその頬にキスを落とす。

 二人はそうして身分差を乗り越え、真実の愛で結ばれるのだ。

 小さい頃に繰り返し親にせがんだ物語。

「だからうちの父も騎士の称号を持っているの。都の剣術大会で入賞したこともあるのよ。母の家系は魔術師で……、わたしも魔術師になりたくて稽古をせがんだけれど……、だめね。わたしには才能がなかったみたい」

 勇敢な父に病弱な母。まるでご先祖様の物語のように仲睦まじい二人にも憧れていた。しかしそれとはあまりにかけ離れた自分の現在を思い出し、ディアナは軽く落ち込む。

「……わたしは、地獄に落ちるのかしら」

「そうでしょうね」

 ぽつりとつぶやいた声にあっさりとした肯定が返ってくる。

 見上げると静かな青い瞳がこちらをじっと見ていた。

「あなたはいい加減自覚をするべきです。あなたを守る騎士ナイトなんてものはこの世に存在しないのだと」

 その言葉は鋭い針のようにディアナの胸に刺さった。

(そっか)

 それと同時にすとん、と納得する。自分では気づいていなかった。けれどディアナは、

(わたしは、わたしを助けてくれる騎士をずっと待っていたんだ……)

 それだけを夢想して、ずっとこの三年間を耐え忍んできたのだ。

(でも……)

 ディアナは思う。

 ちらりと見るとそこには青い瞳をした優美な青年の姿。

「……あなたは助けてくれたじゃない」

 冷遇されて打ちのめされているディアナを、兄への殺意という下心があるとはいえ毎日なぐさめてくれた。

 お腹をすかせている時はこっそり差し入れをしてくれた。傷に軟膏を塗ってくれた時もあった。

 すべて、カークスの目を盗んで。

 そして、今回。

 殺人を犯したディアナのことを、そのままつるし上げるのではなくかばってくれた。

 その裏にどんな理由があるにせよ、ディアナが救われたのは事実だ。

「え?」

 彼は聞き取れなかったのか、そう首をかしげた。それにディアナは「なんでもないわ」と誤魔化す。

 彼はしばらくディアナのことを不思議そうに見つめていたが、やがて

「でも安心してください」と嘘くさい笑顔をにっこり浮かべた。

「僕も一緒に地獄に落ちますから」

「え」

「はい」

 ぽかん、とするディアナに彼はにこにことうなずく。

 ディアナは少し考えた。いや、たっぷり三十秒ほどは考え込んだ。

「……。それってなにかの救いになるの?」

 そのあまりにも率直すぎる質問に彼は吹き出す。

「ひどいなぁ。でも一人よりはましでしょう? 寂しくないですよ」

「まぁ……」

(確かに……)

 一人で地獄に行くよりは。このふてぶてしい男と共に行ったほうがそこそこ生き延びられそうだ。

 彼は笑みを浮かべるとディアナの前髪を労るように指先でなでた。

「今日はもう遅い……。お休みになられるのがいいでしょう。僕はこれで失礼します」

 そう言って立ち上がる。ディアナはその後ろ姿をなにも言えずに見送る。

「あ、そうそう」

 しかし扉まで行ったところで彼はくるりと振り返った。

「葬儀なんですがね、三日後、いや、もう日付は変わっているから明日ですね。に、とりおこないますんで」

「え?」

 確かに、葬儀は遺体の腐敗が起きる前におこなったほうが良いが、遺体を冷やす魔道具が一般に普及してからはよほどの理由がない限り一週間前後で行うことが普通だ。

 親戚にも声をかけなくてはいけないし、ゆっくりと故人の死を悼む意味合いもあり教会もそれを推奨している。

「ほら、時間を与えると何があるかわからないので」

「時間……?」

「母親のハンナ・レーヴラインですよ」

 彼の言葉にディアナははっとした。

「え、でも……、うまく丸め込んだんじゃあ……」

「今は混乱してますからねぇ。でも正気に返ったら絶対黙っていませんよ。今のうちに国のほうにも僕とあなたが結婚して領地を継ぐ予定だと書状を出さないと……。受理されるまでにたぶん早くても一週間はかかりますから」

 彼は陽気にウインクをしてみせる。

「その前に僕かあなたが殺されでもしたらすべておじゃんです」

「こ、殺され……」

「だってそうしたら、母が親戚から養子でもとって継がせれば彼女は全部を掌握できるでしょう?」

「……。ねぇ、疑問なんだけど。なんであなたとお義母さまは仲が悪いの……?」

 これまでは疑問に思っていなかった。いや、疑問に思うほどの余裕がなかった。

 エリアスはいままで離れで一人生活しており、たまにふらりと本館に訪れるが家族と寝食を共にすることはなかった。いままではカークスとディアナが結婚したのでそれを期に離れに移動しただけだと思っていが、今の彼の立ち振る舞いを見るに家族との確執があったようだ。エリアスはカークスを殺したいと思っていたようだし、母のハンナとも敵対しているらしい。

 そしてそれは次男であるエリアスを当主にしたくないと考えるほどに重大な溝なのだ。

 ディアナのその問いに、彼はけろりと答えた。

「僕は愛人の子なんですよ」

「え」

「父が奴隷の女との間に作った子です。つまりハンナとは血のつながりがない。まぁ、書類上は金を積んで正式に二人の子として登録されていますがね」

「……」

 ぽかん、とディアナは口を開ける。

「……お金を積んだらそんな不正ができるの?」

 違う。突っ込むところはそこではない。

 自分でもそうわかっているのに、最初に口をついて出た疑問はそれだった。

 それに彼は再度吹き出す。

「ええ、できるんです。侯爵家の権威と金があればね。さて、質問はここまでにしましょう。どうぞ……」

 彼は扉を開ける。そして廊下へと出るとディアナのことを振り向いて優雅に一礼してみせた。

「良い夢を。ディアナさん」

 青い瞳がやわらかく微笑む。

 それは楽しい夢の世界に誘うような、優しいまなざしだった。

「……名前、初めて呼ばれたわ」

 ディアナがそうぽつんとつぶやいたのは、扉が閉じてしばらく経ってからのことだった。

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