34.思い出のルートヴィヒ
「あなたは、前レーヴライン侯爵、ルートヴィヒ様の部下だったと……」
エリアスから聞いた話を総動員してディアナは尋ねる。それに彼は「いかにも」と首肯した。
「私は元は白狼族の長でした。しかし決闘でルートヴィヒ様に敗れ、恭順することとなったのです」
そこからは白狼族全員がルートヴィヒに従い、他国との戦争にも加勢していたらしい。
「私はルートヴィヒ様に敗れましたので、その際に族長は辞しております。戦時中は副官として、そして戦争が小康状態に入ってからはこの屋敷の家令として仕えさせていただいております」
表情はあまり変わらないが、彼は懐かしそうに目を細めた。
「ルートヴィヒ様は傑物と呼ぶにふさわしい方でした」
「わたし、申し訳ないけど詳しく存じ上げないの。よければ教えてくれる?」
「かまいませんとも。まぁ、年寄りの懐古などお耳汚しでしょうが……」
そこから彼はいくつもの逸話を教えてくれた。
ルートヴィヒの豪快なこと。
ルートヴィヒの情けないところ。
ルートヴィヒの愛情深いところ。
「あのお方が大奥様をめとられた時はそれはもう大変な騒ぎでした。なにせ他の方と婚姻するその式場で、ルートヴィヒ様は馬上から花嫁を抱き上げてさらってしまったのですから」
「まぁ」
ディアナは思わず両手で口元を覆う。美しい教会。鐘の音が響き花びらの舞うその場所で、突如馬に乗って現れるルートヴィヒ。何事かと振り向いた時にはもう馬はすぐそばまで迫り、そして通りすがりに花嫁の胴体をさらって走り去っていく。その光景のなんてドラマチックなことか!
そこまでうっとりと想像して、ディアナはしかしすぐに「ん?」と首をひねった。
「それって、ハンナ様のことよね?」
「ええ、大奥様のことです」
確かディアナの記憶が確かならば、ハンナは当時他に思い人がいたとかなんとかエリアスが話していた気がする。
ディアナはおそるおそる尋ねた。
「……。ハンナ様はその当時ルートヴィヒ様のことを……」
「十三度ほど、お振りになられました」
「ひぇっ」
思わず小さく悲鳴をあげる。ドラマチックどころかただの誘拐事件だった。
あるいは粘着ストーカーだろうか。
ディアナの反応にも動じず、ブレンはしみじみと告げる。
「ルートヴィヒ様は少々他の方の感情を無視するきらいがございました」
「ぼ、暴君……」
さすがはカークスとエリアスの父である。そもそもそこまでしてさらってきた妻がいるのに余所で子どもをこさえているのだからどうしようもない。
「しかしあの方には皆逆らえませんでした。それだけの実力と迫力があった。決して褒められた方ではありません。けれど理屈もしがらみもあの方の前では無力だった。……あの身勝手さには憧れました」
ブレンはぽつりとつぶやく。
「私では、ああはなれない」
「……」
ディアナは少し考える。そして言った。
「ならなくていいと思う……」
「……ふっ」
その素直な感想に彼は小さく笑いの息をこぼす。しかし先ほどのように大声を上げて笑うような無作法を今度はしなかった。すぐに咳払いで態勢を整えて険しい無表情を作り上げる。
「……あのお方は平時ははた迷惑な災害でしたが、戦場では英雄でございました」
「『英雄』……?」
「ええ」
赤い瞳が手元のカップの水面を見つめる。彼の目はそこに一体なにを映しているのだろう。なつかしい騒乱の日々か、愛おしい主人の顔か。
わからないがその口元には緩い笑みが再び浮かび始めていた。
「あれは隣国との戦の時のこと……、我が軍はあと一歩というところで攻めあぐねていました。今では禁忌とされているある『魔法陣』を敵軍が使用していたからです」
ブレンは語り出した。





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