57.無邪気な彼女
(ーーこの女っ!!)
思わず口角が上がる。
もしもブレンの手が止まるのがあとほんの少し遅かったら、おそらく彼女はためらわず首を跳ね飛ばしていたことだろう。
申し訳なさそうに下がった眉、しかしその黄金の瞳は如実に告げている。
この人、思ったよりも剣に気づくのが遅かったな、と。
おそらく謝罪は想定よりも剣が深く刺さってしまったことに対するものだろう。すなわち、ブレンの技量が想定よりも高く見積もり過ぎた結果、怪我を深く負わせてしまったことをわびているのである。
こんな屈辱的なことがあろうか。
しかもこの女はそれを煽る目的ではなく、ただシンプルに申し訳ないと思って口にしている。
しかし続く言葉にブレンはさらに絶句した。
彼女の紅い唇が動くのが、嫌にはっきりと見える。
「わたし、降参ってしたことがないの。どうやったらいいか教えてくれる?」
それは心底困り切ったというような、途方に暮れた声だった。
次の瞬間、甲高い音がしてなにかが地面に落ちた。
身動きが取れないままそれをブレンの目が捉える。
鞘だ。
ディアナの腰にささっていたはずの鞘が、なぜか地面に転がっていた。
「ーーふっ」
思わず笑みがこぼれる。
先ほどブレンが下方から剣を突き出されたと思っていた攻撃、あれは鞘を投げただけだったのだ。
そう、ディアナは最初からあの一撃でブレンを仕留める気などなかった。
だから鞘を投げ、ブレンがのけぞっている隙に彼女はすでに素早く身を起こしていたのだ。
だからブレンよりも次の攻撃に移るのが早かったのだ。
(ーー完敗だ)
ブレンは目をつぶる。そして開けた。
「純真無垢で、無自覚な嫌みというものも良いものですな」
「やばいわあいつ、なんとかしないと……」
ブレンの優れた聴力は生け垣の側でそうつぶやいたネルの言葉を捉えた。しかしそれを無視して胸に手を当ててうなだれる。
「私、あらたな扉を開きそうです」
「……ええーと」
おそらく彼女は何を言われているか理解していないだろう。しかしなんとなくろくでもないことを言われていることだけは理解できるのか、さらに困ったように眉をハの字に下げる。
それにブレンは口角を上げる。
「申し訳ありません。もっとわかりやすく言いましょう。私の負けです」
ブレンは首を動かした。首筋に食い込む剣がすれて血が流れ出すがそんなものはどうでもいい。顎を引くと肩に頬を寄せるようにして、自らの首に食い込んだままの剣に唇を寄せるようにしてキスを落とす。
「私はあなたとあなたの主人であるエリアス様に忠誠を誓います。ディアナ様」
その瞬間、彼女の表情がぱっ、と花のようにほころんだ。
「ありがとう! これからよろしくね、ブレン」
彼女は剣を首筋に刺している人物とは思えないような、はにかんだ可憐な笑みを浮かべた。





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