47.ディアナという女
その日から二人は領主の屋敷に勤めることになった。
領主への忠誠心などない。しかしブレンに対する恩はあった。だからそれなりにおとなしく護衛の仕事をすることにした。
二人が勤め始めた頃にはもうとうにルートヴィヒは亡くなり、カークスが領主を務めていた。
カークスは楽だった。非常に馬鹿な上にこちらには無関心。ルリとハリを区別しようという気など欠片もない彼の元は居心地が良かった。
その上力では勝てないとわかるとこちらに近づきもしない。そういう臆病な奴の相手はやりやすい。
(でもエリアスは厄介だなー)
ハリは思う。
弟のエリアスはそうはいかない。彼はルリとハリの違いに気づいているような節があった。その上で二人が区別されることを嫌っていることにすら気づき、わざと見分けなどつかないかのように立ち振る舞っている。そんな気持ちの悪さがあった。
疑わしいが、殺すには根拠が足りない。
たぶん気づかれたのはルリとハリが使用人の何人かを害したからだ。みんな人なつっこく、仲良くしてくれた人達だった。しかし仲良くなったがゆえに彼らはルリとハリの区別ができるようになってしまった。それは許せることではなかった。だから怪我を負わせて追い出したのだ。
彼らは一体なにを勘違いしたのか。ルリとハリが傷を負わせたのはこのろくでもない屋敷からそれなりの賠償金を得て逃げ出すための口実を作るためだったのだ、と謎の思い違いをし、感謝の言葉を口にして去っていったが、そんなことは一切関係がない。
(あまり仲良くしないほうがいいなー)
距離が近いと見分けられる可能性が高まる。都合の良いことにその頃には悪評が広まって近づいてくる者はいなくなっていた。ハリたちの方から近づかなければ近づいてくる者はいないだろう。
(僕には、ルリがいればいい)
そしてルリにもハリがいればいいのだ。
だからもう、二人を見分ける人間はいない。ここは安泰だ。
ーーそう思っていた。
ハリの目の前には今、一人の女が立っている。
カークスがどこかからか娶った女。そして今はエリアスと結婚するかも知れない女。
ディアナ・レーヴライン。
彼女はスコップとちりとりでルリのことをたたきのめしてしまった。
(油断した……っ)
噂は聞いていた。たった一人でシュランゲを倒した女。所詮噂は噂。誇張されたものだろうと思っていた。
けれど今実際に対峙して思う。
(噂は本当だ)
一つにくくられた黒髪。真っ白い肌。しなやかな肢体。そのどれをとってもただの貴族の女でしかないというのに。
その黄金の目が。
まるで獲物を見つけた肉食獣のように、こちらを品定めしている。
それは戦いに挑む者の目ではない。ごちそうを前にしてどこから食べてやろうかと思案する捕食者の目だ。
彼女は自分が負けるなど、みじんも疑ってはいない。
(同じ目をした奴を、僕は知っている)
ブレンだ。保護者である叔父。彼も同じような目をよくしていた。
戦いのその過程。捕食するまでの行程すらも楽しんでいる。むしろ相手が強敵であれば強敵であるほどどう料理してやろうとよだれを垂らして喜ぶような、気の狂った戦闘狂。
(どうして、気づかなかったんだろう……?)
ブレンを見て知っていたはずなのに。
こういう奴は、グルメなのだ。だから普段はおとなしく、わざわざ乱暴に振る舞ったりしない。
美味しい相手を見つけた時だけ、その本性を現すのだ。
ディアナが、『シュランゲを倒した』というその噂に反して穏やかな女であった時点できちんと警戒するべきだった。
けれどもう遅い。ハリは眠れる獅子を起こしてしまった。
不幸中の幸いは、相手が剣を手にしていないことだ。
向こうの武器はスコップひとつ。
それならばハリにも十分に勝機がある。
ハリは爪を構える。
「おまえになにがわかる……っ!!」
そして駆けだした。





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