55.豆腐メンタルの立て直し方
(どうしよう……)
ディアナは涙目で周囲に助けを求めた。しかしみんなディアナと目が合うと気まずそうに視線をそらしてしまう。
唯一目があったエリアスに、ディアナは目線ですがりついた。
「エリアスっ!!」
「……っ、ディアナ、耐えてください……っ!」
彼は苦い物を飲み下すように眉間に皺を寄せて告げる。
「今回のは完全に僕の失策です! 彼に対する理解が甘かった! しかし、こちらから決闘を挑んでしまった以上、今更『やっぱりなし』はできません!」
彼の言うことは最もだった。そもそもディアナから強くゆすって決闘をさせてもらっているのだ。
今更やめるなんてことが許されるわけがない。
ディアナはブレンの方を向いた。彼の血走った目がこちらを熱心に見つめてくる。
ごくり、と唾を飲み込む。
「わ、わわわわわたしっ、が、がががががんばるわ……っ」
震える声で、ディアナはそう口にした。
(ディアナ……)
エリアスはぐっと拳を握りしめる。
(いや、本当に……、ブレンがまさかこんな変態だったとは……っ)
もしかしたらエリアスが思う以上にこの屋敷にはまともな人間はいなかったのかもしれない。
今回ディアナが危ないと血相を変えて飛び込んできたネルというメイド。彼女もはっきり言って危険人物な気がしている。白兎族とのハーフだが能力は人間並み、という触れ込みだったはずなのに、さきほどディアナの元へ駆けつけたその脚力はどう考えても人間並みではなかった。
(裏がありそうな性格なのは把握していたが……)
ブレンもネルも、である。しかしもしかしたら白兎族の能力を隠しているかもとは想定できても、まさかブレンがとんでもないマゾかもなんて予想できるはずもない。
(いや、問題はディアナだ)
過去を悔やんでもしかたがない。重要なのはいつだって今である。
問題はディアナが非常にメンタルに左右されやすい人間、だということである。
彼女のことを見ると案の定、さきほどまでの堂々とした姿はどこえやら、及び腰でしおしおにしぼんでしまっている。
(かわいそうに……)
思わず逃げてもいいよ、と言いたくなってしまうが、先ほどディアナに言ったようにそれはできない状況だ。
おそらくそうなるように、取り返しの付かない決闘が始まった後のタイミングでブレンはカミングアウトしてきたのだ。
非常に知能的で悪質な変態である。
まぁもうこの際エリアスは腹をくくろう。ブレンが望むのならば言葉責めとやらをしてやってもかまわない。それくらいの価値が彼にはある。
しかし問題はディアナだ。きっと今の彼女のパフォーマンスは著しく落ちている。
(くそっ、どうする……?)
ディアナの性格、行動パターン、そこから一体どうすれば彼女のメンタルを立て直せるのか。
エリアスはめまぐるしく思考を巡らせた。
そして苦肉の策を思いつく。
「ディアナ!」
エリアスはしおれた彼女に呼びかけた。
「あなたの目の前にいるのはただの獣です! 人間の姿をしてそれらしいことをしゃべっていますが、それはただの鳴き声で意味はありません!!」
「……え?」
青ざめた顔でうなずく彼女にエリアスは元気づけるようにうなずいてみせる。
「なによりも彼は敵です。討ち滅ぼすべき存在。その相手がなにを喜ぼうとなにを苦痛に感じようと、あなたはなにも気にする必要がありません。ただ彼が僕の脅威とならないように倒せばいいだけです。わかりますか?」
これは賭けだ。彼女は素直な性質だ。その素直さに賭けた。
つまり、
「なにも考えなくていいので、目の前の脅威をただ黙らせてください」
思考を停止させて目的をひとつに絞るように単純に指示するだけである。
しかし彼女は目を白黒させるだけでおろおろと戸惑っている。
(あれは……、言った内容が頭に入っていないな……)
動揺が先に立ってこちらの話を聞いていない。
エリアスは少し考えると、指先でちょいちょいと彼女を呼んだ。それに彼女はとまどったようにきょろきょろとしたが、ブレンが「どうぞ」と手のひらを示して行くように促した。
