30.嫌がらせ
天気の悪い曇天、吹きすさぶ風、まだ春先で咲ききらない花々。
そしてどこまでも広大な庭園。
「はい、これ袋ねー!」
左手にはゴミ袋。
「はい、これほうきねー!」
右手にはほうき。
『じゃあっ、張り切ってお掃除しようかー!』
ルリハリブラザーズはそう高らかに宣言した。
与えられた仕事はレーヴライン領主邸の庭の掃除だった。それだけを聞けばまともな仕事だ。
問題はーー、
『じゃあ僕たちはこれで失礼するねー!』
この広大な敷地をたった一人でやるように指示されたということだけだ。
春の嵐のような素早さで姿を消した双子に、ディアナはひとりぽつんと庭園に取り残された。
「……どうしよう」
ロンリーである。
ここでディアナがメイドとして潜入した理由を振り返ってみよう。
部下の情報を集めるためである。
部下達の内情を把握するためである。
「……」
しかし現在はロンリーだ。
(……情報が集められないっ!)
致命的な状況だ。
この際たった一人での庭掃除が普通なのかどうかは置いておいて、単純に都合が悪すぎた。
「う、うーん……」
一人うなっていると、
「あら?」
ふいに声が聞こえた。振り返るとそこには捨てるために焼却炉に運んでいると思われるゴミ袋をかかえたメイドがいた。
見覚えがある顔だ。
きっちりと頭の上で結い上げられたブラウンの髪、二重のブラウンの瞳、地味だが整った顔をしたその女性は、
(……エリアスが紹介してくれた)
新入りのメイド、ローザだ。
彼女は少し驚いた顔をした後、ディアナの格好と顔に何度か視線を行き来し、そして近づいてくるとそっと囁いた。
「ルリハリブラザーズ?」
「え?」
「あなたにここの掃除を指示した人間よ」
周囲に聞いている人間がいるのでは、と警戒するように彼女は息をひそめる。
「ひとりで掃除をさせるなんて嫌がらせよ。そんなのやらせる人間はあいつらしかいないわ」
「へ、へぇ……」
思わず裏返った声がでる。どうやらまだ数日しか勤めていない彼女にもそう思わせるほどにはあの双子は有名ないじめっ子のようだ。
ローザはじろじろと再びディアナのことを見る。
(な、なに……?)
なにかおかしいところでもあるのだろうか。
(いや、そんなはずは……)
なにせちゃんとネルにも確認してもらったのだ。今のディアナはただの地味なメイドそのもののはずである。
そんなディアナの緊張をよそに、ローザはしばらく検分するように眺めた後、小さく鼻で笑った。
「あんた、とろくさそうね」
「……はぁ」
否定はできない。確かにディアナはとろくさい。
行動ではない。行動はそれなりに俊敏な自覚はある。すばやく動こうと思えば動ける。ただし思考がとろくさいので必然的に行動もとろくさくみえるだけだ。
そんなことを考えるディアナに、彼女はつん、と顎を上げてそっぽを向いてみせた。
「あたしは助けないわよ。あんたを助けたせいであたしまであの双子に目をつけられたらたまったもんじゃないわ!」
「そ、そうですか……」
どうやら初対面の時の印象を裏切り、彼女はずいぶんと気が強い人物のようだ。
(うーん、それもそうか)
『侯爵夫人のディアナ』と『メイドのアイリス』では立場が違う。それは態度も変わるだろう。
思えばディアナとして挨拶した時に彼女がにらんでいるように見えたのも、もしかしたら気のせいではなかったのかも知れない。
(なんでにらまれたのかまではわからないけど……)
彼女とは初対面のはずである。いや、初対面であろう。
(初対面、だよね……?)
「あんた名前は?」
だんだん自信のなくなってきたディアナに、タイミングよく彼女は尋ねてきた。その初対面っぽい質問にディアナはほっと胸をなで下ろす。
「あ、アイリスです……」
「ふぅん」
聞いておきながらどうでもよさそうに彼女はあいづちを打った。そして最後にもう一度品定めをするようにディアナのことをにらみつけると、ぷいとそっぽを向く。
「あたしはローザよ。あんたより数日先輩なの。迷惑かけないでね!」
「あ、はい……」
(なんか嫌われてる……?)
捨て台詞のようにそう言うと、彼女はゴミ袋を抱えて立ち去ってしまった。





↓こちらで電子書籍版販売中!