32.双子の悪歴
ネルは不機嫌そうに眉を寄せたまま、困ったようにディアナのことを見上げる。
上目遣いのダークブラウンの瞳は不安で揺れていた。
「あの双子、性格は最悪ですけど白狼族なだけあって強いんです」
「そうなんだ……」
「一応護衛の役割も担っていて……、カークス様もなめられてました」
「えっ」
思わず声をあげてしまう。
(あのカークスが……?)
ディアナにとってカークスは恐怖の代名詞だった。とても暴力的で恐ろしい存在。そんな彼のことを下に見るような行動を取る人物がいるなど思いもしなかった。
ネルは小さく首を横に振る。
「カークス様は結構いろんな人になめられてましたよ。屋敷内ではあの双子だけでしたけど……、あんなに感情的で幼い人がまともな人と渡り合えるわけないじゃないですか」
彼女はそのまま小さくため息をついた。
「この屋敷は実質、家令のブレンさんとエリアス様が回していたようなものです。だからカークス様はエリアス様のことをうとましく思いつつも離れに住まわせていました。ブレンさんのことも……、どうなんでしょうね。ブレンさんはどうしてカークス様になんて仕えていたのか……。いまでもよくわからないんです。一番この屋敷の実情を知っていたんだから、カークス様のことなんて排除してエリアス様を当主にすえるか、そうでなければさっさと仕事を辞めて森に帰ればよかったのに……」
確かに、とディアナは思う。
ブレンは先代、つまりカークスとエリアスの父親に仕えていた男だと聞く。ならばどちらの主人の子どもなのだから、主人への忠義があって残っているのならば兄弟のうちどちらに仕えたっていいはずではないか。
(まぁ、長男が継ぐのが普通だし、家督争いは厳罰化されているからできなかったのかもしれないけど……)
でもエリアスは、『ブレンは味方ではない』と言った。
あそこまで明確に言ったということは、つまりそれは、カークスが亡くなった今となっても変わらないという意味だ。
(なんでだろう……?)
カークスに仕えていたのだから、同じ血を引くエリアスに仕えてもよさそうなものなのに。
(エリアスの血がつながってないのはハンナさんとの話よね……?)
先代当主が奴隷との間に作った子ども、とエリアスは言っていたはずだ。
(それとも奴隷の血が混じっているのがダメとか……?)
だとしたら致命的過ぎる。そんなのどうやって味方につけたらいいというのか。
「奥様……」
考え込むディアナの名前をネルが呼んだ。思考に夢中で彼女のことを見ていなかったディアナははっと、顔をあげる。
「あ、ごめんね、ぼうっとしてて……」
「どうか危ないことはなさらないでくださいね」
「え?」
よくよく見ると、彼女の目はいまにも泣き出しそうだった。
胸の前で両手を組んで、瞳をうるませている。
「もういいじゃないですか。カークス様は亡くなった。あなたは解放されたんです。こんなお屋敷からはいなくなったっていいですよ」
「え、でもエリアス……」
「シュランゲを倒した件でもう恩義なんて返したでしょう!?」
思いのほか強い口調にディアナは言葉につまる。
ネルは知らない。ディアナがカークスを殺したことを。それをエリアスが一緒に隠蔽していることも。
だから彼女にしてみれば、嫌な思い出しかないはずのこの屋敷にディアナがとどまり続けることが疑問なのだろう。
(普通に考えればそうか……)
もしかしたらエリアスに脅されて嫌々この屋敷にとどまっていると思われているのかもしれない。
(いや、最初は半分脅迫だったんだけど……)
思い出す。カークスを殺した夜、エリアスの手を取ったあの日を。
(けど今は違う)
ディアナは自分で、エリアスのことを守ると決めたのだ。
「ネル……」
「奥様っ」
弁明しようとしたディアナに、ネルは声を震わせながら言った。
「あの双子と戦おうなんて思わないでくださいっ」
震える指が、ディアナの服のすそをぎゅうとつかむ。
切実な瞳が、苦しそうに見上げてきた。
「あの双子に逆らった人間がどうなったか知ってますか」
「え?」
「腕を折られたり、一生歩けないほどの重傷を負わされたんです」
「……っ」
ディアナは息を呑む。ダークブラウンの瞳が揺れる。
「あの双子は性格は最悪ですが実力は本物です。以前に馬車での移動中に野盗が襲って来た時も……、たった二人で三十人を制圧したと聞いたことがあります。あいつらの不始末は侯爵家が金を握らせて隠蔽してきたんです。それくらいあいつらの用心棒としての実力は買われている。あいつらは奥様にも同じ仕打ちをする気なんだ……っ」
褐色のまろい頬に、涙が一筋伝って落ちた。
「耐えないで、逃げてください。奥様っ」
「……わたし」
なんと声をかけたものか。
(とりあえずネルのことをなぐさめないと……)
そう思って肩に触れた時、
「なにをなさっておられるんですか?」
重厚な声が響いた。
驚いてディアナは顔を上げる。
最初はこんなところに一人で仕事を割り振られて、情報収集できないことに絶望していた。しかし案外一人で仕事をしていても、放ってはおいてもらえないものである。
なにせこんなところに、噂の双子の叔父であるブレンが訪れたというのだから。
彼はその赤い瞳で泣いているネルとディアナのことを一瞥した後、かけらも感情を宿さぬ声で言った。
「体調が悪いのならば、部屋で休みなさい」
「こ、これは……」
「あなたはネル、でしたね。聞こえませんでしたかな」
じろり、と赤い目が重圧をかける。
「部屋で休みなさい」
「……っ、し、失礼します……っ」
風のような速さで逃げるようにネルは走り去る。それを見届けた後、その赤い目は次にディアナのことを捕らえた。
その視線の鋭さに、ディアナは身をすくませる。
「あなたは……」
「あ、アイリスと申します……」
大丈夫、と自分に言い聞かす。今のわたしはメイドのアイリスだ。完璧な変装。ディアナだとバレるわけがない。
(……あれ?)
でもさっき、ネルが重要なことを言っていなかっただろうか。
うーん、と思い出そうと頭をひねる。
『白狼族ですよ!』
『あいつらは鼻がきくんです!』
ディアナの顔からさーっと血の気が引いた。
目の前に立つブレン。その整ったロマンスグレーの頭にはちょこんと狼の耳が乗っている。
そのお尻にはふさふさのしっぽ。
「そうでしたか、『アイリス殿』でしたか」
名前のところをわざと強調して言われた気がする。
そしてディアナを見下ろす目は如実に告げていた。
『こんなところでメイド服着て、なにやってんだおまえ』と。
ディアナの心臓がきゅっと縮こまった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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