彼もこのままの彼女と戦うのはつまらないと思ったのだろう。
(だったら余計なことを言わずに最後まで黙っていろよ)
とは思うが、まぁ、心の欲望がダダ漏れてしまったのだろう。彼も当初は自分の性癖の暴露など予定していなかったに違いない。
(今考えるべきはーー)
彼女の中の感情をリセットする方法だ。一度冷静になってもらう必要がある。
ディアナが目の前まで来た。疑問符を浮かべて所在なさげに立つ彼女は、メイドの格好も相まってどこからどうみても気弱なお嬢さんにしか見えない。
「ディアナ」
エリアスは名前を呼ぶ。彼女は困ったようにエリアスのことを見た。しかしその視線はしきりに背後を警戒しており、ブレンを気にしているのがわかる。
エリアスは安心させるように微笑むと彼女の細い肩を掴んで抱きしめた。そして、
ーーその耳を噛んだ。
「ぎゃんっ!」
まるでしっぽを踏まれた犬のような声を出して彼女がびくりと震える。 しかし相手がエリアスだとわかっているからか突き飛ばしたり剣を振るう様子はなかった。
それに満足してエリアスは密着していた体を離す。
「ディアナ」
そしてもう一度彼女の名前を呼ぶ。再び見た彼女の目は涙目だったが、エリアスのことを真っ直ぐに映していた。
ブレンよりも、エリアスに意識を大きく割いているのがわかる。
(よし、いける)
その様子にひとつうなずいてエリアスは問いかけた。
「あなたの中で、ブレンと僕、どちらの方が大きな存在ですか?」
彼女の黄金の瞳が見開かれる。
(ずるい質問だな)
我がことながら思う。しかし彼女は期待通り、
「エリアス」
そう答えた。その迷いのなさに尋ねたエリアスのほうがほっと安堵の息をつきかける。
思わず上がりそうになる口角をぐっとこらえて、エリアスは真剣な表情を作った。
「ならば、僕のことだけを考えていてください」
目に力を込める。ディアナの意識を一度ブレンから切り離さなくてはならない。そして感情をリセットさせる必要がある。
「あなたは僕の騎士だ。だから僕の敵を討ち滅ぼす。それ以外の些末ごとはすべて僕に任せてください」
目的はシンプルに。命令は簡潔に。そのことだけを考えてもらったほうが、おそらく彼女は強い。
「彼の性格だの倒した後だのをあなたが考える必要はありません。僕が全部なんとかします。あなたの仕事は単純です」
指を差す。その先を彼女の視線が追った。
指さした先は、ブレン。
「勝ってください」
彼女の瞳の色が変わるのがわかった。さきほどまでの不安は消え、標的を絞った肉食獣のように鋭く獲物を見据える。
シュランゲを倒すと決めた、あの時のような瞳。
彼女の視線がエリアスに戻ってくる。その視線の強さにどくり、と心臓が高鳴る。
「ええ」
彼女はそのまま地面に片膝をつくと、エリアスの手の甲に恭しく口づけを落とした。
「あなたのために、勝つわ」
「……っ、お願いします」
頬の紅潮も唇に浮かぶ笑みも押さえられない。どくどくと心臓が脈打つ音がする。
こんな高揚を感じることはそうはなかった。すべては彼女と出会ってから。彼女と接するようになってからだ。
今までどんなにエリアスがあがいても動かなかった運命とやらが、まるで足りなかったピースが当てはまり歯車が回り出すように、滑らかに走り出す。
(いけるかも知れない)
彼女といるとそう思わせてくれる。諦めているつもりはなかった。諦めるつもりもなかった。けれどどこかでこのままでは足りないと思っていた部分が、満たされる。
(ああ、こういう存在を……)
エリアスは思う。所詮は秀才に過ぎないエリアスには決して得られないもの。それを彼女は持っている。
(傑物と人は呼ぶのか)
彼女が身をひるがえす。それに合わせて長いポニーテールが弧を描いた。
彼女はもう振り返らない。その足取りに迷いはない。
この勝負は、ディアナが勝つ。
なんの確証もないのに、そんな確信を抱くのは、普段計算ばかりをしているエリアスには初めての経験だった。





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