46.ルリとハリ②
「卑怯者だ」と糾弾されたのは当然の帰結だった。
あまりにも予想通りすぎて笑みすら浮かんでしまった。所詮こいつらは予想の範囲内の行動しかしないのだと思うと愉快ですらあった。
「二人で一人に挑み、あまつさえ殺すなど……っ!!」
唾を飛ばして怒鳴るのは、あの夜レッカと共に酒を飲み、同調していた奴のうちの一人だった。
「同意したのはレッカだよー?」
ハリはことさらのんびりした口調でそう告げた。そのほうがより相手の神経を逆なでできると思ったからだ。
「決闘を受けたのもレッカ。僕たち二人を一度に相手すると決めたのもレッカ。だめだよー。不満があるなら始める前に言わないとー」
にこにことルリもハリに合わせるようにして言った。そのぐうの音も出ないような正論に、相手は言葉に詰まる。
ルリとハリは鏡合わせのようにうり二つの表情でにっこりと笑った。
『負けてから異議を唱えるなんてー、馬鹿みたいね』
「……っ!! おまえら! ただで済むと思うなよ……っ!!」
二人の両手はレッカの血で真っ赤に染まっていた。その血まみれの手を合わせて仲良く握り、二人はくすくすと笑う。
集落はこの事件で激震が走ったようだった。
「勝負を受けたのはレッカ。負けたのならばレッカが悪い」という意見。
「二人で一人に挑むという前提がそもそも間違っている。それはレッカが受けたとしても卑怯であるという点は覆らない」という意見。
両方の意見が聞こえたが、概ねは後者の「決闘に二人で挑むなんて」という意見が大多数だったようだ。
「二人とも、自分たちが何をしたのかはわかっているのか?」
そうルリとハリに訊いたのは、騒動を受けて領主の屋敷から呼び出されたブレンだった。
厳格な顔を崩さず、しかしどこか気怠そうなその態度は、『面倒ごとはご免だ』と明確に告げている。
母方の叔父であるこの男が、誠実そうに見えて、いや、事実誠実なのだが、しかしそれと同じくらい事なかれ主義であることをルリもハリも知っていた。
『わかってまーす』
二人はそっぽを向いてふてくされたように返事を返した。それにブレンはため息をつく。
「ブレン! おまえの甥だとはいえこんなふざけた真似をする奴を許せるはずがない!! とっとと追い出せ!! それか俺に殺させろ!!」
そうわめく男は、ルリとハリが視線を向けると怯んだように口をつぐんだ。どちらか片方ならいざ知らず、二人を相手取ることの難しさを理解しているのだろう。
ふん、と鼻をならす双子に、その頭に軽く手を置きながらブレンは「黙りなさい」とうなるように言った。
その言葉が向けられたのは、男に対してだ。
「レッカ、と言ったか……。あの男、数日前に私に文を寄こしましてね」
ぺらり、と懐から紙を取り出して見せられる。そこに書かれていたのはーー、
「ルリを奴隷として領主の屋敷に上げてはどうだ、という内容です。理由はルリの方が弱いから、と」
そこまで言うと、ブレンはその手紙を勢いよく引き裂いた。その喉からは殺意のこもったうなり声が漏れ、いつもは上品に閉じられている唇から牙が覗いた。その紅い目に宿っているのは怒りだ。
「まったくもってふざけている」
決して大きな声ではない。語気を荒げてもいない。しかしそこに宿る確かな怒気に、周囲にいた人々は口をつぐんだ。
きっとみんな忘れていた。ハリもそうだ。前領主ルートヴィヒに仕えるようになってからブレンは物静かで生真面目な紳士だった。しかしその本性は変わっていないのだ。
この白狼族を率いていた長。気性が荒く、絶対的な暴力で皆を統率していた群れのボス。それがブレンだったと、この場にいた人間は皆やっと思い出した。
「先に侮辱したのはどちらだ。あの男もまさか名誉を傷つけて生きながらえるなどと甘い考えをしていたわけではあるまい。卑怯者のそしりは結構。それは甘んじて受け入れよう。しかし二人はその汚名を受ける変わりに自らの名誉を守ったのだ」
ブレンの周りにとぐろを巻くように怒りと殺意がまとわりついていた。彼が一歩踏み出すごとにそれは周囲を静かに伝播し威圧していく。
「それを私は誇りに思う。さすがは私の甥だ。事実に対するそしりは許すがあなどりは許さん」
男はもう何も言えなかった。ただ無様に地面に尻もちをつき、口を開いて怯えている。
ぎろり、と紅い瞳がそれを見下すように睥睨した。
「あまり私の手をわずらわせるな。私ももういい年だ。いちいち殺すのもおっくうだ」
「……っ、は、はい……っ!!」
がくがくと首を縦に振る男に、ブレンは興味を失ったようにきびすを返した。そのままルリとハリの元まで戻ると、「ではこの二人は私が引き取ろう」と淡々と告げる。
その表情はもういつもの無表情でさきほどまでの怒りなど影も形もない。
「もちろん奴隷などではない。叔父である私が甥っ子を引き取ろう。どうやらこの場所では二人のことを持て余しているようだからな。長にはもう話をつけてある」
二人の肩にブレンの手が触れた。そのまま促すように軽く叩かれて、その心強さに二人は共に前に歩みを進める。
「では失礼する」
ふとルリと目が合った。同じ事を考えているのを悟って二人同時にくるりと集落のほうを振り返る。
『じゃあみんな、ばいばーい!』
とびっきりの笑顔ですがすがしく手を振ると、彼らは何か言いたげな顔をしたが、結局なにも言わずに口を閉じた。
それに少し溜飲が下がる。
ブレンは呆れたようにため息をついただけだった。





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