3.義母ハンナ
そこからの展開は早かった。
あっという間にかかりつけの医師、そして憲兵が呼ばれ、ディアナもなんか椅子に座られされて診察と聴取を受けた。
「彼女はとてもショックを受けていて……、ええ、なにせ夫に乱暴されているだけではなく、強盗にまで襲われかけたのですから」
隣でエリアスがなんか言っている。
「ふぅむ、なるほど……。つまり、奥さんが旦那さんに暴力をふるわれている間に侵入者があった。それに気づいた旦那さんは侵入者ともみ合いになり、その隙に奥さんは部屋の外に這い出て助けをもとめ、弟さんがそれを発見。で、二人で中に入った時にはもう侵入者は逃げ出しており、旦那さんの遺体だけがあった、と」
「ええ、その通りです」
彼はもっともらしくうなずいた。その表情は本当に悲痛そうで、憔悴しているようにも見える。
名演技だ。
「そうなんですか。……奥さん、あなたから何か付け加えることはありますか?」
そうちょびひげの憲兵が難しい顔で尋ねてくるのに、彼女は腫れた頬をタオルで冷やしながら、
「ええ、えっと……、そのぅ、こ、混乱してしまって、状況がよくわかってなくて……」
本音を言った。
それに憲兵のおじさんは同情するようにうなずく。
「そうでしょうな。いや、申し訳ない。まぁ窓も割れてるしここから侵入したんでしょう」
言われて窓を見る。本当に割れていた。割れた窓の向こうから冷たい夜風がぴゅうぴゅう吹き込んできている。しかもご丁寧に外側から割られているらしい。窓の付近にはガラスの破片が飛び散っていた。
(二階なのにどうやって……)
思わずエリアスのことを見るとにっこりと満面の笑顔を返された。
(いつの間に……)
どうやらディアナがぼんやりしている間に隠蔽工作は終了していたらしい。
(抜け目ない……)
一体どこまでが彼の計画通りなのだろう。
まさか今日ディアナがカークスを殺すことすら予想していたわけではあるまい。
(まさか、ね……)
ぶるり、とディアナは身体を震わせる。
しかし思えば彼は、離れに住んでいるにも関わらず毎日のようにディアナの様子を見に来ていた。暴行を受けているディアナの体調を心配してくれているのかと思っていたが、この様子だといつディアナがカークスを殺してもいいようにを見張っていたのかもしれない。
そして確実に、カークスが殺された後にどのように処理しようかは元々決めていたのだろう。そうでなくてはここまでスムーズに話を進められるわけがなかった。
「では、我々はいったんこれで……」
そう言って憲兵たちが引き上げようとしたその時、
「カークス……っ!!」
悲鳴じみた声とともに扉が開かれた。
綺麗に結い上げた白髪混じりの白銀の髪、カークスとエリアスそっくりのサファイアの瞳。
そこに立っているのは、二人の母親、ハンナだ。
「ああ! カークス! 嘘でしょ!! なんでこんな……っ!!」
そこから先は言葉にならずに彼女はカークスの遺体におおいかぶさるようにして泣き崩れた。
「大奥様……、いやぁ、なんといったらいいか……」
ちょびひげの憲兵が気の毒そうに言葉をにごす。
しばらく嗚咽をもらした後、彼女は息子の頬をひとなでして、立ち上がった。
「……っ」
それだけでディアナの身体に力が入る。嫌な予感がした。
彼女のサファイアの目が、なめるように部屋中を見渡してディアナのことを見つけた。とたんに鬼のようにその目がつり上がる。
「おまえ……っ!!」
その枯れ木のように細い体の一体どこからそんな大声量が出るのか、その怒声は部屋の壁を揺らす。
「おまえが死ねばよかったのよ……っ!!」
「……っ」
ディアナは耳を塞ぐこともできずに身を縮めた。声がわんわんと脳内で反響し、つんざくような頭痛がする。
結婚してから毎日聞いていた声だ。
『この役立たずが!』
『逃げようなんて思わないことね!』
『おまえは一生、わたくしたちの所有物なのだから!!』
かつて言われた言葉たちが頭の中を駆け巡る。
その声を聞くだけでディアナは逃げることも抵抗することもできなくなってしまった。この三年で、そうなった。反射的に身体は恐怖に固まり、全身に冷や汗がどっと吹き出す。
「おまえが……っ!!」
ハンナはそのままディアナにつかみかかろうとした。その手がディアナの首にせまる。
(ああ……)
また首を絞められるのか。それとも頬を張られるのか。よくわからない無力感がディアナの全身を包んだ。
次は本日17:40頃投稿予定です。




