49. 決着
ディアナはスコップを構えた。真っ直ぐに腕を伸ばして、ハリを仕留めると、そう宣言するようにその切っ先を彼に向ける。
届かない位置にいるはずなのに、ハリがほんのわずか、怯えるように息を呑むその息づかいを感じた気がした。
(ひるんだな)
そう確信した瞬間、ディアナは一歩足を踏み出した。ーーと、同時に爆発するような速度でハリがこちらへと飛びかかってくる。
目で追う必要などはなかった。
怯えをみせた彼が、ディアナが踏み出せばそうやって威嚇のために飛びかかってくることは、これまでの攻防から容易に想像がついたからだ。
ディアナの思考は驚くほどにクリアだった。さきほどまで一体何に手こずっていたのかと不思議になるほどだ。
(嫌だわ、わたし……)
ディアナがスコップを横に構える。その木製の柄の部分をハリは躊躇なく握り潰した。
(あれこれ考え過ぎて、弱っていたみたい……)
それこそエリアスに言ったように、ディアナの強さは『メンタルに左右されすぎる』。
手にしていたスコップが真っ二つに折られた。そのままディアナに襲いかかってくるハリの爪をあらかじめ後方にステップを踏んでいたことで避ける。もう目前までハリの紅い瞳は迫っている。
目と目が合った。
最初に浮かんだのは疑問。なぜもろいスコップの柄の部分で攻撃を防ぐなんて真似をしたのかという問い。そして次に浮かんだのはとまどい。自分はなにか勘違いをしているのではないかという疑念。
そして最後は驚愕。おそらくルリはその瞬間、ディアナの狙いに確かに気がついた。
でももう遅い。
ディアナは右手に力を込める。ディアナの眼前に迫るほどにハリは接近していた。そうつまり、ディアナの割れたスコップを持つ手が届く位置まで。
宙に浮いているハリの胴体に向けてディアナは右手を振るった。砕かれたことで鋭利に尖った木製の柄が、凶器のようにハリの横っ腹へと食い込む。
「うぐあああああああっ!! あがぁっ!!」
悲鳴を上げるその体をそのまま吹き飛ばすのではなく地面にたたきつけた。
逃げようともんどり打つその体に足を振り下ろす。うめき声を上げて、それでもなお抵抗しようと爪を光らせるその首元にスコップを突きつける。
「動いたら殺すわ」
黄金の目で見下ろす。ハリはそこでやっと怯えたようにその動きを止めた。
そう、その速さを捉える必要など欠片もなかった。
ただ彼がディアナの都合の良い場所まで、飛び込んできてくれるよう誘導すればいいだけだったのだ。
ハリは恐怖に唇を引きつらせ、こちらを見上げていた。
「ーーハリ、あなた……」
「ハリっ!!」
ディアナの言葉を遮り声が飛んでくる。それはルリだった。ディアナはすぐさまハリにスコップを突きつけている方とは逆の手で、折れた柄を彼へと向ける。
ルリは怯えて足を止めた。しかしすぐにキッ、とにらみつけてくる。
「ハリを離せ! 殺すなら僕だけにしろ!!」
「る、ルリ……」
「最初におまえを攻撃したのは僕だろ! 殺すなら僕だけでいいだろうがっ!!」
そう怒鳴る目は非常に攻撃的だ。しかしその目からぽたり、と大粒の涙がこぼれ落ちた。最初はぽたぽたとあふれ出したそれは、すぐに滝のように流れ出す。
「頼むからっ! 僕だけにしろよぉっ!! ハリは僕と違って! 強いから一人でも生きていけるんだよぉっ!!」
「ルリ、ルリ……っ!!」
ディアナの体の下でハリが身じろいだ。もはや突きつけられたスコップなど視界には入っていないのだろう。彼は必死にルリへと手を伸ばす。
「違うよっ、生きていけないっ! 一人じゃ生きていけないからルリを巻き込んだんだっ! ごめんっ、ごめんなさいっ! 殺すなら僕にしてっ! ルリは僕に付き合わされただけなんだっ!!」
