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悪魔侯爵と騎士夫人の真っ黒な結婚  作者: 陸路りん
第2章 屋敷のボスを攻略せよ!

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48.ハリの覚悟、ディアナの覚悟

すみませんでした。投稿予約をしたつもりができていませんでした。

遅れましたが本日ぶんを投稿しました。

大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

引き続きどうぞよろしくお願いします。

 ディアナはその爪を半歩横にずれることで避けた。

(速い……っ!!)

 避けきれずにエプロンドレスの裾が切り裂かれる。そのまま更に追撃してこようとする爪をディアナはスコップでその動線をそらすことで回避した。大きく飛び退いて距離を取る。

(……やっぱり、ハリのほうが強い)

 二人とも攻撃の仕方は同じだ。しかし速度や筋力、反応速度がハリの方が上である。

「どうしてルリに合わせていたの?」

 ハリの姿を視認することはもはや困難だった。姿が見えるのは遠方で足を止める一瞬だけ。彼はディアナの射程の外を安全基地としてヒットアンドアウェイを繰り返して攻撃をしかけてくる。

 幸いなことに音や気配で近づいてきた時にその攻撃を捉えることだけは可能だった。ゆえに打ち返すことはできる。ーーしかし、

(このままでは防戦一方だわ)

 姿を捉えられない以上、こちらから攻撃を仕掛けることはできない。彼は慎重な性格なのだろう。こちらを攻撃するよりも捉えられないことを優先している節がある。ゆえにその攻撃は軽いが、そのままカウンターで反撃を仕掛けるのはすり抜けるように逃げてしまって困難だった。

(ルリの方は、もっと好戦的だった)

 ディアナを害することに重点をおいていた。だからすぐに捕らえて反撃ができたのだ。

(このままわたしが疲れるまで待つ気かしら)

 そうディアナは思った。今のところあちらも決め手に欠けるしディアナも防戦一方。しかしその状態を崩さないと言うことはなにか狙いがあるのだ。

 そう考えると持久戦に持ち込むのは悪くない案だった。ハリのほうがディアナよりも圧倒的に運動量が多いが、そもそも獣人は普通の人間よりも体力がある。その上ディアナは鍛えていたとはいえこの数年の軟禁生活で体力が落ちてしまっている。

(やっぱり、ハリの方が手強いわ)

 非常に慎重で冷静。そしてフィジカルの強さがある。

 だからこそ、ディアナには心底疑問だった。

「弱い方に合わせるなんて、勝率を下げるだけだわ。二人で戦うならもっと良い戦い方があると思うの」

 ルリとハリ二人と対峙した先ほどの戦闘。ハリはその速度を生かすことなく、ルリと同じ速度に落として戦っていた。

 その上、戦闘の主導権を握っていたのは、おそらくルリだ。

「ルリだって、あなたに『手加減』されるのは不本意じゃないのかしら?」

「馬鹿にするなっ!!」

 ずっと黙っていたハリが、そこでやっと怒声を返した。その紅い瞳は怒りに沸騰し、しかし隙なくこちらを伺う冷静さもわずかに残っている。

「ルリのことを侮辱する奴は許さない!! おまえに! 僕たちの一体なにがわかる!!」

 爪が飛んでくる。それをディアナはスコップでいなした。ハリはすぐに後方に飛び退いて再び爪を構えた。

 髪の隙間からディアナを睨むその目は、薄暗い。

「なまじ似ているから比較される。まったく違う造形をしていれば、そうすればきっとあそこまで貶められることなんてなかった。似ているならば、似ているからこそっ! それならばそれを逆手にとって、区別できなくすれば貶められることもなくなる。僕とルリは同一だ! 類似じゃない! 『同じ』なんだ! そうであればどちらかを下げるなんてことはできなくなる!!」

 最初は静かだった声が徐々に激昂に変わる。再びハリの姿はかき消えた。次に現れたのは左後方だ。

 ディアナはスコップを振る。甲高い音を立てて爪と金属がぶつかり合う。

「ルリと一緒にいるためなら、僕はなんだってしてみせる! たとえそれが周りからどんな愚かな真似に見えようとも、たとえルリ自身がそれを望んでいなかったとしても……っ」

 スコップを押す力が強くなる。初めてまともに武器をぶつけ合って拮抗したその顔は、自嘲にゆがんでいた。

「笑いたければ勝手に笑え」

 ディアナはその攻撃を横にいなして反撃に出ようとした。しかしそれをいち早く感じ取ったのか再びハリの姿はかき消える。

「……、あなたは素晴らしいわね」

 ディアナの手が届かない位置。目の前に立ったハリにディアナは告げた。

 ハリの言葉の意味を咀嚼するように噛みしめる。

 目から鱗が落ちるとはまさにこういうことを言うのだろう。そう思うくらいの爽快感だ。

 心にずっとかかっていたもやが、一瞬で晴れたような気がした。

「馬鹿にするなと……っ」

「馬鹿になんてしていないわ」

 ハリが目を見開くのが見えた。ディアナが接近したせいだろう。素早く彼の元まで駆けてその首元を狙ってスコップを突き出すが、彼は瞬時に大きく跳躍して後方に下がった。

 やはり、あの速度を捕らえるのは難しい。

「目的のためなら、周囲からどう見えようと、最悪その大切な相手にどう思われようとかまわない、というのにはとても感服したわ」

 それに引き換え今のディアナはどうだろう?

 ローザに言われたことに悩まされて、自分の立場がどうだのなんだのとぐじぐじ悩んでいる。

 ディアナの一番の目的はなんだろう?

(決まっている。エリアスの騎士として彼を守ることだ)

 ならばそれ以外は些事のはずだ。

 そう、ハリの言葉を聞いてディアナは悟った。

 ディアナがエリアスをどう思っているとか、ディアナの立場がどう変わるとか。そんなのは全部後回しだ。

 一番重要でぶれさせてはいけないのは、ディアナがエリアスの騎士であるということ。

 この数日間、エリアスと過ごしてディアナは変わった。

 悪に染まる覚悟を決めた。大切な人を守るために手を汚す決意を知った。

 自分は大切な誰かのためならば、誰かを害することができる人間なのだと、その残酷さを初めて知った。

 誰かを守るということは、誰かを蔑ろにするということだ。

 それは例えば守ると決めた相手の敵だ。その敵にも事情があるかもしれない。家族や恋人だっているだろう。

 しかしディアナはそれをまるごと無視してエリアスのために剣を振るうと決めたのだ。

(わたしはずっと薄情だった)

 誰も傷つけずに生きるには、目と耳を塞いで身動きを一切とらない意外に方法はない。そしてディアナはずっとそうして生きてきた。カークスを殺すまでは。

(けれどそれを辞めたのならば)

 自ら誰かを傷つけてでも動く、と決めたのならば。

(自分の気持ちになど、かかずらっている場合じゃないわ)

 ディアナはハリを見る。

「わたしもそうする」

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