26.似た境遇の二人
ほっ、とディアナは安堵の息をついた。
敵は去った。気分は撤退に成功した敗走兵だ。
(まぁ、かばってもらったんだけど……)
ディアナは恩人の顔を見上げた。
「大丈夫かしら? ディアナ」
そう問いかけてくる彼女にもうさきほどまでの大げさな嘆きなどは見られなかった。もう演技は不要、ということだろう。
どことなく既視感を感じる。
(さすが……、エリアスの姉……)
演技上手は遺伝なのだろうか。
しかし母親のハンナとカークスにはそのような傾向はあまり感じなかったため、もしかしたら父親からの遺伝なのかもしれない。
「災難だったわね。弟の件も、改めて謝罪するわ」
「え、待ってください!!」
ディアナは慌てる。ベルティーナが頭を下げたからだ。確かに大変な状況ではあったが、彼女には謝ってもらう理由はない。
あるのは窮地から助けてもらった感謝だけだ。
しかしふと、小さな疑問が鎌首をもたげた。
「えっと、『弟』ってどっちのでしょうか?」
カークスについてだろうか、それともエリアスについての謝罪だろうか。
恨みがあるのは圧倒的にカークスだが、よくよく考えてみるとエリアスにも振り回されている。
(どっちのほうの話だろう……?)
「……ふっ、あははっ」
ディアナの素朴な疑問に、ベルティーナは吹き出すようにして笑った。
「『どっちも』よ。弟たちがごめんなさいね。カークスは論外だけど、エリアスもけっこうむちゃを言う子でしょう」
「えっとまぁ……」
カークスを殺したことを賞賛されたり、それを黙っていてやるから、と脅されたり、結婚を迫られたりはした。
よく考えるとけっこうとんでもない男である。
「ふふ、素直なのね……」
ベルティーナは微笑む。その瞳は幼い子どもを見るかのように優しい。
「でも、エリアスにはたくさん助けてもらいました。その恩は返します」
「恩なんて考える必要はないと思うけどね。まぁあなたがそうしたいならそうすればいいと思うわ」
そう言った後、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「本当に、早く来れなくてごめんなさいね。いろいろと立て込んでたものだから」
その件はエリアスから聞いて知っていた。彼女は長い間夫と調停で争っていたのだ。確か愛人宅に入り浸り、家庭も領地も蔑ろにしていた夫のことを、家族全員で一致団結して追い出した、という話だった。
そのためディアナとベルティーナは実は初対面だ。三年前の結婚の際は、彼女はちょうど夫が家を出てしまった直後で領地の仕事が忙しく、顔を出すことができなかったのだ。
「エリアスからベルティーナ様も大変だったとおうかがいしました。今日来ていただけただけで本当に感謝しております。その、旦那さんを追い出したって……」
不躾かと思いつつも、ディアナは好奇心が抑えられなかった。なにせなかなかの武勇伝である。それにベルティーナは、「ああ」とうなずいた。
「やぁねぇ、あなたの耳にも入っているの? そうなのよ。旦那が浮気性のクズだったから追い出して家を乗っ取ってやったの。おかげでそこら中あたくしの悪い噂でいっぱいよ。あたくし、家を乗っ取った『悪妻』なんですって!」
(しまった)
失言だった。
口調は明るいが、ベルティーナの表情は自嘲気味だ。
彼女にとって触れられたくない話題だったのだろう。少し考えればわかることだ。
夫に浮気をされただなんて、傷ついていないはずがない。
ましてやその件を『家を乗っ取った悪妻』などと周りから言われていただなんて、ディアナは知らなかった。
「あ、あっ、じゃあっ、わたしもおそろいですね!」
ついディアナは焦ってとんちんかんなことを言ってしまった。
「あっ、えっと、わたしの場合も、その、浮気もされてたし、カークスが亡くなって、でもエリアスと結婚する予定でレーヴライン家に居座ってるし、義母のことも今は離れに追いやっちゃったし……」
言っていてディアナはぞっとする。自分の罪状はどれほどのものだろう。
夫を殺すだけにあきたらず、それ以上にいろいろと酷いことをしている。
(でも、自分で決めたことだ……)
ぐっ、と剣を両手で握りしめる。地獄落ちは確定なのだ。それならば、それまでの間はエリアスの望みのために手を汚すことはいとわない、と。
「う、ふふっ」
すると、楽しそうな笑い声が聞こえた。ベルティーナだ。
彼女は扇を取り出すと、上品な仕草でそれを口元に当てた。そして流し目でこちらを見る。
その艶やかさにディアナの心臓はどきっと高鳴った。
「あなた、おもしろい子ね。あたくしとは全然違うけど、まぁいいわ。そう言ってくれたほうがあたくしも嬉しいし」
『全然違う』。彼女の言う通りだ。
ディアナは結局最後までろくな抵抗もできなかった。ただ耐えて耐えて、他人の助けを期待して、自分ではろくに動かずにそのあげく、耐えきれずにカークスを殺してしまった。
(きっと、もっと他にやりようがあった……)
家族に素直に助けを求めればよかったのかもしれない。しかし『役に立ちたい』、『足を引っ張りたくない』という気持ちがディアナの口を閉じさせた。その結果がこの最悪の事態である。
対してベルフィーナは素晴らしい。蔑ろにする夫のことを正当な手段で冷静に追い出したのだ。そして今も、周りからの悪評にもくじけず堂々と胸を張って立っている。
「傾国の美女って、きっとあなたみたいな人なんだろうな……」
気がつくとディアナはそう口走っていた。
秘めていたつもりの内心が口から飛び出してしまったことにはっ、と口元に手を当て、ディアナは慌てて手を振り回す。
「あ、いや……っ、そのっ、あなたほど美しくて芯の強い女性だから自分の意思で居場所を築けたんだろうなって意味で! 悪い意味じゃなくて……っ!」
『傾国の美女』は悪口のたぐいだろう。ディアナが憧れを込めて言ったつもりだったとしても。
第一、傾国の美女では国を滅ぼしてしまう。
あたふたとするディアナを尻目に、彼女はまた「あははははっ!」と今度は声をあげて笑った。
もう扇は口元に当てずに振り回し、その太陽のようなオーラを全開にして笑っている。
「あなた、変わっているのねぇ」
ややして目元の涙をぬぐいながら彼女はそう言った。その笑い声にディアナは落ち着きを取り戻す。
「あなたみたいになりたいです」
「うふふふふ」
真剣に告げた言葉は、しかし笑われた。
「あなたには無理」
一刀両断だ。
落ち込むディアナに、「でもそうね」と彼女はウインクをする。
「妹分くらいにはしてあげてもいいわよ。ディアナちゃん」
「よっ、よろしくお願いします! お姉様!!」
ディアナの返事に彼女はまた大声で笑った。





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