58.エリアスははたしてクソ野郎なのか?
「ディアナ、よくやってくれました!」
剣をブレンから離す。それと同時にエリアスたちが駆け寄ってきた。
ルリとハリはブレンの首の手当のためかどこから取り出したのか包帯のような白い布を当て、ネルとエリアスはディアナの側に駆けつけてくれた。執事のアスターはエリアスの斜め後方に控えるようにして立っている。
「エリアス」
「あなたのおかげで僕の野望にまた一歩近づきます。礼を言います」
「かまわないわ」
ディアナは笑う。とても晴れやかな気分だった。
「だってわたしはあなたの騎士だもの」
「……そうですね」
エリアスは苦笑した。繊細な銀細工のような長いまつげに氷の影のように青い瞳。その優美な顔立ちを眺めて、ふとディアナは思い出した。
「そういえばエリアス、わたしあなたに言わないといけないことがあったの」
「……? なんですか?」
不思議そうの首をかしげるエリアスのことが妙に可愛らしく見える。随分と浮かれていることをディアナは自覚しつつ、そのうわついた気分のまま口にした。
「エリアスに婚約者がいたって話を聞いたの!」
その瞬間、空気が凍った。
(あら? もしかしてまた間違えたかしら?)
もはやさきほどまでのふわふわとした気持ちよさは消えていた。若干きょどりながらも、しかし話を止められる雰囲気でもない。
「え、えっと、だからね、だから……、思い合っている二人を引き裂くのもどうかなー、と、おもっ、て……」
だんだんと話す言葉は尻すぼみになっていく。ふと横を見るとネルがドン引きした目をしてエリアスのことを睨んでいた。そのまま彼女にぐい、と庇うようにしがみつかれる。
「最低です! エリアス様っ!!」
「いや、待ってください……。なに? え? 婚約者……?」
彼は青ざめた顔で手を額に当てる。
「どこから漏れたんだ……?」
「サイテーですぅぅぅぅっ!!」
ネルが叫んでますますディアナのことをぎゅうぎゅうと抱きしめた。本人的にはかばっているつもりなのかもしれないが、小柄なネルでは姉に抱きついている可愛い妹にしか見えない。思わずディアナは状況も忘れてその頭を撫でた。
途端、ぎろり、とその瞳がディアナのことを睨む。
「奥様もなんとか言ってやってください!」
「え、ああ、そうね……?」
そういえば話が途中になっていた。ディアナはうなずくとエリアスへと視線を戻した。
そして笑顔で告げる。
「だからね! その婚約者とは予定通り結婚してもらって、わたしはあなたの部下になればいいと思うの!」
善意百パーセントの笑顔である。
その瞬間、エリアスが完全に停止した。
(え、なんで?)
ディアナなりに一生懸命考えて出した結論である。
ハリの話を聞いた時、ディアナは思ったのだ。
別にエリアスと結婚する必要なくない? と。
ディアナはおそらくエリアスのことが好きだ。それが恋愛的な意味なのか人間的な好意なのかはまだ曖昧だが、いや、若干恋愛的な意味合いがありそうだとはわかったが、だとしても結婚する必要があるのか。
(だってエリアスはその婚約者の人と両思いなんでしょう?)
だったらディアナが身を引くべきだ。
ディアナの感情はディアナのものだ。それをエリアスに押しつける必要はない。
影からひっそりと好きで居ればいい。そのうちこの曖昧な感情もなくなって、ただの主人に対する尊敬と好意に変わるだろう。
ディアナがなによりも優先すべきは、そう、
(エリアスの幸せ!!)
そのためにディアナは彼の騎士として精一杯尽くせばいい。
ディアナの好意に対して何か形になるゴールがなくてもいい。ただ自分の気持ちを大事にできればそれでいいのだ。
なのに……、
(なんでエリアスはこんなに固まってるんだろう……?)
困っていまだにお腹に抱きついているネルのことを見ると、彼女のなぜかドン引きした顔をしてディアナのことを見ていた。
「えーと、ネル……?」
「奥様……」
ネルは神妙に告げる。
「ドン引きです」
「なんで!?」
「わかってないことにもドン引きです」
「だからなんで!?」
は-、と彼女は心底疲れたというようにため息をつく。
「いいですか、奥様、奥様は今修羅場にいます」
「え、修羅場? え? そうなの?」
「そんなんです!!」
どうやら気づかぬ間にディアナは修羅場とやらにいたらしい。とまどう彼女にネルは続ける。
「そしてあいつは最低の二股野郎です!!」
「はぁ……」
「つまり今奥様がすべきは!『わたしは身を引いておとなしく部下をやります!』なんて物わかりのいい女をすることじゃなく、『この最低くそ野郎!』とあの男を罵ることです!!」
最終的に彼女の中でエリアスは『最低くそ野郎』になってしまったらしい。ディアナはもはやなにも言えずかくかくとうなずく人形と化す。
「さぁ! もう奥様はなにも考えなくていいです! あたしの後に続けて言ってください! この最低くそみそ野郎!! リピートアフターミー!!」
「こ、この……?」
「この最低くそくず野郎!! です!」
「なんかさっきと言葉が微妙に違わない?」
「ほぼ似たようなもんです! 大丈夫です!!」
「ーー誤解です!!」
二人のやりとりにエリアスが抗議の声をあげた。





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