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悪魔侯爵と騎士夫人の真っ黒な結婚  作者: 陸路りん
第2章 屋敷のボスを攻略せよ!

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33.家令ブレン

 そして現在、ディアナは屋敷のうちの一室、おそらくは使用人たちの利用する待機室へと連れてこられている。

 部屋の中にいた人達はブレンが追い払ってしまったため二人っきり。テーブルを挟むようにして対面のソファへと座り、二人は向き合っていた。

 ブレンは堂々と胸を張って。

 ディアナはちんまりと腰を屈めて。

 そして重々しい声で告げられたのは、

「奥様には、どうぞゆっくりとおくつろぎくださいとお伝えしなくてはなりませんな」

 遠回しな嫌みだ。

 きっちりと首元までぼたんの留められた燕尾服。綺麗になでつけられた白髪に鋭い赤色の瞳をしたロマンスグレー。

 その頭上にはふさふさの白い犬耳とお尻からは尻尾。

「いや申し訳ない、貴殿には関係のない話でした。『アイリス殿』」

 鈍いディアナでもさすがにわかる。

『ゆっくりおくつろぎください』とは『おとなしくしてろ』の意味だ。

 無言でうつむき、脂汗をだらだら流したまま微動だにできないディアナに、彼はやがて小さなため息をついた。

「庭の掃除は指示されたものですか?」

「う、は、はい……」

「指示したのは?」

「……」

 あなたの甥っ子です。というのはさすがに言いづらい。しかしその態度とこれまでの前科で察したのか、彼は再び、今度は深い深いため息をついた。

「あの二人には後できつく言っておきましょう」

「は、はい、いえ、ええと……」

 言葉の出てこないディアナを無視して彼は紅茶を口に運んだ。さきほどディアナのことを部屋に連行した際に自身でいれたお茶である。ディアナの前にも同様のものがおかれていた。

「どうぞ」

「……はい」

 飲むようにうながされてディアナも口に運ぶ。

(……おいしい)

 花のような香りが口の中でふわりと広がった。よくはわからないがおそらく高級な茶葉なのだろう。

「ためらいなく口に入れるのですね」

 顔を上げると少しあきれた様子でブレンがこちらを見ていた。

「……え?」

「毒が入っているとは思わないのですか?」

(……毒?)

 この中に?

 ぞわり、と肌があわだった。背筋を冷たいものがかけぬける。

 固まってしまったディアナに、彼はやれやれと首を横に振った。

「エリアス様と私は敵対しております」

 物音ひとつ立てずにカップをソーサーへと戻す。

「そしてあなたはエリアス様の味方だ」

 赤い瞳。まるで炎のような、刃の輝きのようなゆらめきがその中に潜んでいる。

「ああ、失礼。あなたではなくエリアス様の味方は『奥様』でしたね。忘れてください」

 そうそしらぬ顔をすると彼はティーポットを手に取ると自らのカップへと再びそそいだ。琥珀の液体が一本の糸のように真っ直ぐにカップへと流れていく。

 ディアナは自らのカップを見下ろした。そこにも同じ琥珀色の液体が揺れている。

「……」

 そのカップの取っ手をつかむと、勢いよく一気に飲み干した。

「……アイリス殿」

 さきほど言ったことを忘れたのか、という呆れた赤い目がこちらを見る。しかしそれを見返してディアナは乱暴に口元をぬぐった。

 手の甲に少し口紅がつく。

「あなたは毒なんて盛らないわ」

「……。なぜ?」

 まるで奇妙な生き物でも見るかのような目で彼はディアナのことを見た。

「失礼ながら、あなたは私のことをよくご存じではないでしょう。ここ数年は同じ屋敷にいたとはいえ、接触はほぼないに等しい。それなのになぜそのようなことを思うのか。理解に苦しみますな」

 しかしディアナは残念なことにそのような視線には慣れていた。

 自分でも言葉にできない感情に、ディアナは困ったように首をかしげる。

「なぜかしら……。ごめんなさい、うまく説明ができないの。でも、敵に毒なんて盛るくらいなら、相打ちになってでも相手をこの手で仕留めてやる。そういう人にあなたは見えるの。違うかしら?」

「……」

 彼は今何を考えているのだろう。ディアナにはわからないが、わずかに彼の赤い瞳の瞳孔が収縮するのが見えた。

 その瞳孔の奥をのぞき込むように見つめながら、ディアナは続ける。

「それに、例えこの紅茶に毒がもられていたとしても、せっかくあなたに入れてもらったのに飲まないのはとても失礼だわ」

「毒が入っていたら死ぬんですよ」

 低く感情を押し殺したような声。ディアナは困ったように頬に手をあてた。

「そうね。だから、毒が入っているかもしれないという理由で残すのは、もっとあなたに失礼だと思ったの」

 だってそれは、彼が『厚意』で飲み物を用意してくれたのかもしれないという可能性を、完全に否定するということではないか。

「死んでしまったら、そうね……、きっとわたしの見る目がなかったんだわ。でもほら、今わたしは死んでいないじゃない?」

 ディアナは目を細めてにっこりと微笑む。

「お茶を入れてくれてありがとう。とてもおいしかったわ」

「……くっ、くっくっ」

 ブレンはわずかにうつむいた。その肩が揺れる。

「ブレンさん……?」

「ふっ、はっはっはっはっはっ!」

 いきなりその口から飛び出した大きな笑い声に、ディアナはびっくりして目を瞬かせた。彼はひとしきり笑った後、満足したのかまたすぐに元の無表情にすんと戻る。

(ええー……)

 無表情とさきほどの爆笑の中間くらいをとって、愛想笑いくらい貼り付けてくれても良いのではないだろうか。そう思うがどの角度から見ても元の無愛想に戻っている。

「奥様、いや、アイリス殿。あなたはなかなか愉快な方ですな」

 そう思うならもっと愉快そうな顔をしてくれ。

 そう思うが口に出せるはずもない。

 結局ディアナは「はぁ……」と曖昧な相づちを打った。

「確かに、私は毒を盛るくらいならばこの手で相手を殺すことを選ぶでしょう」

 ちらり、と彼はディアナのことを見る。

「そしてそれはあなたも同じように見える」

「……そんなことは」

 まぁ確かに、ディアナに毒を盛るような知恵は回らない。暴力で解決したほうが確実だと考えてしまうかもしれない。

「エリアス様は、毒を盛るタイプの方ですな」

 続けて言われた言葉にディアナは背筋をしゃんと伸ばす。それをおもしろそうに眺めて、彼は紅茶を口に運ぶ。

「彼の父君、ルートヴィヒ様も毒を盛るタイプの方でした」

 目を見張る。ブレンはいたずらの成功した子どものようににやりと口の端を上げる。

「意外でしたかな?」

「え、ええ、とても……」

 エリアスとカークスの父親の話もそうだが、ブレンのその表情も意外だ。

 そしてそのような話をしてくれることもとても意外だ。

(聞いてもいいのかしら……?)

 よくわからないが、彼に聞きたいことはたくさんあった。

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