29.メイド、アイリス爆誕!
どうしてこんなことになったんだろう
ディアナは思う。分かっている。ただの逃避だ。自分が選んだ行動のせいでこうなっているのだ。
「奥様には、どうぞゆっくりとおくつろぎくださいとお伝えしなくてはなりませんな」
目の前には初老の男がいた。きっちりと首元までぼたんの留められた燕尾服。綺麗になでつけられた白髪に鋭い赤色の瞳をしたロマンスグレー。
その頭上にはふさふさの白い犬耳とお尻からは尻尾。
この家を取り仕切る家令。ブレンだ。
彼とディアナは今、なぜか屋敷の一室で顔をつきあわせて座っていた。
ディアナは身を縮こまらせる。
そう、すべては、ディアナの軽率な行動から始まる。
「どうしたら、エリアスの役に立てるでしょう?」
ディアナはそうベルフィーナに尋ねた。
彼の騎士になったとはいえ、今のところディアナはあまり役に立っていない。騎士が必要になるのなど有事だけだ。
つまり頭の悪いディアナは普段はのんべんだらりとしているだけなのだ。鍛錬にいそしんで腕をあげればいい、というのはわかっているが、エリアスが忙しくしているというのに、自分だけ何もしないのは落ち着かない。
(なにか、なにか仕事が欲しい!)
貧乏性の悲しいさがだ。
「うーん、そうねぇ……」
その質問に彼女はのんびりと首をかしげる。
「女主人に必要なのは、有事の際の当主の代理よ。あとは夫の仕事の補佐」
「仕事の補佐……」
それができそうにもないから悩んでいるのだ。
落ち込むディアナに、
「そうねぇ、まずは部下の把握に努めるべきだと思うわ」
「部下の把握?」
「ええ、特にこの家ではエリアスが主人になったばかりでまだ掌握しきれていないでしょう」
ベルフィーナはその美しい指先を考え込むようにあごに当てた。
「エリアスが忙しい間に、あなたが部下を把握してその情報を適宜エリアスに伝えてあげれれば、きっととても助かると思うわ」
「な、なるほど……っ!!」
その助言にディアナは深く感銘を受けた。
そして素直なディアナは……、
メイドとして部下達の中に潜入することにした。
なんでそうなった、とその話を聞けばエリアスはつっこんでくれたことだろう。姉の言った部下の把握とは女主人として部下達を監督するということですよ、とも。
しかし彼女は黙って作戦を決行したためツッコミ役は不在だった。
メイド服はネルに頼んで貸してもらった。派手な化粧を落として元々の地味な顔立ちにお愛想程度のおしろいを塗る。
これだけで普段とは全く別人の顔である。
ちなみに化粧をする以前の顔を知っている者もいるかもしれないが、当時はいつも顔を殴られていてぼこぼこだったため、逆に怪我一つしていない顔はわからないだろう、という判断である。
ディアナはるんるんで仕事に取りかかった。
「あら、あなた……」
「し、新人ですっ」
びしっ、と気をつけをしてディアナは言う。先輩メイドは少しの間不審そうにディアナのことを眺めると、
「そう。最近新しい子が多くて把握しきれていないのよね、ごめんなさい」
やがて納得したようにうなずいてくれた。それにディアナは内心でガッツポーズを握る。
(いける! いけるわ!)
エリアスが人員の入れ替えを頻繁に行っていることが功を奏した。これなら簡単に潜入捜査ができそうだ、とそう油断した彼女に、
「あなた名前はなんだったかしら?」
先輩メイドの一撃が飛んできた。
「なっ、名前はっ、ですねぇ……っ」
考えてなかった。
ディアナ、痛恨のミスである。
せわしなく視線を周囲に巡らせ、あるものを目にとめる。
「わ、わたしっ、あ、アイリスと申します!!」
近くの花瓶に生けられた花。その紫色が新鮮に目に飛び込んできた。
「そう、アイリス」
先輩は名乗るまでの妙な間に少し首をかしげつつ、「じゃあ……」と何かを言いかけて、
『何をしているの?』
奇妙な声にさえぎられた。
その声はユニゾンで聞こえた。まるで幼女のような高いソプラノとアルト。ハモっているのかと疑うような耳に心地の良い声だ。
驚いて振り向くと見るとそこにはメイド服の少女が二人。
全くうり二つの顔にうり二つの肩までで切りそろえられた白い髪。そしてまん丸でつぶらな赤い瞳。
真っ白いふさふさの犬耳と尻尾が揺れている。
獣人だ。
(確か、白狼族……、だっけ)
このレーヴライン領内にある森に元々住んでいた原住民族だ。ディアナたち帝国民は後から領土を拡大しにやってきて、戦争で内部に取り込んだ一族のうちの一つである。
彼らは非常に好戦的で強い者を好む傾向がある。ゆえに戦争で勝った帝国に対して今は負けを認めて従順に従っているーー、らしい。
(あんまり詳しく知らないけど……)
なにせ嫁いできてからこっち、軟禁生活の身の上だ。嫁ぐ前に軽く下調べをした知識しかない。
(すごい美少女……)
まるで砂糖菓子でできた人形のように甘く可愛らしい容姿をしている。
その頭上で揺れる犬耳も相まって人なつっこそうな笑みがとても愛らしい。
しかし、
「せ、先輩方……!」
なぜかディアナに声をかけたメイドは怯えるように二人から後ずさった。
「あ、あの……っ! し、新人に仕事を割り振ろうと……っ!」
「……ふぅん。ならそれは僕たちがやろうかなー」
「……ねぇ、僕たちが教えてあげるよー」
にこにこと二人は顔を見合わせながら笑う。
「い、いや……」
『遠慮しないでいいよー!』
またもやユニゾンで先輩メイドの言葉を封じると、彼女たちはディアナのことを見た。
その目はにこにこと笑っているのに、なぜだろう。とても嫌な気配がする。
少女のピンク色の唇から小さな八重歯がにぃ、と覗いた。
「僕はルリ」
「僕はハリ」
『二人そろって、ルリハリブラザーズ!』
ばばぁん! と効果音が付きそうな勢いで二人は体をそって両手を合わせると、全身を使ってハートを作るポーズを決めた。
寸分違わぬその動きに、ディアナは圧倒されてしまう。
『僕たちのことは、ルリハリって呼んでね! だってどうせ見分けなんて付かないでしょっ』
確かに、二人はうり二つだった。それは顔の造作だけではなく、髪型や身につけているもの、そのすべてが同一だ。
少なくとも、ディアナの目にはそう見える。
「え、えっと……」
(というか今聞き逃せない言葉があったような……?)
戸惑いながらも、ディアナはなんとか「ブラザーズ……?」と疑問の声をあげた。
「し、シスターズじゃなくて……?」
ディアナのその当然の疑問に彼女たちは顔を見合わせる。
『ブラザーズだよー!』
そしてにっこりと花のように微笑んだ。
『だって僕たち、男の子だもん!』
「……へ、へぇっ」
思わず変な声が出た。
つやつやの唇に薄紅色の頬、きゅるんとカールしたまつげにフリルのついたメイド服。
「お、男の子……?」
『男の子ー!!』
いえーい! と二人は仲良く手を掲げてみせる。
「……なんで、メイド服……」
「えーだってー……」
にこにこと彼らは言った。
『似合ってるでしょ?』
「……はい」
似合っている。
それはもう似合っている。そこらへんの女など顔負けなほどに。
ぐうの音もでないディアナに、彼らは口をそろえる。
『じゃあまずはアイリスちゃん! あなたにお仕事を与えるよー!』
二人は口角をあげてにんまりと笑った。





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