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悪魔侯爵と騎士夫人の真っ黒な結婚  作者: 陸路りん
第2章 屋敷のボスを攻略せよ!

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24.望まぬ訪問者

 アロイスは張り切っていた。

「襟、よし! 背広、よし! 靴、よし!」

 見下ろせる範囲で自身の服装をチェックして、納得したようにうなずく。

 塵一つついていない。完璧なよそおいだ。

(今日の俺は一番かっこいい!)

 そうでなくてはならない。なにせ本日は、レーヴライン侯爵家へと赴くのだ。

 そこを訪問する他の誰よりも彼は『素敵』でなくてはならなかった。

 彼はぐっ、と門扉を前に拳を握る。

(レーヴライン侯爵夫人を落とすのは、俺だ!)

 彼の目の前で、豪奢な屋敷へと続く門が開かれた。


 カークスが亡くなり、レーヴライン侯爵夫人が未亡人になった。

 そのニュースは瞬く間に帝国の南領、ズーデン領を駆け巡った。

 レーヴラインはズーデンの中でも有数の領地を誇る貴族である。その一部とはいえ、侯爵夫人に財産分与された遺産はどれほどのことか。

 彼女と結婚すれば、それが自分の物になるのだ。

 男達が色めき立ったのは言うまでもない。

 本来ならそのようなことを防ぐためにエリアスは葬儀後の食事会でエリアスとディアナの婚姻を発表する予定であった。しかし魔獣騒動により、その発表は行われなかった。

 結果として、レーヴライン侯爵家には怒濤の勢いでディアナへの求婚者という名の弔問客がひっきりなしに訪れる事態となってしまった。

 そしてアロイスもまた、その中の一人、ーーいや、一番乗りの弔問客であった。


 彼は応接室へと通された。頭上には非常に薄いガラスで作られたシャンデリア、飾り棚には優美な曲線を描く置物、そして部屋の中央には真真っ白なクロスのかかった大きなテーブルとソファが置かれている。

(さすがはレーヴライン侯爵家……)

 案内してくれたメイドに促されてソファに腰掛けながら、彼はうなった。

 かなりの資産家と評判であったが、その部屋に飾られた調度品だけでそれが見て取れる。あれほど薄いガラスを加工するなどとても優秀な職人でなければ難しいであろうし、置物はどれも名のある陶芸家や彫刻家のものだ。そしてテーブルは大理石を削り出したものであり、その足の部分にはテーブルクロスでほとんど見えないにも関わらず繊細な模様が彫り込まれていた。

 派手に金ぴかに飾り立てているわけではない。しかしどれも超一流の職人による手も金もかかった品だ。

(これは……)

 期待できる。

 アロイスはにやにやと笑いながら未亡人の登場を待った。

「失礼いたします」

 ややして声がかかった。見るとメイドが扉を開けている。

 アロイスは表情を引き締めた。

 聞けば相手はあの筋肉だるまのカークス・レーヴラインから長年にわたる暴行を受けていたと聞く。つまりアロイスは優しい男に接するべきだ。

(なに、ちょっと同情して優しい言葉でもかけてやればいちころだろう)

 さて、出てくるのはどんな気弱で陰気な女だろう、と開いた扉の向こうを見つめるアロイスの目の前に、

「お待たせいたしました」

 その奇妙な女は現れた。

 ウェーブのかかった艶やかな黒髪は一部をハーフアップに結い上げ、残りの髪は肩に流されている。黄金色の瞳には紫色のアイシャドウが塗られ、まつげは黒々と重たそうに瞬いていた。つんと尖った鼻に顎、真っ白におしろいを塗りたくられた厚化粧。

 喪服のはずのドレスには派手なバラの飾り。

 まるで意地悪な魔女のようだ。しかしその印象を裏切るのは困ったように寄せられた細い眉だ。

 そして、その手に抱きしめられたーー、

「あー、あのぅ、レーヴライン侯爵夫人……?」

 アロイスは恐る恐る問いかけた。

「その……、両手に握りしめている剣はなんですか……?」

 彼女はその問いかけにひときわ強く、ぎゅっと長剣を抱きしめて言う。

「お守りです」

「は、はぁ……」

「これを手放したらわたしは死にます」

「……。そうですか」

 よくわからないが死なれるのは困る。

 彼女はつかつかとアロイスの対面のソファに歩み寄ると、そのまま勢いよく腰を下ろした。

 剣はいまだに抱きかかえたままである。

「えー……、ほ、本日は時間を作っていただき、真にありがとうございます」

「ええ……」

「このたびは大変ご愁傷さまでした。その、大変だったでしょう……?」

 どうしたものか、と思いつつとりあえず当たりさわりのない言葉をかけた彼に、彼女は真剣な表情でうなずいた。

「はい」

「……」

 まぁ、事実なのだろう。暴力夫が亡くなった上、詳細は知らないがその葬儀には魔獣が出たと聞く。

(でも普通うなずくか……?)

 同意するにしても、もう少し言葉を続けるものだろう。

 そこまで考えて、アロイスは気づいた。

(なるほど……)

 彼女は剣を『お守り』と言った。つまり夫からの暴力と魔獣騒ぎが彼女のトラウマとなり、そのようなことをさせているのだ。

 そしてこの女、アロイスの予想が正しければ『頭が弱い』に違いない。

 だから会話がうまくつながらないのだ。

(そうとわかれば簡単だ)

 なにも恐れることはない。うまいこと口車に乗せてちょちょいと騙してやればいいだけである。

 ちょっと見た目は予想と違って厚化粧で派手だが、美人ではある。不細工よりはよっぽどマシだ。

 アロイスは心の中で腕まくりをした。

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