38.エリアスとの会話
「あなたは馬鹿ですか?」
数分後、頭痛をこらえるように頭をおさえながら、エリアスは言った。
「メイドとして潜入? しかもブレンの甥っ子たちに目をつけられた? あの二人は理屈が通じないので僕も関わり合いになりたくない手合いですよ」
「そ、そうなんだ……」
おどおどと指をいじりながらディアナはうつむく。確かにあのルリハリブラザーズはなかなかな評判の持ち主ではあった。
「ブレンとの関係がなければ真っ先に首を切りたかったくらいです。まぁ、この地で白狼族を敵に回すのは死活問題ですから……、ブレンのことを懐柔できていない今、彼らを無下に扱うわけにはいかないのですが……」
不満そうに唇を尖らせてエリアスが言う。彼はそのままディアナの前にワインの注がれたグラスを差しだした。
おずおずとそれを受け取ると、エリアスの分のワイングラスも目の前に掲げられた。
「乾杯」
「あ、か、乾杯っ」
ちん、と軽い音を立ててグラスが合わさる。
どうやら本当に怒ってはいないようだと察してディアナはほっと息をついた。
(勝手な真似をしたことをもっと責められるかと思ったけど……)
今の彼は怒っているというよりも呆れているといった様子だ。
彼はワイングラスをゆらゆらと揺らしてその色味を見ながら、
「ブレンが僕に味方をしない理由、か……」
とつぶやいた。
「心当たりがあるの?」
「まぁそうですね。ないと言えば嘘になります」
言葉の通り、エリアスはディアナとブレンの会話に対して驚いた様子を見せなかった。まるでそうだろうな、とでもいいたげな態度だ。
「なんでなの?」
「彼は父に忠誠を誓っていた人間ですから。『正式な跡取り』にしか興味がないんですよ」
「……長男ってこと?」
「まぁ、そんなようなものです」
エリアスがワインを一口ふくむ。それに合わせてディアナもグラスに口をつけた。ある程度熟しているのか芳醇な香りが口の中に広がる。
「あと単純に武勇を誇らない人間も好きではないんでしょう。僕は父や兄と比べると貧弱ですから」
「……。狼藉を働くだけの筋肉に価値ってあるのかしら」
ルートヴィヒはまだわかる。彼は確かに優秀な将だったのだろう。しかしカークス。彼は抵抗しない相手に乱暴するだけの人間だ。そんな弱い者いじめをする人間の方が、弱い者いじめをしないエリアスよりも好みだなんてことがあるのだろうか。
(まてよ?)
そこまで考えて、ディアナはひらめいた。
(つまり、カークスよりも好みの人間になれば話を聞いてくれるってことじゃない?)
ルートヴィヒには勝てる気がしないが、カークスを超えるだけでいいならできそうな気がしてきた。
ディアナはエリアスの騎士だ。ならばディアナの強さを認めさせれば、それはエリアスの資質を認めたも同然のことである。
「まぁともかく、あまり無茶はしないでください。白狼族の強さは本物です。あなたの強さを信頼していないわけではありませんが、負傷は免れないでしょう」
ディアナはワイングラスをテーブルに置くと、そう話すエリアスの手を取った。
「ディアナ?」
不思議そうに見返してくるその青い瞳をじっと見つめて両手をぎゅっと握る。
そして輝かんばかりの笑み。
「わたし頑張るわ! エリアス!」
「ええ……? いや、頑張らないでくださいという話なんですが、いや、聞いてないなこれは」
はぁ、というため息が床に落ちて消えた。





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