4.詐欺師エリアス
「そんな、母上!」
しかしその手が届くよりも前に、ディアナの視界は遮られる。
「……?」
見上げると目の前には黒いスーツを着た背中。
エリアスだ。
彼は大仰に驚いたような顔をして、声を張った。
「二人とも死ねばよかっただなんて! なんてことを言うんです!!」
「……」
「…………」
(ーーん? いまなんて?)
その瞬間、部屋の中の時が止まった。
彼は続ける。
「いくら突然のことに錯乱しているからといって、言っていいことと悪いことがありますよ!」
それはいかにもハンナが非道であり、自分は間違ったことは言っていないという正義漢の態度だった。
その態度に一瞬騙されそうになるが、
(いや、そんなこと誰も言ってない……)
ディアナは心の中でつっこむ。
彼女は『ディアナが身代わりに死ねばよかった』と言ったのであって、『二人とも死ねばよかった』などとは一言も言ってはいない。
しかし、天然かつ耳がちょっと悪かった場合にはそう曲解することもありえるかも? ぐらいのぎりぎりのラインの事実のねじ曲げ方ではある。
というか彼があまりにも堂々としているため、もしかしたら本当にそう言ってたのかしら? と自分の記憶が不安になってくる。
周りを見渡すと憲兵のおじさんも困惑の表情で記憶を探るように斜め上方に視線をさまよわせていた。
そんな周囲の困惑は置き去りにして、エリアスはもっともらしく続ける。
「確かにあなたと兄は愛人の子を引き取るか引き取らないかでここ最近もめてはいましたが……、そのような言いようはあまりにも……。それとも……」
彼のサファイアの瞳が薄暗く輝く。
「ディアナさんまで亡くなって、愛人の子どもにこの家を乗っ取られることを望んでいたわけではないでしょう?」
ハンナは絶句した。
その可能性を失念していたのだろう。とても恐ろしい可能性を告げられた。おそらくそのための絶句だ。
しかしエリアスはその反応すらもねじ曲げて解釈した。
「あなたという人は……」
まるでとても恐ろしい化け物を見た。そんな様子で彼は息を呑む。そしてなにかを思い出したかのように視線をさまよわせた。
「そういえば……、母上にはお若い頃に将来を約束した恋人がおられたそうですね」
「え?」
初耳だ。
驚いて思わずハンナを見ると、彼女は心当たりがあったのか目を見開いていた。
「そこをあなたに一目惚れした父上が無理矢理引き裂いて結婚したとか……、まさか、この家に恨みを抱いて一家断絶をもくろんでいたのですか?」
あまりにも荒唐無稽な話だ。いっけん話はつながっているように聞こえるが、しかしその根拠はなにもない。
これまでのハンナのふるまいからしても、カークスを溺愛していたのは事実であり、この家を守ろうとすれども断絶をもくろんでいたような様子はなかった。
しかし、
「そんな、大奥様!!」
そう悲鳴のような声をあげたのは家政婦長のカトリナだった。
「そのようなことを……、ああ、なんておそろしい!」
彼女は卒倒しそうな勢いで天をあおぐ。
「そういえば……」
そんな彼女が倒れないように支えたメイドがつぶやいた。
「大奥様、秘密裏に文のやりとりをなさっていらしたけど……、お相手はもしかして……」
もしかして……、なんだと言うのか。
まさかそんな大昔の恋人と今もつながっているとでも言いたいのか。
(ありえないでしょ……)
文脈的にはそうなるが、おそらくそれはないだろう。
なぜならば今の彼女はとある若い舞台俳優に夢中なのだ。かなりの金額を彼に『投資』していることをディアナは知っていた。その手紙とやらももしかしたら彼からの営業の手紙ではないだろうか。
そこからはまるで堰を切ったかのように、次々とメイドたちは囁きだした。
いわく、大旦那様の墓に乱暴に砂をかけている姿を見た。
いわく、表向きは愛人の子を排斥しようとしていたが、裏では金を渡して援助していた。
いわく、何度か夜中にひっそりと出かけることがあったが、あれはもしかして……。
「由緒ある貴族の出である奥様のことを冷遇してらしたのも、もしかして……、すべてはお家を断絶させるために……?」
「それはさすがにリスクが高すぎるんじゃない?」
「でもあの愛人の子。旦那様の子かどうかも確か怪しいのよね?」
メイドたちは口をそろえて言う。
「もしかしたら断絶とまではいかなくても、誰の子かも知れない愛人の子に跡を継がせることで事実上の血を途絶えさせるつもりだったのかも……」
「そんなわけないでしょっ!!」
いつもきちんと整えられている髪を振り乱してハンナは怒鳴った。
しかしいつもならばそれですんなりと追従するはずのメイドたちから返ってきたのは、疑うような冷ややかな視線だけだ。
「母上」
最後のとどめを刺すように、エリアスは告げる。
「しばらくお部屋でお休みください。……すぐに離れを整えさせます」
その言葉にハンナは呆然とした。
その青い目は見開かれ、口は呆けたように開いている。
『離れ』はいままでエリアスが住んでいた場所だ。母屋はいままでカークスとハンナの城だった。
それを奪うという宣言を堂々とされたのだ。それは呆然とするしかなかっただろう。
(あやしい……)
茫然自失、といった様子で連行されるハンナのことを見送りながら、しかしディアナは疑念の目でエリアスのことを見た。
エリアスはハンナのことを部屋の外まで見送って帰ってきた。ちなみに彼は連行時にすぐに母親へと駆け寄ると慰めるようにしてその肩を抱いて話しかけていたが、その話す内容は慰めなどではなく「財産の流出を防ぐためにも僕とディアナは結婚するべきです」などの悪魔の囁きだった。
(二枚舌め……)
ディアナには「実家の融資のため」に、と囁き、母には「家の財産を守るために」と囁いているのだ。
その部分しかディアナには聞こえなかったが、廊下に出るまでにおそらく他にもいろいろと彼はハンナに吹き込んでいたのだろう。
しかしたとえ彼がとんでもない詐欺師であったとしても……、
(こんなにトントン拍子でみんながあんなとんでもない話を信じるわけがないわ)
戻ってきた彼はディアナの不審の眼差しに気づいたらしい。優しく微笑むとディアナのことを慰めるように抱きしめた。
「あらかじめ話を通しておいたんです。あの親子に不満を持つのは我々だけではないのですよ。大丈夫。家政婦長は僕たちの味方です」
やはりタネがあったらしい。
「『僕たちの味方』じゃないでしょう」
ディアナは彼のことを見上げてささやく。
「『あなたの味方』なだけであって」
その言葉に彼は少し意外そうに目を見張り、そしてすぐににんまりと笑った。
まるで『よくできました』といわんばかりの笑みだ。
「それはあなたの態度次第でしょうね。ちなみに……」
ちらり、と彼が視線を送った。そこには家令のブレンと執事のスチュワートが立っている。
「彼らはまだ味方じゃありません」
「……けっこう味方少ないのね」
彼は肩をすくめた。
次は明日の17:50頃の投稿になります。
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