35.ブレンの沈黙
当時、隣国は新たな魔法を開発していた。今は外道魔法と呼ばれて禁止されている魔法だ。それは地面に魔法陣を仕込み、人が踏むなどの重みが加わると爆発するというものだった。
とんでもない魔法である。唯一の救いはその魔法陣を敷くのには非常に時間がかかるということ。そして魔法陣自体に敵味方を区別する機能は備わっていないため、敵方もむやみやたらと設置できないことくらいだった。
状況はルートヴィヒたちが優勢で隣国は敗走している状況だった。このまま攻め入れば隣国の一部の土地を取れる。しかしその魔法陣が敷かれているかもしれない状況で特攻するのは難しかった。
もしも予想に反して大量の魔法陣が敷かれていたら?
今こうして手をこまねいている間にも大量に増やされていたら?
そう思うと一歩が踏み出せない。
進行しように攻めあぐね、たたらを踏む軍の中で、大将のルートヴィヒが一人、進み出たのだという。
なんと彼は単身でその爆発魔法陣があるとおぼしき地帯に突撃した。
「ーーそ、それで、どうなったの?」
その話の緊迫感に息をひそめてディアナは尋ねる。それにブレンは静かに首を横に振った。
「見事に吹き飛ばされました」
簡潔だった。
ルートヴィヒが飛び込んだところを中心に、連鎖するようにして周辺に仕掛けられていた魔法陣が大爆発を起こしたらしい。
「誰もがルートヴィヒ様は亡くなられたと思いました」
しかし奇跡が起きた。
その爆発が収まった後、砂塵の中で彼は立ち上がったのだ。
「魔法陣ごとき恐るるに足らず! 俺は生きているぞ……っ!!」
爆発にもまれてぼろぼろの鎧で、しかし彼は剣をかかげてしっかりと立っていた。
その青い瞳は、戦意を欠片も失わずに前を見据えて。
「敵は目前! 魔法陣は俺が取り除いたっ! 爆発が起きた場所にはもう魔法陣は存在しない!! 総員! 突撃……っ!!」
その号令に、部下達は歓声と怒号をあげて進撃を開始した。結果として、ルートヴィヒの軍は隣国の一部を占領することに成功した。
「その後の講和によってその土地は返還いたしましたが、彼らにルートヴィヒ様の恐ろしさは十分に伝わったのでしょう。それ以降、隣国からの侵攻はいまだにありません」
まさに軍神と呼ぶにふさわしいその働きに、皇帝はルートヴィヒに勲章を与えたという。
「……すごいわね」
素直な感嘆に、ブレンは笑みをこぼす。
「あのお方に仕えることができたのは、我が人生における僥倖にございました」
しかし続けてふぅ、と疲れたようにため息をもらす。
「たとえ平時がどんなにどうしようもないろくでなしであろうとも……」
その赤い目はどこか遠くを見つめている。
どうやらルートヴィヒは心酔していたであろう部下からも余計な一言が追加されてしまうくらいには、アレな人だったようだ。
しかしそのため息にすらも、親愛の情が宿っているようにディアナには見えた。
「……ブレンさん」
彼を突き崩す隙があるとするのならば、ここだろう。
すなわち、前当主、ルートヴィヒに対する親愛の情。
ディアナは意を決して口を開いた。
「エリアスの味方をしてはもらえないかしら?」
「……」
ブレンはカップを見つめたまま応えない。
その沈黙にじれて、ディアナは身を乗り出した。
「エリアスはそのルートヴィヒ様のご子息。さっきあなたも言ったじゃない。ルートヴィヒ様もエリアス様も毒を盛れるタイプの方だった、と」
ブレンは応えない。
「ブレンさんも、二人は似ていると思ってるんでしょ?」
重いため息が吐き出された。まるで感情のすべてを吐ききるような勢いのそれと連動するように、彼の表情から柔らかさが抜け落ちて、後には硬質な無表情だけが残される。
そこにいるのはもう先ほどまでの思い出話をしていた彼ではない。いつもの家令のブレンだ。
「エリアス様に、ルートヴィヒ様のような胆力はございませんよ」
「ブレンさん!」
「エリアス様が爆発の中に突っ込んでいくような真似をなさるとお思いですか?」
ブレンは自分の問いかけにゆっくりと首を振る。
「私はそうは思いません」
「……カークスもそんな真似しないわ」
ディアナは反発するようにその言葉を強くはねつけた。
「でもあなたはカークスには仕えていたじゃない!」
「……実は私、近々お暇をいただこうかと思っておりまして」
「ブレンさん!?」
その言葉にぎょっとする。
それは実質、エリアスを主人とは認めないという宣言に他ならないからだ。
「どうして! なぜカークスはよくてエリアスはだめなの!?」
そう口にしてから、ディアナはある可能性を思い出した。
「彼が奴隷の子だから……?」
問いかける唇は震えていた。
カークスとエリアス。そのどちらもがルートヴィヒの子だ。二人の唯一の違いは母親が貴族なのか奴隷なのかということだけ。
しかしその問いかけにブレンはあっさりと首を横に振った。
「いいえ。我々白狼族にとって、そのような帝国の定めた身分制度に価値はありません」
「それならなんで!!」
思わず立ち上がる。疑問だった。まるで理由がわからない。ただ横暴の限りを尽くして使用人から恐れられていたカークスよりも、使用人たちからも頼りにされてうまく屋敷をとりまとめているエリアスの方がどう考えても適任ではないか。
「二人とも! ルートヴィヒ様のご子息なのに……っ!!」
ディアナは胸が張り裂けそうな気持ちで叫んだ。
その声にブレンは応えなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
大変申し訳ないのですが、ストックが尽きてきたため、明日から投稿の時間をお昼ではなく夕方の18:00ごろにずらさせていただきたいと思います。
毎日投稿は続けていく予定です。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。





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