51.決闘の申し込み
「では、一度解散ということで」
そう疲れたようにエリアスは言った。それにディアナは慌てて挙手する。
「……はい、なんですか、ディアナ」
それに実に嫌そうに目を細めてエリアスは指名する。
「それなんだけどね、本丸がまだなの」
しかし言うことは言わねばならない。ディアナは勢い込んでそう言った。
「『本丸』……?」
「そうよ! わたしの狙いは最初からハリ達じゃないわ! つまりね、わたしは……」
ごほん、と咳払いする音が響いた。
それにディアナは反射的に音のした方を振り返りそれと同時に剣を抜き放つ。
「これは皆さまおそろいで。これは一体なんの会合ですかな?」
そこにはディアナの本丸。いつの間に現れたのか、ブレンが立っていた。
彼はこつこつと石畳をその革靴で踏みしめながら歩いてくる。庭園のちょうど入り口、そこに彼はいつの間にか立っていた。
こつり、と音を立てて彼はディアナとエリアスのちょうど正面、しかし少し距離を取った位置に立ち止まる。
しゃんと伸びた背筋にぶれない体幹、老齢にも関わらず年齢を感じさせない筋肉質な肢体。彼はその冷静な紅い瞳で甥っ子達をじろりと睥睨すると、ため息をついた。
「どうやら、この二人がまた騒動を起こしたようですな」
「お、叔父さん! 違うよーっ、ちょっと遊んでただけだよー」
「そうだよー、ディアナ様とちょっと遊んでただけだよー」
そう言いつのる甥たちに彼はほんのわずか不審げに眉をひそめると、次に地面に落ちた折れたスコップと甥の傷だらけの体、ディアナの破れたスカートと頬の傷を見て何かを理解したようにうなずいた。
「なるほど、ずいぶんと『仲良く』なられたようだ」
「ええ、『仲良く』なったの」
ディアナはずずいと前に進み出た。慣れないことをして噛みそうだったが、なんとか耐えて言い切る。
だってもう、ディアナは決めたのだ。
そしてこの方法しか彼女は『説得の仕方』を知らない。
抜き身の剣の切っ先をすらりとブレンへと向ける。足は肩幅に開き、いつでもどこからの攻撃でも対応できるように備えた。
告げる。
「あなたに決闘を挑むわ、ブレン」
その発言に息を呑んだのは一体誰だっただろう。背後で聞こえたためディアナにはわからなかったが、少なくともブレンはまったく驚いていなかった。
「わたしが勝ったら、あなたはエリアスに忠誠を誓ってちょうだい」
ブレンはひょいと眉を上げた。そして口を開く。
「嫌です」
にべもなかった。
「え……」
ディアナは固まった。そしてしばらくしてからはっ、と我に返り、背後を振り返る。
「どうしよう!」
「ええ?」
背後に立っていたエリアスは、それに戸惑いの声をあげた。
「どうしようって……」
「断られるなんて全然考えてなかったわ!」
そう、断られるなんて思っていなかった。決闘を挑んだら当たり前に受けてくれると思っていた。
エリアスは呆れたように「とりあえず」と言った。
「なんで断るのか理由を聞かれては?」
「それもそうね!」
ディアナはくるりと再び体を反転させる。
「なんで断るの?」
「私にメリットがありませんので」
ブレンの言葉はどこまでも簡潔だ。
「先日お伝えしましたが、私は近々お暇をいただこうと思っております。あなたの勝負を受けて、私が勝ったところで何もメリットがない。ただ当初の予定通りこの屋敷を去るのみです。それなのにわざわざ決闘を受ける必要がありますか?」
「ううっ」
ぐうの音も出ない。確かに彼の言うとおり、これはディアナとエリアスにばかり都合の良い勝負だった。
しかしディアナが彼に差し出せるものなど。
「あ、あなたが勝ったらなにか好きなものを狩ってきてあげるわ! シュランゲとかエーバとか、なんでも好きな魔獣を取ってきてあげる」
「いりません」
返答はにべもない。
「必要なら自分で取ります」
「じゃ、じゃあ、畑仕事とかっ! わたし上手よ! いっぱい野菜を作ってあげる!」
「いりません」
「じゃ、じゃあっ!」
そこまで勢い込んで言って、ディアナはその続きが出てこなかった。他に差し出せるものが思いつかない。
「ええーと、ええーとっ!」
必死に頭を振り絞って、わずかに頭の片隅にちらりと思い浮かんだことがあった。それをなんにも考えずにわしづかみ、口にする。
「わ、わたしを好きにしていいわ!!」
「いりません」
非常に侮蔑するような目を向けられた。
「私にそのような趣味はございません」
「……」
それはそうだ、とディアナも深くうなずく。
そんなものを寄こされたところで、ディアナだっていらない。
(一体どうすれば……)
うんうんとうなる彼女に、「ディアナ、ディアナ」と声がかけられた。振り向くとエリアスが指でちょいちょいと呼んでいる。
「どうしよう! エリアス! 決闘までそもそもたどり着けないわ!」
「うんうん、そうですねぇ。とりあえずまずは大前提としてなんですが……」
すがりつくディアナに、彼はどこまでも冷静に告げた。
「ブレンと戦うのは危険です」
それは至極真剣な口調だった。





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