「……いや、二人とも殺さないけど」
突如始まったかばい合いに、ディアナはちょっと静かに引いた。
そもそもハリが殺しにかかってきたからディアナは応戦しただけであって、殺す理由などなにもない。そこまで考えて、はっ、とディアナはひらめいた。
「え、もしかして、これ殺したほうが良かったりする……?」
なんか白狼族の掟かなにかで負けたら死ななければならないとかあるのだろうか。
そんなディアナの疑問は、
「そんなわけないでしょうがぁ!」
という横から現れた第三者の叫び声でたたき落とされた。
思わず三人とも、生け垣から現れたその人物を見る。
「なんっでですかぁ! 今のは殺さないで和解するシーンでしょっ! こんな場面でボケないでくださいっ!」
それはネルだった。彼女はいつものメイド姿で元気いっぱい拳を振り上げて抗議していた。しかしすぐに「はっ!」と口元を押さえて立ちすくむ。
「つい思わず……っ! 奥様がふざけたことをおっしゃるからっ!」
「ごめんなさい。ありがとうね、ネル。ちなみにわたしはどうしたらいいかしら?」
「そんなの自分で決めてくださいっ」
それもそうだ。
ネルの言葉に納得して、ディアナは二人に向き直った。
「とりあえず二人とも殺さないわ」
そう言ってスコップをどける。するとすぐさまルリはハリに駆け寄って、可能な限りディアナから離れようとするかのようにずるずると後ずさった。
(なんだろう? なんだか釈然としないわ……)
そう思いながらもとりあえずスコップのうちの柄の部分を地面に投げ捨てる。
「二人の悩みはね、わたしにはきっと本当の意味ではわからないわ。だからとりあえず、率直に思ったことを言ってもいい?」
尋ねたが、双子は二人とも怯えたように身を寄せ合うだけでうんともすんとも言わなかった。その沈黙を勝手に肯定と受け取ってディアナは口を開く。
「あのね、大丈夫よ」
ゆるく唇を上げてディアナは微笑む。
「だってあなたたち、二人ともおんなじくらい弱かったから」
それは輝かんばかりの善意の笑みだ。
「そんなに大きな差なんて、ないわ?」
「……奥様ぁ」
ネルが情けない声を上げた。それにディアナは首をひねる。
(わたし、なにかおかしなこと言ったかしら?)
でも二人とも、スコップで倒せるくらいには弱かったのだ。
見ると、ルリとハリは顔を見合わせていた。
しばらくして、「ふっ」と息を吐くような音がする。
「……ハリ?」
ルリが不安そうに片割れの名前を呼んだ。それに手を上げて少し待ってくれとジェスチャーをしながら、ハリは「ふっ、ふっ」と息を漏らす。
それは笑いだった。
かみ殺しきれない笑みが、漏れ出てしまっているのだ。
ハリが顔をあげる。その目元にはまだ涙がたまっていたが、表情は毒気が抜け落ちたかのように妙に晴れやかだった。
「ばっかみたい!」
彼は噛みしめるようにつぶやく。
「僕もルリも『同じくらいに弱い』、かぁ……」
「ええーと、ハリ……」
ごめんね、とディアナは言おうとした。どうやら彼のことを傷つけてしまったらしいと思ったからだ。しかし彼は首を横に振ると晴れやかなな笑顔をディアナへと向けた。
それは屈託のない、少年の笑顔だ。
「そんなこと初めて言われたよー。もう、アイリスちゃん、いや、ディアナさま……」
に、と紅い瞳がいたずらげに微笑む。
「大好き」
美少年からの突然の言葉にディアナは固まる。
「ちょっと待て」
ディアナの背後から、再び別の声が聞こえた。





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